さよならの夏、星は鈍色の海を泳ぐ。
心星 文琴
序章「星が泳ぐ」
濃藍の空に、不揃いな光の花が一輪咲いた。
それは他のどんな花よりも色鮮やかで
その歪な輪郭に、僕は目が離せなくなった。
ずっと見ていたい。
この時間が、永遠に続いてほしい。
そんなことを考える頃には既に彼女の姿はなく、代わりに新しく咲いた花が空を鮮烈に彩っていて、僕はその光景にひどく落胆し、深いため息を吐いた。
「なあ、知ってるか?今上がった花火の事、星が泳ぐって言うらしいぜ」
唐突にそんな声が聞こえ、辺りを取り囲んでいた喧騒が徐々に遠のいていく。
「星が泳ぐ?」
僕はその単語の聞き慣れなさに思わず問い返す。
「ほら、打ち上げ花火が空で開くときにさ、火薬にちゃんと着火しないで不揃いなまま空に描かれることがあるだろ?そういう不完全なやつのことを、昔から花火用語でそう言うんだってさ。…あ、ほらまた」
河川敷の川べり、隣に座る世良はまたしても空で離散した、彼の言葉を借りて
「星が泳ぐ」をした花火を指さしながら得意げに言った。
「…いびつだね」
僕はそう言って、慣れないサンダルで靴擦れした足をさする。日焼け跡のない真っ白な腕が、色の付いた光を反射してコロコロと色を変えている。
「そうだな」
彼の目線は夜空に向かって伸びている。
「…でも、僕は好きだな」
一言そう呟き視線を空へ向けると、依然そこでは花火が地面に音を共鳴させながら打ち上がっていた。
とても好い光景だ。
仮にそれが満開でも、不揃いなものであったとしても、花火というものはそれだけでとても好いものだ。
しかしそれは決して、単に綺麗だからと言うだけではない。
星が泳ぐ。
僕はその言葉を深く、深く、反芻する。
空を海と見立てたその表現は、ずっと昔から僕の心の中にあった気がした。
その歪な輪郭に、僕は覚えがある。
ネエ、ズット…イッショニイヨウネ……。
不意に、あの夏の記憶が脳裏を泳いだ。
あの夏を取り巻いた出来事、陽炎のように淡く、花火のように鮮烈だった記憶。今も胸に重くのしかかる、未熟だった僕の心を呪いのように掻き乱し、死に至らしめた感情。
「なあ、世良…」
僕の目線は夜空に向かって伸びている。
「聞いてほしいことがあるんだ……」
僕の目線は、僕を捉えている。
それは決して一言では言い表すことのできない、けれども僕の片結びになってしまった感情を表現するには、恐らく最も収まりがいい一言に帰着する。
「僕は…」
それは、僕の初恋だった。
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