第5話 模擬戦
……ああ、快適だ。
俺は今、独りお茶会を楽しんでいる。
この魔法少女活動室には、活動室らしい机や書類棚やホワイトボードの他に、幾つかの物が設置されている。
非常に気持ち良さそうなソファーのある応接セット。
電気ケトルや電子レンジ、電気コンロが備え付けられたキッチン。
充分な量を仕舞える冷蔵庫と食器棚。
様々な種類の飲み物、沢山の高そうな茶菓子、大量のカップ麺とエナジーバーの箱。
好きに使っていい、というお許しを頂いているので遠慮なく使い、ティーバッグで温かい紅茶を淹れて高そうなクッキーを事務机の席で食べている。
「……クッキー。おかわりするべきか、やめておくべきか……」
少女になったからかクッキーが甘くて美味し過ぎて、お皿に盛りつけた分をすぐに食べきってしまった。
だがこれ以上食べると昼食までにお腹が減らない気がする。
この学校には学食は無いが購買部がある。そこでは学生用に格安でお弁当や総菜パンが売っているのだが、若者向けに量が多いというのをパンフレットで売りにしていた。
「むぅ……もうちょっとだけ」
欲望に負けておかわりを決め、席を立った瞬間に勢いよく魔法少女活動室のドアが開いた。
振り向けばクラスの隣の席の赤髪少女が立っていた。
何故か怒っている。
「教室に戻って来ないと思ったら……こんなところでサボるなんて!」
「……えっと……」
「
「……一緒にお茶でもどう?」
「ふざけないで。理由も無く授業をサボられると、魔法少女のイメージダウンに繋がるからやめて頂戴」
「……」
むしろ、人間味があって身近な人には好感を持たれそうだが。あと、霧崎マコトの喫煙はどうなの?
これを言うとマイカはもっと怒りそうなので、黙っておく。
「昼休みは覚悟しておくことね」
マイカはピシャリとドアを閉めて行ってしまった。
「……教室に連れ戻さないんだ」
意外と間抜けな部分があることに、俺は苦笑した。
クッキーを食べ紅茶を飲みつつ、この部屋に置かれていたファッション雑誌や美容雑誌を適当に読み漁って過ごし、昼休み直前になった。
人が混む前に食料を確保したい俺は、魔法で教室に置いて来た学生鞄の中から折り畳み財布だけを物質移動で取り寄せると、ジャケットのポケットに入れて部屋を出て移動を始めた。
「ん、トイレいっとこ」
紅茶の飲み過ぎで尿意を感じた俺は、近くの女子トイレへ駆け込んだ。
個室に入ってショーツを下ろし、洋式トイレの便座に腰を下ろす。
「……ふぅ」
程なくして小便が出る。
少女になって間もないから、女の用を足す感覚にはまだ慣れない。
「おっと、BGMを流さないと」
壁に付いているコンソールを操作し、水が流れるBGMを流して排泄音を搔き消す。
これはアドさんから教わったことだ。女性はトイレで排泄音を聞かれるのが恥ずかしいことだから、BGMを流せるなら必ず流せと言われた。
小便を出しきったのでトイレットペーパーで優しく股を拭き、ショーツを上げる。
水を流してから個室を出て手を洗い、トイレから出た俺は購買部へ向かった。
購買部はお金を扱う関係からか、事務室の隣にある。
中は小さなコンビニといった感じで、学業に必要な文房具や参考書や体操服、ちょっとしたお菓子や飲み物、教員用だろうカップ麺やエナジーバーなどが売られている。
その中の一角、カウンター横に昼食限定で弁当や総菜パンが売られていた。
弁当は閉じた蓋からはちきれんばかりに具材が盛られており、総菜パンはそもそもがデカイ。
おっ、竜田揚げ!
