ハイド・アンド・シークin大塔病院
File24 愚民と選民
「行こう……ここにいても何も分からない」
「おい……! 僕はまだあの猫を信用してないからな……⁉」
彼女はこちらを振り向いて少しだけ複雑な表情を浮かべてからつぶやいた。
「いずれ空野にもわかる……」
まだ昼間にもかかわらず、病院の中は薄暗い。
スマホの懐中電灯で照らしながら、僕らは荒れ果てた院内をあてもなく散策していた。
床は埃にまみれていてかび臭く、そこかしこに散らばったゴミやガラスの破片が、歩くたびにパキパキと嫌な音を立てる。
得体の知れない大きな遮光ガラスの瓶の中には、もわもわと濁った液体が満たされ、その中には何かが浮かんでいる。
二人して一瞬固まってから、僕らはそれ以上中身を見ないようにしてさらに病院の奥へと進んだ。
「なあ、具体的には何を探すんだよ? この病院、思った以上に広そうだ……」
「わからない。でもドラリオンがここに導いた以上、何かがあるはず。まずは院内のフロアマップを探す。空野のスマホがあってよかった」
いつの間にかくっつくように歩きながら、星崎はスマホのライトを掲げる僕の手首を握っている。
見たい場所があれば僕の手首ごと明かりの向きを操縦できるということらしい……
「前から気になってたんだけど、スマホは?」
僕が尋ねると、やや間があってから、いつも以上に無感情な声で彼女は答えた。
「……持ってない。電波は危険……」
「嘘だろ……⁉ パソコンもないとか言わないよな?」
星崎は不機嫌そうに目を細めると、小さく咳払いをして話し始めた。
「空野は電波社会に慣れ過ぎている……スマホにはバックドアが仕込まれていてGPS、盗聴機能、カメラは常に奴らのコントロール下にある。奴らは国民を監視して生活パターンや趣味嗜好を把握することで完全にコントロールすることを計画している。現に空野のスマホにはエッチな広告ばかり入ってきているはず……空野の趣味が企業や政府にバレている証拠……」
「入ってきてませんが? だいたい嗜好パターンを把握したぐらいでどうやってコントロールするんだよ? 好きなものがわかっただけでコントロールできるなら、この世から片想いは消えるはずだろ?」
「対人関係において、人は自分の本性を隠す傾向にある。けれどプライベートのネット空間は別。本人の趣味や興味が丸裸にされる。奴らのコントロールは思考を奪うことが第一目的。好きなもの、興味のあるもの、楽しいと思うものを、最良のタイミングで提供し続ければ、人はそれだけに人生の時間を費やすことになる。空野だって好きでもないアーティストの曲を聴いている。行動と思考が一致していないということは、すでにコントロールの入り口に立っている……」
最後の言葉がなぜか胸に突き刺さって言葉が出なかった。
なんとなく……テキトーに……
そうだ。
なんとなくテキトーにダウンロードした。
思い返せば、おすすめだか、ピックアップだかに言われるままにダウンロードした気がする。
コントロールされている?
僕が?
何のために……?
僕はしばらく考え込んでから、弱々しい声でつぶやいた。
「何のためにコントロールするんだよ……?」
星崎は足を止めてこちらを見つめると、憐れむような顔で静かに答えた。
「仮想空間に幽閉するため。限られた現実の資源を独占するために、愚民と選民に選り分けて二つの世界に分断する計画……上級国民は現実世界の資源や恩恵を独占し、下級市民は仮想空間で提供される仕事と娯楽に幽閉される。ウォシャウスキー姉妹が描いたマトリックスの世界はその真実の一端を寓話的に描いている」
「そんなの……」
続く言葉が見つからない。
否定したくても、なぜかこいつの言葉には説得力がある。
それは僕がすでに、コントロールされているから?
誰に……?
黙りこくる僕に向かって、星崎は言った。
「ネオは白兎を追って現実を知った。わたしたちはドラリオンを追う」
星崎が僕の手を強く引いた。
照らし出された壁には、埃を被って見えずらい、院内の案内図が浮かび上がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます