一対の龍1
式典は煌龍殿の正面で行われていた。煌龍殿を背にして立つ明昊様と、そこへ続く石階段の下で控える臣下達。何やら騒ぎが起きているようで、私は透明化したまま、その臣下達の後ろに付いて様子を伺った。いかにも式典といった趣だが、そこには式典らしい厳かな雰囲気は無い。日食が進んで太陽が細い三日月のようになり周囲が暗くなり始める中、皆が口々に叫ぶ。
「陛下! このままでは、煌龍帝国は太陽に見捨てられて、滅んでしまいます!」
「どうかご慈悲を……我々は貴方様の駒でも玩具でも無い、生きている人間なのです。どうしてこの誕煌祭というめでたい日に、太陽を隠し我々を恐怖に落とし入れるのですか!?」
臣下達が我慢ならないといった様子で明昊様に向かって叫んでいる光景。
駆けつけて来たのであろう輝天様が、明昊様を背に庇い、臣下を嗜めるような声を上げる。
「これは兄上が引き起こしたことではない! 超常的な現象だからと、それを全て兄上のせいだとするのは間違っているよ!」
すっかり声変わりして、少女のようだった姿も青年らしくなった輝天様。きっと皆からの信頼が厚い輝天様からの言葉であれば説得できるはずだ。
「輝天様、どうにかそのお力で黒き龍の支配から我々をお救いください!」
「皆落ち着いて。もう一度言うけど、これは決して兄上のせいではないんだ。僕と兄上、どちらも鱗に祈りを捧げてみたけど、太陽の欠けはどうにもならなかった。他の手段を考える必要があるから、皆協力してほしい」
惑星レベルの話なので、龍神が鱗に祈っても効果が無いのは当然。しかし輝天様が何とか出来るのではと期待していた臣下達はショックが大きすぎたらしい。絶望感が広がって、パニックになったのかこの場から走り逃げる者まで出始める。ここまで騒ぎが大きくなってしまうと、輝天様であっても皆をまとめるのは困難を極めるようだった。
「兄上! どうにか回避法を考えて。勉学に励んできた兄上の方がそういうのは得意でしょ!?」
「……無理だな。少しも解決策が思い浮かばない」
「だからって諦めるの!? 可能性が薄くてもいいから、何か試してみてよ!」
「定番なのは贄だが……」
「あぁもう、兄上は誤解されやすいんだから、そういう物騒なのは無しにしてよね!? ──皆聞いて! 僕もそっちに行くから、皆で一斉に祈ってみよう」
明昊様を残して、輝天様は必死の形相で石階段を降りてこちらに向かって歩いてくる。切羽詰まっている状況のせいか、目深に外套を纏った私には気がついていないようだ。だから私は輝天様と入れ違いになるようにして、目立たないように端の方から階段を登った。
(輝天様にだけは私の姿が見えてしまうから、絶対に見つからないようにしないと)
音を立てないように石階段を登り切って、目立たないように隅の方でしゃがみ、身を低くした。徐々に明昊様に近寄れば近寄るほどに、彼の表情がよく見えるようになる。輝天様とは対照的な何もかも諦めてしまったかのような哀愁漂う雰囲気に、目の下に色濃く刻まれた隈。眠れていないのだと一目で分かるその顔の口元が微かに動く。声は発せられていないのか、言葉は聞こえないが。「星蓮」と……名前を呼ばれたように感じた。金の瞳は輝天様の方を見据えており、私の姿が見えたわけではなさそうだ。
(……チャンスは、多分一回。この状況を切り抜けるにはどのような言葉をかければいいの……?)
透明化しても見えてしまう輝天様に見つからずに明昊様に近寄るのは難しい。
だから私は明昊様に向かって駆け出したいのを我慢して様子を伺った。
私がそんなことをしている間に、輝天様が臣下に声をかけ始める。どうやら天に向かって臣下も共に祈って欲しいと言っているようだ。
しかしそれとほぼ時を同じくして、ついに太陽がその姿を完全に隠す。と言っても、太陽周りの大気層であるコロナ部分が光っているように見えるので、周囲は完全な闇には覆われない。満月の夜のような明るさだった。
それでも日中にこの暗さになるなど普通ならありえないので、皆が動揺を深めるには十分。各所から悲鳴のような叫び声が上がって、周囲は混乱にのまれた。
皆が空に気を取られている隙に、明昊様に近寄ろう。そう思って、空から明昊様へと視線を戻した瞬間だった。
──明昊様が崩れるようにして、膝を折った。
「明昊様!?」
気がつけば私の体は明昊様に向かって走り出していた。周りの喧騒なんて、もう耳に入らない。私の意識は明昊様にだけしか向いていない。
いつの間にか明昊様の真後ろに立っていた外套を纏った人物が、私の声に反応して慌てて走り去る。一瞬見えたその顔は──皇太后だった。
「ちょっと、待ちなさい!!」
私は透明化しているのも忘れて彼女を追おうとするが、逃げ足が早い。ひとまず明昊様が心配だった私は、彼の側に駆け寄って声をかけた。
「明昊様! どうされたのですか!?」
「……星蓮? はは……、恋しく想いすぎて最後に幻聴が聞こえるなんて」
「幻聴じゃないです、此処に居ますから!」
私は首から掛かった輝天様の龍玉がついたペンダンを外して、石畳に膝をついている明昊様の体を真正面から抱きしめる。しかし背に回した手に通常ならあり得ない感触を感じて、慌てて手を離して確認すると……暗闇の中でもはっきりと、私の手は赤く染まっていた。
「血……!? まさか皇太后に……」
「──星蓮! あぁ……最後に、俺に情けをかけてくれたのだな? ずっと……ずっと会いたかった」
焦る私とは対照的に、明昊様は感極まったような声を出して私を抱き締める。
「明昊様!? こんなことをしている場合ではないです、すぐに手当しないと!」
「どうせ助からないのだから、いいんだ。俺の命は今日で潰えるのだと分かっていたのだから。それより、最後の時まででいいから、こうやって抱きしめさせて欲しい」
「いやです……明昊様、お願いですからすぐに傷を治療してください……!」
「俺だって嫌だ。離せば星蓮は再び天に帰ってしまうだろうから、絶対に離さない」
「帰りませんから! ずっと明昊様のお側に居ますから、お願い……」
懇願するが、私を抱きしめる力は強くなるばかりで、全く聞いてはもらえない。それどころか私に寄りかかるようにして抱きしめるので、重くて……一緒に倒れてしまわないようにするのがやっとだった。
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