【魔王として勇者として】
笛吹魔音
【魔王として勇者として】1
【魔王として勇者として】1
笛吹魔音+(ぴこ)
_____________________
大広間、耳が痛くなるほどの静けさ。
この空虚な時間も何時間、いや何日
何年経ったのか。
誰もそれは知らぬであろう。
そこにいる者以外…。
間
カサリと動く者が居た。
この場所で久方ぶりの音であろう。
その者は何かを問いかけている。
何なのだ?
ん?何なのだとはなんだ?
我は意識を持つ者なのか?
ふと、そう思考を巡らせる。
「何者だ、貴様は…。」
これは我の声か?
長年出せていなかった為か
声が掠れている様だ。
何か分からぬ物…いや、かつて観た事がある
そんな気配がしている。
「名を名乗れ」
空に浮く物に問いかける。
いや、問い詰めると言う方が正しいか。
その物は慌てて名を名乗り始める。
「魔王様、私です、イヴィルアイでございます」
名乗られた事より、我が魔王?
その事の方に驚きが行った。
「我が魔王だと…?」
もう一度聞き返す。
そんな記憶も我の中には残っていない。
いや、忘れ去られたのかもしれない。
「その通りでございます!魔王様は現在勇者一行を迎え入れる所でございました」
我が魔王とは。
しかもこれから勇者一行と戦うと。
そんな事があると言うのに長い眠りに
ついていたような気がするのは何故なのか。
とにかく戦いが迫っているのであれば
戦うしかない、それが魔王なのだろう。
「その勇者一行は現在何処に居るのか」
とにかく位置だけでも把握しておこう。
「私の能力で現在地を投影致します」
イヴィルアイが壁に勇者一行を映し出す。
「ここは、もう魔王城の中か…」
旅立ちや他の魔物などと戦う姿の記憶が無い。
我はどうしたというのか。
「一つ聞く、何故我に勇者一行の旅立ちなどの記憶が一切無いのだ?」
空に浮く物、イヴィルアイに問い質す。
こやつもどう答えればいいのか解らないようだ。
「魔王様の記憶が無いとは、私も解りませんでした。ただ、戦う前に目を覚まして頂けた事は有難い限りでございます。」
イヴィルアイも、我の記憶が無い事を知らなかった?いや、気が付かなかった?では、今までの指揮は誰が取ってきたのか。
「イヴィルアイ、今までの人道指揮は誰が取ってきたのだ?我が、魔王であれば他の者が取るわけないであろう?」
こんな事を聞いた所で返ってくる返事は決まっている、そう思いながら聞く。
「申し訳ありません、魔王様。私めにも解らないのです。ただ、魔王様が…いえ、これはまだ確信が持てていないのでお話は…」
「良いから答えよ!我を愚弄する気か!?そんな事で我が取り乱すとでも思うてるのか?」
我は激怒してしまった。確信も持てない小物に何を焦っておるのか。勇者一行を倒してからでも良いでは無いか。…しかし気にはなる。
「すまぬ、我が悪かった。取り乱してみっともない所を見せてしまった。確信が持ててなくても良い、答えてみせよ。」
その言葉にイヴィルアイは動揺しながら
「…魔王様が深い眠りに付きながら、魔物を生み出し術式展開や魔法を発動させていました。」
なんという事か、人間で言う所の寝言、夢遊病と言われる物ではないか。我にもそんな一面があったとは驚きだな。
「クックック…」
「魔王様…?」
「何とも笑いが出るでは無いか!我も人間と同じ様な行動をするとはな!」
小さき物…イヴィルアイは震えながら
「魔王様は人間の行動なども把握して居られるのですか?」
と問うてくる。
そこでふと気付く。
何故、魔の者である我が人間の行動を知ってるかの事だ。
何故、何故何故、何故何故何故何故何故!!
「ハァ、ハァ、ハァ…」
「魔王様、落ち着いてください!」
「す、すまぬ…、しかし一体何故…」
「魔王様は夢の中で見たのではないですか?」
ふむ、夢の中とは…。
それもまた人間らしいと言うものだな。
しかし、そんな記憶すらない。
では何処でそんなものを…?
「魔王様!勇者一行が魔王門の前にいます!」
そうか、勇者一行は今扉を隔てて
目の前に居るという事か。
魔王の装備を身に着け玉座に座る。
ギーッと音を立てて扉が開く。
と、同時に魔法が飛んでくる。
どうやら先制攻撃のようだが、この程度
指一本で弾き飛ばせる。
「勇者一行、ようこそ魔王の間に」
勇者一行の激しい魔法、剣技など
我の前では操り人形の踊りの様なものだ。
絶望の剣(ディスペアー)で一振
魔法使いが胸元を切り裂かれ崩れ落ちる。
僧侶が駆け寄り回復魔法をかける。
勇者と戦士が聖剣と魔法剣で攻撃を仕掛ける。
死の盾(デス・ウォール)で弾く。
魔法使いが復活し全員で必殺技
浄戒の光(ジャッジメント・レイ)を解き放つ。
深淵の常闇(サタン・ブラックホール)で応戦。
「勇者一行よ、なかなかやるではないか…」
我は全ての魔力を解き放つ。
魔王の覇銃剣(ハデス・ダーククレセント・マシンガン)で切り刻みながら蜂の巣にする。
砂埃が巻き上がって何も見えない状態。
「勇者共はどうなった?」
「申し訳ありません、私の力でもこの状態だと流石に観る事は出来ません…」
「わかった、よい、下がっておれ」
「かしこまりました」
数分後、砂埃が収まってきた。
そこに立ち上がるのは勇者一人のみだった。
「ふむ、流石は勇者と言ったところか。その鎧のおかげだろう。」
魔王は何となく予想は付いていた。
魔王専用装備があるならば、勇者専用もあると。
そして魔王には魔の精霊、神の加護がある。
勇者にも聖の精霊、神の加護があるはずと。
「さて、どうする、勇者よ。一人でも戦うか?それともここで殺されるか。」
ここでイヴィルアイが助言をしてくる。
「魔王様!勇者には己の命と引き換えに仲間を生き返させる能力があります!しかし、それを発動したところで、今の状態と同じになるかと!」
「なるほど、勇者よ。選ばせてやろう。己の命と引き換えに生き返らせるか、我に殺されるか。どちらが良い?逃げようとは考えない方がいい。絶望が深くなるだけだ。魔王からは逃げられないのだから。」
勇者は悔しそうに唇を噛み締めたが
何か思いついたように仲間の屍を近くに寄せ
光り輝いてその場から消え失せた。
イヴィルアイは
「どうやら、勇者は一度だけ使える『撤退石』を使ったようですね。」
と答える。
「我に殺された勇者の仲間はどうなるのだ?あれは生き返るのか?」
我は、知らない事をイヴィルアイに尋ねる。
「私も詳しくは無いのですが、勇者の加護を持つものの仲間は、肉体が粉々になっていない限りは教会などで生き返るようです。」
なんと、勇者には神の加護があるだけかと思っていたが仲間には勇者の加護があるとは。
「では、万が一あの時勇者が自己犠牲していたらどうなっていたのだ?」
「申し訳ありません、流石にそこまでは分かりかねます。」
「そうか…いろいろ聞いてすまぬな」
こうなったら我が自分で調べるしかないか。
…ん?そういえば…。
「ところで、他の魔物は居ないのか?」
「魔王様が召喚しない限り、私だけです」
「そうだったか…調べ物の為に一人用意するか」
我は床に魔法陣を描き術を唱えて
新たな魔物を召喚した。
「そなた、名を何と申す」
「私の名はフォルネウスと申します。以後お見知り置きを、魔王様」
「フォルネウスか…知的そうだな」
「そうですね、いろいろ書物を漁る事は好きですよ」
「では、勇者の加護、神の加護について詳しく調べて貰おうか」
「かしこまりました、魔王様。少々お待ちください」
フォルネウスはその場から消えた。
「魔王様!フォルネウス様って、格好よかったですね!」
「そうだな、賢そうで見た目も良い。召喚して向こうの世界のサキュバスなどは残念がっているであろうな」
「きっと強いんでしょうね!」
「何かあったら、お前はフォルネウスと逃げるのだぞ」
「魔王様に何かあるわけないですよ!お強いんですから!」
「ふむ、しかし何かあった時はだな…」
「その時は来ないと思ってます!」
「ハァ、わかった…」
イヴィルアイはなかなかに頑固だな。
いや、我の力を信じてくれている
そういう事なのだろう。
次フォルネウスが現れたら頼んでおこう。
間
さて、前回勇者一行が来てから半年が過ぎた。
あれから来る気配は無いようだが
諦めたのだろうか。
いや、神の加護を持つ者が諦めはしないだろう。
フォルネウスの調べ物もまだ見付からない。
我は何をするべきなのだ?
「イヴィルアイよ、我はこの退屈な時間に何をしていれば良いのだ?」
「魔王様はただ玉座に座っているだけでよろしいと思われますよ!威厳を見せつけるのです!」
「そなたとフォルネウスしか居らんのにか?」
「それは、そうなんですけど…あっ!でしたら魔王城の庭園にお出かけになるとか!」
「我は花に興味は無い」
「それでもすごく綺麗ですよ!私が毎日手入れしているんです!」
「そなたに手は無いではないか。どうやって水やりしておるのだ?」
「私、こう見えて水魔法を得意としてまして!」
「そうか、では一度見ておいてやろう。仮にも側近の立場として存在しているのだからな」
「魔王様…ありがとうございます!絶対に悪い気分にはならないハズです!こうなったら、紅茶の準備などもしないとならないですね!私準備して参りますので魔王様お先に向かっていてください」
やはり謎だ。
あの羽で、どうやって紅茶の準備をするのか。
運べるのであろうか。
…くだらぬ事を考えても仕方あるまい。
どうせ念力か何かで運ぶのであろう。
とりあえず庭園とやらまで向かうとするか。
間
「思っていたより綺麗ではあるな」
ふと言葉が漏れる。
我にもこんな感情があったとはな、と
つい笑みを浮かべてしまう。
恐らく人間からしたら恐ろしい顔をしている
そんな顔なのだろうが。
「む、魔王城なのに白薔薇…?」
魔王城と言えば血の様な赤薔薇の方がと
思っていた所にイヴィルアイがやってくる。
「魔王様、紅茶のご用意が出来ました。いつものハーブティーでよろしいでしょうか?」
「いつものとは言うが、我には記憶がまったく無いのでな。何でもいいぞ。」
「では、こちらをどうぞ。」
イヴィルアイの用意したハーブティーは、とても優しい味がした。
何故だ…飲んだ事も無いのに優しい味とは。
我は、我はこの味を何処で…。
「イヴィルアイよ、何故この庭園には白薔薇が群生しておるのだ?通常ならば血の様な赤薔薇の方が似合うのではないか?」
「魔王様は記憶が無いのでしたね。この白薔薇は王妃様の好みの花だったのです。」
「我に嫁がおったのか…」
「その通りでございます。魔王様にはj…グッ…!」
「どうした、イヴィルアイ!」
「ウグッ…カハッ…」
「何があったのだ!?」
そこにフォルネウスが現れる。
「どうやら不都合な事を言おうとした為に一時的に口を封じられたのかと…」
「誰にとって不都合なのだ!?」
「それはわかりません。しかし、今の魔王様には言ってはならない事のようです」
「イヴィルアイは大丈夫なのだな?」
「一時的ですから大丈夫でしょう。」
一安心と言ったところか…。
ん?安心?また我の解らぬ言葉だ。
一体何が隠されているのだ。
「フォルネウス、久方ぶりに会うが何か勇者や神について解った事はあったか?」
「申し訳ありません、魔王様。いくら調べても詳しい事は出てこないのです。意図的に隠されているという可能性もありますが」
「意図的…何者がそのような事を」
「…人間の方の…神とか?」
「人間の方の神が我が城に手出が出来るのか?」
「流石にそれは解りません。しかし、我々の神も人間の方に何かをしている可能性も」
「ふむ、お互いに干渉し合っていると?」
「ええ、可能性は無くはないですね」
「次に勇者一行が来るまでにどうにかしたいものなのだが…。!そうだ、フォルネウス!」
「何でしょうか、魔王様?」
「我が勇者に負けそうになった時には、イヴィルアイを連れてここから去ってくれ」
「魔王様?私を戦う為に召喚したのではなく、本当に調べ物の為に喚んだのですか?」
「あぁ、調べ物とイヴィルアイの避難の為だ」
「かしこまりました、その時はそうさせていただきます」
「フォルネウス、よろしく頼む」
間
勇者一行が来て一年が経った。
我はもう来ないのではないか、そう思い始めていた。
しかし、それは突然訪れた。
「魔王様!勇者一行が現れました!もう間もなく魔王門に到達する所です!」
「そうか、解った。そなたは隠れているが良い」
「かしこまりました!ご武運を!」
勇者一行はこの一年何をしていたのか。
普通に考えるのであれば修行であろう。
ただしこの世界に魔物は存在していない。
何を相手に鍛えたのか。
我にとってはどうでもいい事か。
その時、魔王門が吹き飛ぶ。
「勇者一行、随分荒々しい登場だな」
