File57 肉まんとからあげと缶コーヒー

 梯子を登りきり、ハッチのような蓋を開くと、そこはゴミ捨て場があった場所のすぐ近くだった。

 

 僕らは蓋を閉じてその上にガラクタを山積みにすると、一目散に病院から離脱する。

 

 細い路地を駆け抜け、オバケ公園の脇を通り過ぎ、そこからひたすら踏切に向かって歩き続けた。

 

 一番星が光り始めたころ、僕らはやっと踏切を越えた。

 

 危なかった……

 

 本当に危なかった……

 

 ただでさえ非道い目に遭ったのに、そのうえ夜になれば、どんな恐ろしい事が起きるか分かったものではない。

 

 日常の空気が僕らを取り囲み始めると、それにともなって僕らの距離も遠くなっていく。

 

 あんなに掴んでいた手が、遠い。

 

 多分星崎も同じようなことを考えているらしい。

 

 さっきから何となく目があっては、僕らは何も言えずに黙ったまま、夕闇の歩道を歩いている。

 

 ふと明かりに顔を上げると、閑散としたコンビニが立っていた。

 

「肉まん……」

 

 星崎がぼそりとつぶやいたので、僕は自分の言葉を思いだした。

 

「そうだった。忘れるところだった」

 

「コンビニ食は危険な防腐剤が大量に入っている。その証拠にコンビニ弁当ばかり食べていた人は死んでも腐らない」

 

「ゾンビになるよりマシだろ?」

 

 僕はそう言ってコンビニのドアをくぐった。

 

 ピロリロ……とセンサーが入店を告げると、そのすぐ後にもう一度ピロリロと音がした。

 

 星崎が目を細めて僕の隣に立っている。

 

「危険なものを食べないように見張っておく」

 

「僕は肉まんとからあげを食べるんだよ! それと暖かい缶コーヒー!」

 

 レジに向かうと、やはり星崎がついてきた。

 

 レジ脇の缶コーヒーを取り、からあげと肉まんを注文する。

 

 僕が電子決済して袋を受け取る間、星崎は財布の中身を確認していた。

 

 けれどやっぱり何も買わずに、僕についてコンビニを後にする。

 

 ゴミ箱の隣で肉まんを取り出しながら、なんとなく気になって僕は尋ねた。

 

「なあ、もしかしてあんまりお金ないのかよ?」

 

 星崎は僕の方を見ずに小さく頷いた。

 

 僕は少しだけ考えてから、肉まんを二つに割った。

 

 肉まん断面から白い湯気が、夜の寒空に向かってのぼっていく。

 

「ほら」

 

 半分に割った大きい方を差し出した。

 

「お腹は空いていない」

 

 ぎゅぅうううう……

 

 その言葉を打ち消すように、星崎の腹の虫が鳴いた。

 

「お腹の虫は減ってるみたいだぞ?」

 

 そう言って僕は星崎の手に肉まんを押し付ける。

 

「ありがとう……」

 

 何も言わずに、僕らは車止めに座って半分こにした肉まんを頬張った。

 

 コンビニ袋をシートの代わりにしてその上に唐揚げを広げると、星崎はチラチラと僕の方を見てくるので、僕は一個手に取って星崎に渡す。

 

「いいよ。今更僕に遠慮しなくても……だいたいもっと図々しいお願いは散々してきただろ⁉」

 

「わかった……ありがとう……」

 

 迷った末、缶コーヒーは封を切らずに星崎に渡した。

 

 僕が二個目の唐揚げを食べ終わると、星崎はスッ……と缶コーヒーを僕に返してくる。

 

 見るとプルタブは開いていて、飲み口にはうっすらとコーヒーが残っていた。

 

 星崎はよそ見したままで、顔は見えない。

 

 間接キス……

 

 頭の中に一瞬浮かんだ言葉を誤魔化すみたいに、僕はそれを受け取ってすぐにゴクリとコーヒーを胃袋に流し込んだ。

 

「よし……やり残しもなくなったし……帰るか……」

 

「うん……」

 

 いつものように、駅で僕らは立ちすくむ。

 

 電車がくる直前まで、とくに話もせずに改札の近くに並んで突っ立っているのが、いつの間にか儀式のようになっていた。

 

 やがて電車の時間が近づくと、僕らはどちらからともなく、それぞれが行くべき方へと進んでいく。

 

「じゃあな……気を付けて帰れよ……」

 

「空野も。頭の中を整理したい。明日は休んで、月曜に学校で」

 

 弱々しく手を振って別れた後も、甘くて、ほろ苦い缶コーヒーの味が、いつまでも口に残っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る