File9 右と左
商店街に到着するまで、僕たちはそれ以上一言も言葉を発さなかった。
意気込んではいたが、星崎も怖かったのかもしれない。
そうこうする内に僕たちは雑踏に紛れていた。
ドラリオンは「なー」と声を上げるやいなや、するりと人混みの中に姿を消してしまった。
「あ……行っちまうけどいいのかよ?」
「大丈夫。ドラリオンは探せばすぐに見つかる。宇宙猫は伊達じゃない。じゃあ、わたしはこっちだから」
「おう……」
なんだか急に星崎がよそよそしくなったような気がして気持ちが落ち着かない。
スタスタと遠ざかっていく星崎の背中をしばらく見送っていたけれど、僕は考えることに蓋をして家に帰ることにした。
商店街からすぐの駅に向かい乗り込んだ普通列車は、先ほどの出来事が嘘のようにいつも通りだった。
会社員は疲れ切っているか、自信に満ちているかの二択で、学生達も同様だった。
学歴、産まれ、才能、容姿、遺伝子……
様々な場所に見えない線が引かれていて、望みや努力と裏腹に、人は右と左に選り分けられていく。
それが同じ電車に乗っているのがひどく馬鹿々々しく思えてならなかった。
同じだけ金を払い同じサービスを受けているのに一方は堂々と、かたやもう一方は俯いてゾンビのようで……
ふと星崎の立ち位置が気になった。
あいつはどんな顔で電車に乗るだろう?
毛玉だらけの服を着て、ボサボサの髪で。
それでもきっと、ゾンビの側ではないような気がする。
じゃあ僕はどうだろう?
なぜか身震いした瞬間、車掌のアナウンスが降りる駅の名前を告げて、僕は慌ててドアに向かった。
冷たい夜風がチクチクと頬を刺してきて嫌な感じがした。
明かりの消えた暗い玄関に到着して、さらに嫌な気分になる。
ポケットから鍵を取り出して乱暴に鍵穴に突っ込もうとするが上手く入らず腹が立つ。
「ああもう!」
思わず口走ったその時、「にゃあ……」と背後で声がしたような気がして僕は慌てて振り向いた。
「星崎?」
けれど街灯に照らされているのは青黒く冷めたアスファルトだけで、そこには誰もいなかった。
*
ガタン……ガタン……と錆びた階段が音を立てる。
二階建てのおんぼろアパートの各部屋からは夕食の匂いが漏れ出し、テレビの声が聞こえてくる。
その匂いは毛玉だらけのカーディガンを着た少女の空腹を思い出させるのに十分すぎる代物だった。
「ただいま」
鍵を開け、そう言いいながら部屋に入る。
少女はすぐに台所に向かい冷蔵庫の中身を確認した。
「遅かったね……」
「うん……友達と話してた。すぐにご飯つくるね」
「そう……どんな子?」
少女はしばらく考え込むように黙った後、小鍋に沸かした湯に豆腐を入れて呟くように言った。
「良いやつ……」
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