砂埃が収まった時、我は目を疑った。
一年前とは輝きが一段と大きくなり
魔力も桁外れになっていたからだ。
「ほぅ、何処で鍛えたか知らぬがまだ強くなる余裕があったとはな。しかし、いくら鍛えた所で無駄な事。最後の決戦だ」
我は、とりあえず剣で一閃する。
勇者と戦士、いやこの姿はパラディンか。
なるほど転職してきたのか。
パラディンは仲間の盾となり全攻撃を受ける。
その隙に勇者が懐に斬りこんできたが
「甘い」
勇者を盾でいなす。
僧侶は聖女、魔法使いは大賢者に転職している。
聖女は聖なる壁(ホーリー・ウォール)を発動。
大賢者は破邪五芒星(ペンタグラム・スペル)で全属性を載せた魔法を解き放つ。
我は魔法を大悪魔の鎧(アモン・アーマー)で吸収。
邪悪なる深淵(ダーク・ブラックホール)で勇者一行を捻り切ろうとする。
呻き声をあげる勇者一行。
邪な六芒星(ブラック・ヘキサグラム)で追撃を加える。
それでも立ち上がる勇者一行。
聖女が癒しの祈りを天に願う。
全快とまでは行かないようだがある程度は回復したようだ。
「ふむ、なかなかに五月蝿い者が居るようだな」
我は狙いを聖女と大賢者に絞る。
死の剣舞(デッドリー・スラッシャー)で斬りかかると、思った通りパラディンが盾になった。
前に突き出した輝きの盾が数百、数千、いや数万はあったかもしれない。
我の剣撃に耐えきれず破壊され、パラディンを貫き、そして聖女、大賢者をも切り刻んだ。
この三人はもうピクリとも動かない。
どうやら死んだようだ。
「さて、勇者。前と同じくなったがどうする?まだ戦うか?」
勇者はキッとこちらを睨み付けて、己の聖剣に何かをはめ込む。
すると今迄とは比べ物にならない力が迸る。
「何と、この様な力を隠していたとはな。仲間が死ぬ前に出していれば無駄死にしなくて済んだものを」
勇者がこちらに向けて走ってくる。
我も魔力を剣に込めて、相対する。
血の力(ブラッディ・フォース)混沌の暴走連舞(カオス・クラッシュ・レイジ)で勇者の攻撃を待つ。
勇者は虹色に輝く宝玉に魔力を全力込めている。
我と同じ事をしておるな、勇者も次が決着だと解っているのであろう。
光の力(レイ・フォース)純白の覇紋(ジャッジメント・ブレイバー)でお互いの剣がぶつかる。
眩い光で魔王の間は包まれた。
間
「どうやら、我の負けのようだ…。全力を出し切ったのだ、満足だ。」
我は何者にも傷付けられない鎧を纏っておるのだが、その鎧を貫かれて血がかなり流れている。
それは勇者も同じようだが、まだ余裕ありそうなように見える。
しかし、生きては帰れないと思っているのであろう。
仲間の身体を集め、何やら呪文を唱えようとしている。
「勇者、まさかそなた死ぬつもりで呪文を使おうとしておるのか!」
勇者はチラリとこっちを見て、照れた様に頬をかきながら下を向いて呪文を続けた。
「そなたは我を倒して帰る。仲間なぞどうでも良かろう!己の命は捨てる気か!」
勇者は少々切なそうな顔をしながら、それでも呪文を止めない。
「フォルネウス!フォルネウスはおるか!」
「何でしょうか、魔王様」
「勇者があの呪文を使ったら、仲間は生き返るのであろうが勇者はどうなる!その後蘇生は出来るのか!?」
「申し訳ありません、書物を漁って読んではいたのですが…その事に関しての書物は見付かりませんでした」
「では勇者、その呪文を使ったら己はどうなるかわかっておるのか!?二度と蘇生出来ぬのかもしれぬのだぞ!」
勇者は横に首を振りながら呪文を唱える。
「それでも仲間の方が大事と言うか…。では勇者の命と引き換えに生き返った者はどうする気だ?」
勇者は困ったように笑いながら首を縦に振る。
「そうか…。我の命の焔もそろそろ消え失せるようだ。いつかまた会えたら今度はこんな争いはしたくないものだ…。フォルネウス、イヴィルアイを連れてここから去るのだ!」
「かしこまりました、魔王様」
「魔王様!死なないでください!」
「悪かったな、後の事は宜しく頼む」
我は、白薔薇、王妃の事を考えながら
眠りについた。
それと同時に、勇者が呪文を完成させ
勇者の命の焔と引き換えに仲間が蘇った。
カチャッ
キュルキュルキュルキュルキュルキュル
カチャッ
第一話~完~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます