第6話 出動
大盛りの竜田揚げ弁当を食べ始めていると、俺の前にブロンドさんが立った。
「ネロ、隣いいだろうか?」
「ん。どうぞ」
許可を出してブロンドさんが隣に座ると、持っているビニール袋から弁当を出した。エビフライ弁当だ。彼女は「いただきます」と手を合わせてから食べ始めた。
ある程度無言で食べ進めていると、ブロンドさんが口を開いた。
「そういえばネロ、君は元男か女、どっちなんだ?」
「……それ、答えなきゃ駄目ですか?」
「いや。でも答えてくれると、ある程度こっちの対応が変わると言っておこう」
それはどういう方向に変わるのだろうか?
男だからと雑な対応を取るのか、男だからこそ女性としての立ち居振る舞いを覚えられるように指導するのか。どちらかは分からないが、ブロンドさんからは元男の気配がする。言っても大丈夫だろう。
「……元男です」
「そうか。なら魔法少女としての訓練と並行して、女性のなんたるかを色々と教えていく必要があるな。因みに私も元男だ。だから気兼ねなく接してくれて構わない」
「分かった。マイカも元男だったり?」
「いや、彼女は最初から女だ」
「じゃあ霧崎マコトは?」
「彼女に会ったのか。あいつも元男だ」
「ここ、元男率高くない?」
「それは偶々。君がここに来る前は元々女性の魔法少女がいたのだが……少し前に戦死してしまった」
「っ……それは、精神的に大丈夫なの?」
「私もマコトもベテランだからな。もう何度も経験してるから大丈夫だ。でもマイカは……まだ引き摺ってる。強さを求めているのもその為だ」
なるほど。だから新人の俺を目の敵にしているのか。
あっ、そう言えば……。
「ねぇブロンドさん」
「ん? なんだ?」
「私はこの新東京市にココンからの推薦で来たけど、ここって何かあるの?」
「あるぞ」
あるんだ。
「この新東京市は放棄された東京の隣にある。都市部は元々がベッドタウンで人口が多い中、遷都したことで人口密度は日本一になった。その影響でナイトメアの出現率、その強さは群を抜いていて、私たちの地域周辺は魔法少女の中でも才能がある者しか担当を許されていない。つまり、新人の君がここにいるということは、ココンから一定以上の強さを最初から認められているということだ」
そりゃマイカがあんな態度取るわな。
自分が出自的にエリートで、ポッと出の新人がこんな危険地帯にいるなんて、プライド的に許せないしその相手が心配にもなる。
模擬戦で実力を確かめたくもなるだろう。
「ところでネロ、君の才能に興味がある。放課後グラウンドで私と模擬戦――っ!」
「えっ、なにっ!?」
ポケットに入れていたマナーモード中のスマホが突然、警報のような音を鳴らし始めた。引っ越しの際にアドさんから元のスマホと交換という形で渡された物で、初めて聞く音を発している。
この音は俺だけじゃなく、ブロンドさんと少し離れた場所にいるマイカのスマホにも起こっていた。
「これは魔法少女用のナイトメア出現警報だ」
「あぁー、だから引っ越しの時にスマホを変えさせられたのか」
「位置を確認してすぐに向かうぞ」
「了解」
スマホを出して確認すれば、既に画面には分かりやすいマップが映っており、赤い点が表示がされていた。ご丁寧に自分の現在地も青い点で表示されている。
「えっと、方角からして……あっちかな?」
「だな。私は急いで向かうが、追従出来なかったら自分のスピードで来てくれて構わない」
ブロンドさんは食べ掛けの弁当を横に置いて立ち上がると、光の繭に包まれて一瞬で魔法少女衣装へと変身した。
頭にティアラを載せ、黄金の鎧ドレスを着た女騎士だ。
ファンタジー風の見た目で装甲付きの青いスカートが特徴的だが、色気は無い。むしろカッコイイ。
そんなブロンドさんは身の丈ほどもある長方形の黄金の大盾を生成するとそのまま前に倒した。
すると大盾は宙に浮き、ブロンドさんが乗ると魔法の絨毯のように空をすっ飛んで行ってしまった。
「ネロ! 先に行ってるわよ!」
魔法少女衣装を着たマイカが空を飛んで、俺の前に来た。
セーラー服風の赤い着物ドレスといった趣で、振袖があり、火が舞っているような柄が入っている。下半身はミニスカートになっていて、白ニーソによって絶対領域を作り出している。履き物は動きやすさ重視の編み上げブーツだ。
そんな彼女は俺から少し距離を取ってから空中で踏み込むような姿勢を作った。それに合わせて出現した魔法陣を足場にし、足裏で爆発を起こして砲弾のように吹っ飛んで行った。
「……ピンクか」
彼女は気付いていないだろうが、飛ぶ時に俺にお尻を向けたことでスカートの中身が見えていた。
「さて、このままだと遅れてしまうな。上手くいくといいが……」
とりあえず魔法少女衣装に変身。
奇術師風の燕尾ジャケットのブレザー制服姿になり、生成したハットを被ってステッキを左手に持つ。
それから誰も居ないこの場でカッコつけて指パッチン。
目の前に、背の低い壁で仕切られたエスカレーターを魔法で生成。
これはパントマイムでよく使われる、真下が地面の筈なのに体が沈んでいなくなり、方向転換して戻って来るというパフォーマンスのアレだ。
先が真っ暗なエスカレーターに乗り、体が謎の真っ暗空間に沈むとエスカレーターが下降から上昇へと変わる。
地上へ上がればあら不思議!
俺はいつの間にか現場に到着していた。
少し離れた正面にナイトメアがいる。
「スライム……色が違うな」
スライムが交差点で車を次々と呑み込んでいる。俺から離れるようにゆっくりと動いており、人々は車から降りて急いで逃げているから人的被害は無さそうだ。
ただ、そのスライムは俺が初めて戦ったスライムと違って毒々しい紫色をしている。呑み込まれた車も数倍速く溶けている。
「……下手に近づくと危険そうだ。ん?」
どう攻めようかと思案を始めようとしたところで、上空から複数の巨大な黄金の大盾が落下し、壁としてスライムの進行方向を塞いだ。
大盾はスライムに接触しても溶けず、道を塞がれたスライムがゆっくりとよじ登ろうとし始める。
そこに、空から舞い降りたマイカが赤い大太刀を振り下ろすと、正面に凄まじい勢いの巨大な火柱が立ち上ってスライムを包み込んだ。
その火力は離れている俺ですら熱いと感じるほどで、数秒経って消えるとスライムは跡形も無く消滅していた。
……これは、魔法で勝負したら勝てないかも。
大太刀を肩に担いで振り返ったマイカは、まるで自慢するかのようにドヤ顔をしていた。
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