第38話

ただただ焦る気持ちが押し寄せてきたと思ったのに。次第に、隣に立つ鹿助君と擦れ合う腕あたりに意識を持っていかれる。



白い白衣越しに感じる、自分の赤い熱。



ビーカーからコップに移す手が、小刻みに揺れる。

   

     

「百奈、お腹鳴ってる。」


「鳴ってないって!」


「なに怒ってるの?」


「お腹が空いて怒ってるの!」


「支離滅裂。」 

     


紙コップに注いだ緊張感のある葛根湯。この効能は、きっと赤く染まった緊張感を和らげてくれるはず。



「やっぱ、漢方って嫌な感じが口に残る。」



大きくため息を吐く鹿助君を無視して、ノートに実験工程を書き留めていく。  


 

すると不意に下から覗き込んできた鹿助君が、じっと私を見つめ始めた。



「……なに?」


「明日の夜、暇?」


「……暇、じゃない。」


「ご飯行こっか。」


「……行かない。」



ふっと吐息で笑う鹿助君に、そっと顔を向けた。瞬間だった。



「っ!」



ちゅっと、一瞬だけど。―――キスされた。



「行こっか、ご飯。」


「なっ、」


「行こうね?ご飯。」


「わ、分かったから!離れてよぉ!」



手で鹿助君の顔を押しやれば、その手の平を舐められるという二次被害。



ならない。私は、好きなりませんから。  

           


「……ニッキの味がする。」



2度目のキスは、ニッキの強い葛根湯の味がした。

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