あああ! 伝説の剣落としちゃったァァァァ!!!

ちびまるフォイ

勇者にとって一番必要なもの

「ああああ! マアアアアアーーッ!!」


ダンジョンに出てから気がついた。

伝説の剣がない。


「えっ!? うそうそうそ!?

 剣が! 剣がない!! 背中にしまったのに!」


何度背中をたしかめてもそこにあるべき感触がない。

バックルを外しておろしてみるが、あるのは鞘だけ。


収まっているはずの剣はどこにもなかった。


「ええええーー!? ちょっ……どこで落としたんだ!?」


伝説の剣を引き抜いて勇者と認められ、

村から祝福されて冒険に出てきたという

華々しい経歴もすべてはその象徴である伝説の剣があってこそ。


伝説の剣がなければサイコなバトルジャンキーでしかない。


「だいたいこの鞘が悪いんだよ。

 なんだこの背中に収めるシステム。

 こんなのうっかり落としても気づかないじゃないか!!」


過大なストレスを感じた人間はどうなるか。

第1段階はまず責任転嫁を行い、現実逃避を行うという。

古事記にもそう書かれている。


続いて第2段階。


「俺はゴミだ……うんちだ……」


自己嫌悪と自罰感情に苛まれる。

第3段階まで進行するとやっと落ち着きをはじめ

やっと物語を進められるだけの答えにたどり着く。


「……探しに行こう。

 えっと、最後に使ったのは最後のボスだから」


しかし気づく。自分が丸腰であることに。


魔法やら何やらも使えるが、

すべて今は出し尽くしたあとのダンジョン帰り。


この手負いの状態かつ丸腰でふたたびダンジョンに進むのは

それこそ自殺行為にほかならない。

それにダンジョンも「蛍の光」が流れているので閉店なのだろう。


「このまま入るわけにいかないか……。

 し、しかし、こんな状態で村に戻ったらなんて言われるか」



ーーあれ?伝説の剣どうしたんですか?



そんなこと言われたら恥と後悔で爆散してしまう。


村の人達も自分たちの伝説の剣が大事に扱われず

うっかりダンジョンに落としてきたとバレたら激昂するだろう。


勇者の足は村の外にある勇者ファンショップへと向けられた。


「いらっしゃ……え!? 勇者様!?」


「しーーっ。今日はおしのびで来てるんだ」


「まさかご本人さまがこんな非公式ファンショップに来るなんて」


「あの……あれ、あるかな。勇者の剣……のレプリカ」


「ありますが……どうしてです? 本物をお持ちでしょう?」


「そ、そうね。あは、あはは。いやそのどれだけ似ているか確かめたくて」


「ああそういうことですか。こちらをどうぞ」


渡されたレプリカは本物そっくりだった。

本物を振り回しているはずの自分でも見分けがつかないほど。


「これはすごい。本物そっくりだ」


「でしょう? ファンは本物と同じものを欲しがります。

 クォリティを妥協するとファンは冷めちゃいますから」


「これもらっていいかな?」


「それはまたどうして?」


「えーーっと……あれだよ。村に戻ったときに、

 どっちが本物の伝説の剣でしょうクイズをやりたいんだ」


「わかりました。お代は結構ですよ。

 ちなみに勇者様、レプリカは本物と違うところがあるんですよ」


「え? そうなの?」


じっくりと見てみるが、まるでわからない。

自分の持っていた伝説の剣と瓜二つ。


「勇者様には簡単すぎましたね。すみません」


「は、ははは……と、当然だろ……」


レプリカを背中の鞘に入れて村に戻った。

勇者の凱旋により村はおおいに湧いた。


もちろん誰も伝説の剣の紛失には気づいていない。

レプリカ剣のクォリティには脱帽。


「わあ、勇者さま。背中のそれが伝説の剣ね」


「ああそうだ。選ばれし人間だけが引き抜ける

 あの伝説の剣にほかならないよ。えっへん」


「ちょっと触ってみても良い?」


「だっ、ダメダメ! 大事なものだから!!」


慌てて酒屋の店員から剣を遠ざけた。

うっかりレプリカとバレてはこの村にもいられない。


「それより勇者様、また魔物が暴れているそうなの。

 またダンジョンに行って倒してきてくれない」


「え、ええーー……?」


「なんでちょっと嫌そうなの?

 いつもなら二つ返事で受けてくれるのに」


「いまちょっとお腹痛いし……。

 それにほら、最近寝不足だし。なんか頭痛もするし……」


テスト当日の言い訳に余念がない学生のようなことをいうが

その本質は伝説の剣を持たずにダンジョンへ行くことへの恐怖。

全身にバターを塗ってサバンナを歩くかごとき不安感。


「まさか勇者様……」


しぶる勇者になにかを察する雰囲気。

勇者はあわてて取り繕った。


「な! なんてね! 余裕だよ! 余裕!

 そんなダンジョンの魔物なんか蹴散らしてやるよ!」


「さすが勇者さま!!」


もう引くに引けなくなった。


勇者は最初のダンジョン攻略を再現するかのように

大量の回復役をカバンに詰め、準備万端の状態でダンジョンへ向かった。


最深部まで進むと、依頼のあったモンスターと対峙する。


「こいつ……ただのゴブリンじゃないか……!」


村の人達を大いに震え上がらせた凶悪な魔物。

序盤の経験値かせぎであるゴブリンだった。


ザコとして扱われる魔物が最深部で幅をきかせている理由。

それは右手に持つものが原因だった。


「ゲヒヒヒ」


「お前! それ俺の伝説の剣じゃないか!!」


伝説の剣の持ち手には「2-1 たかし」と名前が書かれている。

間違いなく自分の伝説の剣。


それが今ゴブリンの手にわたった結果、

ザコの魔物が超上級のボスへとジャンプアップしたのだろう。


「しょうがない。見せてやる。

 伝説の剣を引き抜いた選ばれし勇者の力ってやつを!」


「グギャーーッ!!」


「勇者スラーーーッシュ!!」


勇者のするどい前蹴りがゴブリンに突き刺さる!

倒れたゴブリンに馬乗りになると、勇者の拳がラッシュラッシュ。


ゴブリンは倒されて後には伝説の剣だけが残った。


「はぁ……はぁ。みたか。これが伝説の剣を持つ勇者の力だ!!」


勇者の手にはふたたび伝説の剣が戻った。

二刀流となった勇者はその足で村には戻らずファンショップを訪れた。


「いらっしゃいま……おや勇者様! また来てくださったんですね」


「はっはっは。レプリカを返そうと思ってね」


「そうですよね。本物があればレプリカいらないですよね」


「うむ」


それに二刀流のままだと村の人からなんて言われるかわからない。

さっさと剣を返して疑われる余地も無くしたい気持ちがあった。


「ところで店主」


「はい?」


「レプリカと伝説の剣……ちがいがあるのだろう?」


「ええ」


「その……違いってなんなんだ?」


「ご冗談を。勇者様ならとっくにお気づきでしょう?」


「もももももももちろんだとも!

 ただ! ただね! 一応! 答え合わせしたいじゃない! 一応!」


「そういうことでしたか。それは失礼しました」


店主はちょいちょいと手招きをする。

顔を寄せた勇者にこっそり耳打ちした。



「実は……伝説の剣より、レプリカのほうが切れ味が良いんです」



「なるほど! やっぱりか! 思ったとおりだ!!」


勇者は心で驚き顔で笑顔を取りつくろった。


そして笑顔で剣を差し出した。

その剣の持ち手には「たかし」と書かれていた。

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