第16話

ちら、と不死原君の顔を見れば、爽やかスマイルを携えた王子がいて。


あからさまに目を泳がせる私。


おろおろしながらも、やっぱり未練たらたらで、はらはらと私の目が彼の膝に不時着する。


白パンほどチャラくもない、ゆるパンほど個性をアピールしているわけでもないネイビースラックスが、今日も梨添りいほ31歳のストライクゾーンをいく。




今度は彼の膝に乗せたままの人差し指が、トントンっと叩くように何かを合図して。



そしてまた『赤鼻』を弾き始める彼。



…これだけで何を意味するのか分かってしまう自分がイヤだ。


でもいい。いいなあ。このタイミングでのそれ・・


やっぱり不死原君のふざけたセンスはたまらない。私の使い古した心の溝に、すっぽりと収まりにくる。




彼がピアノを演奏中、人差し指で軽く鍵盤を叩く時、それは"一緒に弾いて"を意味する。



今日は、というか、今日も私は膝上のタイトスカートを履いていて、座ると自分の太ももが少し見えるのだ。



…そこで私に弾けと?


残念、いくらセンスがよくても今私は仕事中。公私混同はしない主義なのよ、叶純かすみ




私が桐生君に志望動機についての適当なアドバイスをして、「じゃあ今度は自己PRをお願い、」と桐生君を引き続き喋らせれば、不死原君が再びトントンっと人差し指で合図をしてきた。



マセガキ…。



マセガキに動揺させられてどうすんの10個上のBBA!



心の中で自分にそう一喝しつつも、彼の思惑通り、一緒に弾いてしまう私。一喝よりも活を入れた気分だ。




膝より少し上の位置で、桐生君に気付かれないよう、なるべく関節を曲げないように気を付けながら。


連弾というほどでもないけれど、やっぱり"一緒に弾いて"はいる状態。



彼のペースに乗せられてどうする。しどろもどろな私の指に合わせてくる不死原君の指、いいわあと思う私。しっかりしろ息をしろ私。



断らないといけないはずのクリスマスイヴ。


そう、断らないと駄目なのに。。




『真っ赤なお鼻のトナカイさんは

いつもみんなの笑いもの』



ふざけた歌詞が、脳裏に浮かぶ。


そうだ。不死原君が私に本気なわけない。


絶対に。

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