痛くない島へ
頭痛が収まったのは、漁村を抜けて風よけの防風林に踏み入ってから、周囲に人影はなく、ただ喧しく枝の上のカラスが騒いでいる。
……忌々しい。
悪態吐く余裕もないまままた歩かされた。
耐えがたい頭痛、これだけで一体どれだけこのエリィート、旅をさせられてきたことか、この損失は世界を狂わせるだろう。しかも悲惨なことに、この旅の終わりが一向に見えない。
この頭痛はいったい何なのか、治る見込みはあるのか、こんな旅が後どれだけ続くのか、続けられるのか、不安、エリィートでなければずっと前に挫けていたことだろう。
だがそれでもエリィート挫けない。挫けることを知らない。例えこの向かう先に何もなくとも、いずれは病を克服し、エリィートは万病にも有効なのだと世界に再認識させるのだ。
それでも休息はちょっと欲しい。必要ならば休めるのもエリィートなのだ。
ちょうどよさげな倒木、腰を下ろし、傍らにハルバードを立てかけ、足を伸ばす。
「……あたま、いたいっすか?」
そこへ声、訊ねてきたのはついてきていたチビだった。
座ったエリィートの前、立つチビとは目線がほぼ同じ、帽子の影に隠れた顔に、ただ緑の目だけがきらりと光っている。
チビ、こうやって見てもやはり猫だった。
「もう治まった。何いつものこと、この程度の不快、エリィートには慣れたものなのだよ」
子供に行ったところで意味のない言葉、だけども律義に相手してあげるのもエリィートならではなのだ。
「……いたくなくなるばしょ、しってるっすよ」
不意の一言、聞き間違いかと思わずチビを見返す。
「しりたいっすか?」
「どこだ?」
食い気味に聞いてしまったエリィートに、チビは髭をピクリと震わせる。
「……しま、このさき、あるっす」
「島? 海の上に浮かんでる陸地のことか?」
「そうっす。そこまで、はしでいって、まちとおって、もりはいって、それで……そこにいけば、みんないたいの、なくなるっす」
「……それは、帝国領土の『中央』ということなのだな?」
エリィートの質問に、チビは一瞬遅れてから頷く。
なるほど、とは思う。
確かに地図上、ここらが帝国領土のほぼ中心、そして『中央病』が目指す最終地点、そこにたどり着いたならどうなるかは、このエリィートも知らないことだったが、治まるというのは希望的観測の中では比較的あり得る話ではあった。
ただ、それで喜び信じるようではエリィートではない。
「何故そんなことを知ってる? お前はその様子だと、病気にかかってるわけじゃないだろ?」
「そうっす。けど、あたまいたくなくなったひと、たくさんいるっす。みんな、あんないしたっす」
「案内? お前が島に? 道を知ってるのか?」
コクリとチビ、頷く。
「なら、何故他のものに伝えない。広く伝えればそれだけ助かるものも多い。金にもできる。何故しない?」
当然の疑問に、チビは応えない。
代わりに頭に手を乗せ、深く帽子をかぶる。
なるほどそう言うことかと賢いエリィートは理解する。
先ほど同様、こんなところに流れ着く凡人はケットシーへの差別を隠そうともしない。
そんな連中へ教える義理もないし、下手すれば身が危ない。
だから教えない。
教えるのは、特別なエリィートだけ、との判断、あるいは先ほどの恩返しのつもりなのかもしれない。
「なるほどよくわかった」
エリィートの声にチビ、顔を上げる。
「ならばこのエリィート、案内されてあげようではないか」
「あん、ない」
このエリィートの破格の提案に、しかしチビの言葉は歯切れが悪い。
もじもじと、言いたいことがあるのに言えてない感じ、その言いたいことが何なのかぐらい手に取るようにわかる。
「もちろん謝礼はしよう。何、人生を一変させるほどではないが、がっかりさせない程度なら余裕で出そう」
「ほんとっすか」
「当然だ。相手が何者であっても、例え子供であっても役に立ったのならその分礼をはずむ。これが社会の成り立ち、そしてその成り立ちを守るのもエリィートなのだ」
エリィートの言質、途端に一転、不安げだったチビの表情が笑顔で爆発した。
「こっちっす!」
そう言ってチビ、振り向きもせずに飛び出した。
やれやれ、エリィートだからよいものを、凡人ならば見失ってしまうかもと考えず突っ走るとは、これが道案内とは先が思いやられる。
だがこれだけ元気で自信あふれるなら謝礼を弾まねばなるまい。
相場で言うならば感謝の言葉で終わるところだが、そこに握手も追加して、いやここはエリィート、そんなしみったれたことをせずにドーンと奮発して滅多にしない、頭をなでていーこいーこしてやろう。それだけでも生涯収入を超える幸福、過剰な支払い、あまり奮発すると経済が混乱をきたすが、エリィートを見る眼力への先行投資と考えれば、許容範囲だろう。
エリィート、チビへの謝礼を計算しながら立ち上がり、その後を追った。
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