第2話 This is 飲茶目線

 館内放送が響き渡る。

 この瞬間ばかりは、軽口も澱んだ空気も緊張感に支配される。


『探索者同士がケンカを始め危険な状態であると、配信の視聴者から通報がありました。ダンジョン課の捜査員は、ただちに現場へ急行してください』


「来て早々事件か」

「それもなかなかヘビーなヤツです」

「ヘビー」


 ケンカの仲裁が、か。

 そりゃ刑事課が出ることもあるが、基本的には地域課で片付いてしまうだ。

 事件と言うほどでもない。


 それを、刑事課と同じことをするというダンジョン課が?

 強行犯係などは、殺人犯も相手にするのだ。

 なんぞケンカごとき


『なお、うち1名は全長2メール前後の大剣と思われる凶器で武装しており……』


「……」

「……」

「これが」

「『規模がダンジョン』」

「防刃チョッキで防げるんだろうな?」

「刺されてみないことにはなんとも」

「……」

「……」






「別に付いてくることはなかったんだぞ」

「でも二階さん来たばっかりじゃないですか。ダンジョンの場所知らないでしょ?」

「だからって君は内勤だろう。バケモノみたいな武器持ったバケモノがいる現場にまで。しかも」

「しかも?」


 あれからオレは粟根巡査の案内(運転は自分)で、パトカーで飛ばして5分。


 人生初ダンジョンを訪れていた。


 どうせなら仕事以外で来たかったところだが、



「……やっぱり防刃チョッキは着てくるべきだった。生きて帰れるのか?」



 特撮映画でしか見たことがないような怪鳥が空を飛ぶ(まずもってなぜ層状の地下構造物で青空が見える)、


 極彩色のジャングル。


 プライベートで来ることはなかったろう。なんか変なヘビとかサソリもいるし。

『どうせジャケットなど無意味』と拳銃だけ持ってきたが。

 明らかに判断ミス。

 そもそも新入りと内勤が来る場所じゃない。最低でも藤岡弘、からだ。


「気を付けてください。そのタンポポ、汁が掛かると3日は寝れなくなります」

「タンポポコーヒー、なんてのはあるそうだが……」


 他にも触って平気かも分からない背の高い草が道を阻む。

 マチェーテなんかも欲しい。


「うおっ!? なんだ、カエルか。脅かしやがって」

「そのカエル、さっきのヘビより毒性強いんで。皮膚が水疱まみれになって剥がれるよ」

「……簡単に驚きを更新しないでもらえるか?」


 一周回って緊張感があるのかないのか分からない話をしていると、


「お」


 獣道の先に、岩陰でしゃがむスーツの男が。

 あらかじめ警察手帳を掲げてから、そっと声を掛ける。


「君もダンジョン課か?」

「あ、はい。上総かずさ遼太郎りょうたろう巡査長っス」


 振り返った彼は、力強い目元だが青年の顔立ち。

 なるほど、人が定着しないのは本当らしい。


「二階宗徹、階級は警部補だ」

「はぁ。それより『君』って、知らねぇ顔っすけど」

「本日付でダンジョン課強行犯係に配属となった。よろしく」

「あっ、うっス」

「それで、状況はどうなんだ?」


 上総巡査長にならって岩陰にしゃがみ込むと、


「いやぁ、オレらじゃどうしようもねえっス」

「ちょっと、私見えない」

「危ないから見なくてよろしい」


 ちょっと開けた場所、

 あるいはケンカで更地になった場所にて睨み合う2名の男。

 片方は一見未成年で、もう片方は推定アラフォーか。


 何より、


「いやしかし」

「オレも初めてダンジョン課来たときゃ、『弟とやり込んだゲームにこんなヤツいたぞ!』ってなりましたけどね。すぐに慣れますよ」



 昔見た舞台劇のロビン・フッドみたいな緑マントが投げる短剣を、

 学校帰りみたいなブレザーとスラックスが、大剣で薙ぎ払う。



「そして、慣れるまえに大半がいなくなるのもよく分かる」


 一応これでも警察官、剣道の段持ちだが。

 それでもまったく動きが追えない。

 あれを手錠や拳銃でどう解決しろというのか。


「どうしたもんスかねぇ、警部補ドノ」

「新人には皆目見当も付かん。しかしここで縮こまっているわけにもいかんだろう」


 言っても相手とて人間なのだ。

 案外話せば分かるかもしれない。

 刺激しないよう顔を出すと、後ろから


「気ぃ付けてくださいよマジで!」


 声が掛けられる。

 ということは、付いてこないらしい。まぁ気持ちは分かる。


「なぁに、危なかったらすぐ逃げる」

「違いますよぉ! 向こうは配信中だから、変なことしたらSNSで『警察はクソ』とか書かれちゃう! ダンジョン配信者は信者多いし!」

「オレ『今回の新入り、一週間はつ』に賭けたんスから! 初日で死なれちゃ、みんなにメシ奢らねぇと!」

「おまえら……」


 なんという『あっ軽い人々ザ・ライトスタッフ』。

 真面目にやる気が失せる光景なのは分かるが。


 しかし、こういうときに背中で示すからこその年上である。

 同僚の信頼を勝ち取るためにも、ここは一つ、











「ぬわあああああ!!」



「「二階さーん!!」」



「ななな、なんだ今のは!?」

「大丈夫っスか二階さん!?」

タンブルウィード西部劇で転がってるアレみたいになってましたよ!?」


 自覚はある。頭は打っていないようだが妙な気持ち悪さがあるし。

 何より、初日ということでせっかくクリーニングに出したスーツがこのザマよ。

 確かに防刃チョッキとかは欲しいが、今さら泥で迷彩柄にしろとは言っていない。


「それより、何が起きたんだ。連中がゲーム世界の住人なのは分かったが、何がオレまでバグ挙動させた」

「たぶん大剣振った風圧で飛ばされたんじゃ?」

「えぇ……」


 いや、自分でゲーム世界とか評したが。


 改めて聞くとメチャクチャだ。

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