星占い師は黒き龍の幸せな未来を予言する

雨露 みみ

出会い1

「星蓮はそんな大きな物を持ってどこへ行くんだい?」

「物見櫓がある丘の上よ! 星見をするけど、一緒に見る?」

「いや、楽しさがよく分からないから遠慮しておくよ。それよりもうちの娘が、また星蓮に占って欲しいらしくてね。お願いできるかい?」

「もちろん。週末にいつもの場所にいるから、占いに来てねって伝えておいて」

 

 私は台車を引いて、市が立ち並ぶ区画を歩く。大人と同程度の大きさがある天文時計を台車に乗せて、私『蘇星蓮』は趣味の天体観測をするために小高い丘の上を目指していた。

 

 貿易商を営むお父様と、この大陸の西側諸国出身であるお母様との間に、私は生を受けた。しかしお母様は私を産んですぐ亡くなってしまったらしい。

 長い旅路が必須の貿易商。時には砂漠も横断するような隊商に幼子が混じると、当然ながら足手纏いになる。そのため私は幼少期より父の実家に預けられ、この『煌龍帝国』の帝都にある屋敷で父方の祖父に育てられた。


 黒髪に黒い瞳が基準のこの国では、母ゆずりの淡い金の髪に、翡翠の瞳は珍しい。それゆえ遠巻きにされることも多々あった私は、一人でも出来る天体観測を趣味としていた。元々は引っ込み思案で大人しい子供だったのだ。

 

 数ヶ月から年単位で家を留守にする父であったが、私が幼い頃、とある土産話を持って帰って来た。母の出身国よりさらに西の国で、星の位置や月の満ち欠けを知ることのできる『天文時計』という画期的な道具を見たという。

 それは天体観測が趣味である私の心を鷲掴みに……ではなくて。私自身忘れていた記憶、いや『星蓮』のものではない記憶をも掘り起こした。

 

(私、天文時計って知ってる。……どこかで見たことが、ある。確かテレビで……あれ? テレビって何だっけ)

 

 私の脳内に蘇ってきたのは、どこか中華風の煌龍帝国とは大きく違った近代化した世界。その『日本』という国で私は……いや私に成る前の少女は、病室の窓から空を見上げていた。建物と明るい街灯、毎晩やってくる救急車の赤い光に阻まれながらも、私だった彼女は毎日病室から夜空を見上げた。病気が治ればもっと綺麗な星空を見に行きたいと考えていたが……その願いは叶わず、短い生を終えた。

 

(そっか……私は死んで、この煌龍帝国という異世界に生まれ変わったんだ)

 

 脳裏に、前世の家族やお世話になった病院の先生達の顔が過ぎる。自らの死と転生を受け入れるのに時間はかかったが……それ以降私は人が変わったかのように、明るく前向きになった。

 

(点滴針を気にしなくていいし、走っても苦しくない。日本より星空は綺麗に見えるし……俯いてばかりでは勿体無いわ。今の私は何でも出来るのよ)

 

 前世では健康状態のため諦めざるを得なかったことが、今は何でも出来る。それは私にとって大きな慰めとなり、推進力となった。

 

「お父様。次にその天文時計を見たら、私の為に買ってくれませんか?」

「それが高価で希少なものらしくてね。たかが平民の商人には売れぬと、その国の王に怒られてしまったのだよ」

 

 前世の記憶を得て前向きになった私は諦めなかった。

 お父様が購入出来なかったのなら、自身で作ればいい。私には、日本で見聞きした知識がある。


「自分で作る? それは構わないが……費用は自分で稼ぎなさい。商人の娘として、それは基本だよ」

 

 当時十三歳。天文時計の作り方も、どうやってお金を稼ぐのかも分からなかった私は、幼少期から閉じこもってきた屋敷を飛び出して、初めて一人で街へと繰り出した。

 機械に詳しい学者のお爺さんや、作るのには相応の精錬技術が必要だと教えてくれた鍛冶屋のおじさん。金銭を稼ぐ手段として、営業スマイルの秘術を授けてくれた食堂のおばさん。初めこそ皆私の見た目のせいか遠巻きにしてきたけど、徐々に皆が親しみを持って接してくれるようになったのが嬉しかった。


『星蓮、星の声を良くお聞き。そうすれば必ず星は答えてくれる』


 私が金銭を稼ぐ手段として頼ったのは、一緒に暮らす父方の祖父『流相』だった。

 占いが盛んで、それが政にも用いられるこの国において、彼は有名な占い師だった。若かりし時は、帝都の中心にある煌龍城の算命局という占いを専門にした部署で働いていたらしい。

 そんな彼が得意だったのは、円形の図の上に必要な情報を乗せて、その動きを見ることで未来を占う星占い。たったそれだけでどうして未来がわかるのか、当時の私は頭を捻った。


『星蓮。夜空に星が浮かぶのと同じように、人の中にも星が沢山ある。その位置とその星がどのような役を演じているかによって未来を見るんだ』

 

 それからおおよそ六年後の今。そこそこの占い師として金銭を稼げるようになり、やっと完成させた夢の天文時計。十九歳になった私にとってこの天文時計は、今まで生きてきた人生の三割をつぎ込んだ努力の結晶であった。

 

 それを乗せた台車を引いて市の中を進んでいると、とある切妻屋根の店舗の前にせり出した涼棚の下に、人だかりが出来ているのが見えた。

 

「運命の人は、夜空に輝く星のような煌めきを持った異国の天女だよ」

「お主の全てを受け入れて認めてくれる、心の広い女子じゃ」

「しかも出会うのは今晩! 詳しく話を聞きたいかね?」

 

 怪しげな高齢の占い師三人が、一人の若い男性を取り囲んでいる。

 

(……またあの三人組。適当な占いをして旅人から金銭を巻き上げる、占い師界隈では有名なタチの悪い人達なのだけど……助けた方がいいのかしら?)

 

 旅人ばかりを狙うせいか、なぜか苦情やトラブルになっている様子はほとんど見かけない不思議な占い師三人組。それでも旅人が身ぐるみ剥がされて一文無しになっている姿を何度か見たことがある。助け舟を出した方が良いかと思案していると、その若い男は驚くべき言葉を口にしつつ、金銭が入っているのであろう麻袋を占い師の老婆に手渡した。

 

「俺は、黒き龍が空を舞ったら何が起こるのかを占って欲しくて来た。運命の人とやらもついでに聞いても良いが、先に本題について話してくれ」

 

 この煌龍帝国は龍神族である龍皇帝陛下、略して龍帝が治める国だ。

 龍に姿を変え、天より帝国民を見守り、悩める民にはその鱗を落として、願いを叶える。龍帝とは、そんな有難く尊い存在である。

 

 人間の倍以上の時を生きる龍神族だが、去年先代龍帝は崩御されて、代替わりしたばかり。そして……即位した新しい龍帝は『黒き龍』であるという。

 龍帝となった龍神が何色の龍かというのは、この煌龍帝国では最も重要な関心事の一つである。なぜならばその色こそ、この国の行く末を表しているとされるからだ。前世日本の感覚からすれば色なんてただの色でしかないが、占いが重要視されるこの国では、国を治める龍帝の色は重視されていた。

 

(格の高い白き龍である皇弟殿下は未成年。だから黒き龍である現在の龍皇帝陛下が即位されたのだけど、その体の色通り独裁的で民に関心が無い。一睨みで側にいる官吏達が竦み上がってしまうのだとか。だから帝国民は不安に苛まれているのよね)

 

 先代龍帝は、まるで太陽のような光り輝く金色の龍。毎朝煌龍帝国の上空を飛ぶ金色の龍は、この帝国の繁栄の象徴であり、誰しもが明るい将来を信じて暮らしていた。

 しかし現在の龍帝は空を飛ばない。黒き龍だから飛ぶと不幸の鱗が舞い落ちるだとか、帝国民なんて何とも思っていないのだとか、様々な悪い噂が蔓延っている。

 

 つまり。そんな状況で『黒き龍が空を舞ったら何が起こるのか』なんて占い師に占わせれば、結果がどうなるかは目に見えている。

 

「国は衰退の一途を辿るじゃろう。太陽もこの国を見捨て、姿を隠してしまう」

「黒き龍が空を舞わずとも、先代龍帝が亡くなって以来、悪いことばかりじゃ。作物の実りは悪いし、季節の巡りも悪い」

「皇弟殿下が龍帝であればよかったのにねぇ」

 

 もはや占いではなくただの愚痴になってしまっているが、占い師三人組は口々に黒き龍について意見を述べている。

 

「……やはり、無理なのか」

「気を落としなさるな。おや? この国では珍しい金色の瞳じゃのう……旅人ならば、いざとなればこの国を出ればいい」

「そうじゃ、饅をやるから食べて元気を出せい。それからお主の運命の相手の話をしてやるから──」

 

 落ち込んでしまったらしい男性を、三人がかりで慰めている。この分だと身ぐるみ剥がされることはなさそうだと思った私は、再び台車を引いて門楼をくぐる。門楼をくぐると、秋らしく落ち葉が絨毯のように敷き詰められていて、私は滑らないようにそれらを踏みしめながら、街の外にある丘の上を目指した。

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