唐揚げより好きな竜田揚げ弁当があったので、それとペットボトルのお茶を購入。
まだ昼休みではないが、火宮マイカに言われた通りに屋上へ移動した。
昼休みのチャイムが鳴るのを聞きながら屋上に到着すれば、そこはちょっとした憩いの場だった。
乗り越え防止の有刺鉄線付きフェンスで囲まれているが、幾つかのベンチがあったりテーブルセットがあったりし、手入れの行き届いた花壇もあって華やかだ。
まだ誰も居らず、ここから見える景色を独り占めだ。
……先に食べようかな? お弁当。
温かい春の日差しと心地良い微風を感じて食い気が出てしまったが、マイカはすぐに来るだろうと止めておいた。
予想通り、彼女は数分後にやって来た。
「待たせたわね。模擬戦を始めるわよ」
「はい?」
何を言ってるんだこの子は?
レジ袋片手に言うことじゃない。
「模擬戦を始めるわよ!」
いや、聞こえなかったわけじゃないから。
拒否しようかと思ったところ、彼女の後ろからビニール袋を片手に持った女子生徒が一人やって来た。
綺麗な金髪を後頭部でシニヨンにし、明るい青い瞳に色白の肌をした美少女だ。切れ長の目が大人っぽくて美しい。
体の方は180㎝はあろうかという高身長で、胸がどデカくて腰がしっかりくびれた、二次元キャラみたいなグラマラス体型をしている。
彼女は俺を瞬時に上から下まで観察すると、口を開いた。
「君が新人魔法少女の皇ネロで合ってるかな?」
「はい」
「ならマイカに付き合ってあげて欲しい。私は守本ブロンド。魔法少女だ。審判として呼ばれた」
「……分かりました」
ベンチにお弁当とペットボトルが入ったレジ袋を置き、何も無い広場の中央付近に立つ。
同じくベンチにレジ袋を置いたマイカが俺の数メートル前に立ち、魔法で生成した赤い大太刀を出して構えた。
「じゃあ始めましょうか。ブロンド先輩、これからやる模擬戦のルールをお願いします」
「学校を壊したら面倒だから、武器の生成以外に魔法は禁止。それと相手が降参するか、直撃しそうになって寸止めされたら負けとする。ルールは以上だ。ネロ、武器を出せるか?」
「ああ」
出したのはハットにステッキ。これが俺の普段使いの武器だ。
「それではこれより模擬戦を開始する。用意――――――はじめっ!」
気合の籠った合図と共に、マイカが動いた。
――速い!?
一直線に突っ込んで来るが、その速さは人間が出せるものではなく、魔法少女になった俺でも気を抜けば捉えられないほどだ。
が、目の前の直線からの攻撃は幾ら速くても戦いに慣れた者にとっては対応が簡単だ。
俺は突き出された大太刀をステッキで受け流しつつ前に踏み込んで密着。ステッキを手放すと同時に彼女の腕を掴んで足を引っ掛け、柔術で押し倒した。
「そこまでっ! ネロの勝ちだ」
ブロンドさんの声が響く。
「くっ、まだやれるわ!」
「いいや、終わりだマイカ。そこからどうやって攻撃するつもりだ? 後手に回って絶対に反撃されるぞ?」
ブロンドさんがまだ戦おうとするマイカを宥めてくれる。
「……分かったわよ」
マイカが負けを認めたことで俺はようやく気を抜き、先に起きて手を差し出す。
でもマイカは俺の手を取らずに立ち上がった。
「フンッ。武術の腕は認めてあげるわ!」
そう言って彼女は俺から離れ、ベンチに座ると自分の弁当をガツガツと食べ始めた。自棄食いだ。
「すまないなネロ。彼女は一流の魔法少女の母親から生まれた、素質のある第二世代の魔法少女なんだ。そのせいでプライドが高くて、新人の君がここに来るなんて認められないんだ」
「そうですか」
それは面倒だ。
けどどうでもいい。
勝負が終わったので、俺もベンチに座って弁当を食べ始めた。
美味い!
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