File48 ループとラブ

 この男が院長……?

 

 大塔の言葉に僕らはごくりと唾を呑んだ。

 

「あなたがこの超常現象の元凶……?」

 

 大塔は再びクククと肩を震わせて嗤った。

 

 自嘲とも蔑みとも分からぬ笑みに思わず寒気が込み上げてくる。

 

「言ったはずだ……私は必死だった。南北に分断され、一気に傾く病院の経営を立て直すのに必死だったんだ……! 忌々しい政府のハイパー都市計画のせいで……何の補償も無しに患者を南部に奪われた私の苦悩が分かるか……⁉」

 

 やはり大塔の発言は意味不明で、要領を得なかった。

 

 すでに心が壊れてしまっているのだろう。

 

「この病院で何があった……?」

 

 星崎は大塔の質問には答えず、一つでも答えかヒントになることを引き出そうと話題を変える。

 

 その言葉を聞いた大塔から、突如表情が消え失せて、男は唸るように声を絞り出した。

 

「あの……あの男が来たせいだ……」

 

 ブツブツと何かを繰り返すが、またしても何を言っているのか分からない。

 

「あの男とは誰?」

 

 ぐしゃぁあああん……!

 

 星崎が語気を強めたその時、鉄の扉からもの凄い音が響き渡り、全員の視線が扉に集まった。

 

 扉は大きくひしゃげており、重たい何かがぶつかったことを物語っていた。

 

「まずい……大倉沙穂がループを使い始めた……」

 

 ぐしゃぁぁああああん……!

 

 再び轟音が響き渡る。

 

 歪んだ扉の隙間からは、無残な足を真っ赤に染めた大倉沙穂がこちらを覗き込み、ニタァ……と笑うのが見えた。

 

 恐怖が恐怖を打ち消したらしい。

 

 気が付くと僕は大塔に向かって叫んでいた。

 

「おっさん……! あの男って誰だ? ループって何だよ?」 

 

 大塔は不愉快そうにピクリと眉を動かしたが、存外まともな答えを口にする。

 

「奴は六階から飛び降りた。その時の強烈な恐怖心がくさびになり起点を作り出した。天文学的な確率で、奴は量子物理的に時間軸を捻じれさせることに成功している。男はラブとか何とか名乗っていたが……本名かどうか……」

 

 「大倉沙穂は何が出来る?」

 

 大塔は星崎に視線を移すと、震える声でつぶやいた。

 

「奴は任意のタイミングと角度で、飛び降りを再現できる……」

 

 ぐしゃぁぁあああん……!

 

 三度目の轟音で扉が吹き飛んだ。

 

 重たい鉄の扉は僕らの真横を掠めると、発電機とボイラーを囲うフェンスに突き刺さるようにして動きを止めた。

 

「痛ぁぁぁぁいよぉぉぉおぉおお……!」

 

 顔を歪ませ泣きわめく、入院当時の姿をした大倉沙穂が、扉のあった場所で倒れている。

 

 しかしそれはすぐさま黒い粒子に包まれて、先ほどまでの禍々しい姿に変容した。

 

 何が起きているんだ……?

 

 僕は何を見ているんだ……?

 

「くそぉおおお……! 全部貴様らが来たせいだ……! 私が必死で、必死で隠匿していたというのに……!」

 

 取り乱した大塔の手が緩んだ。

 

 僕はその隙を見逃さず、思い切り大塔の鳩尾に肘を突き刺した。

 

「うっ……」と呻いた大塔の膝が折れる。

 

 僕はその手から鉄パイプを奪い取り、星崎の手を掴んだ。

 

「行こう……!」

 

「待って。発電機を……」

 

 壊れたフェンスの向こうでは発電機が唸りを上げている。

 

 扉の前には大倉沙穂が潰れた足で立ち塞がっている。

 

 僕は大倉沙穂の方に向き直り、すぐさま踵を返した。

 

「空野、戦わない?」

 

「どう見ても手負いじゃないだろ……!?」

 

 僕は発電機の前に立つと、それに向かって思い切り鉄パイプを振り下ろした。

 

 壊れたプラスチックが飛び散り、原型を失うまで何度もパイプを振り下ろしていると、やがて機関部にもダメージが入ったらしい。


 天井の照明がジジ……と音を立てて消え、辺りは深い闇に包まれた。

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