二十一話
『私の記憶と、変わらない。』
見舞いに貰った色んな花が置かれてあって、
この子が起きる事は殆ど無いから。この花達は見舞いの花という役目も果たさず枯れて死んでしまう。
私の目には、花は可哀想にも見えなかった。だって人間みたいだったから。
花が複数あれば、目立つ花と目立たない花がある。目立たない花は認識しない限りただの花であって認識されない。
人間を花にたとえるなら、私は目立つ花でも目立たない花でもない花。無ではないのが辛くて仕方ない花。
『貴方に名前は無いのね。私の名前をあげましょうか?』
言葉は返らない。静かで冷たい空間。栄養を吸う髪の毛が1束だらんと垂れてきた。
私はそれが返事だと思う事にする。
そうしながら体温。脈。心拍数を見て、健康が維持されてる事を確認。
もうここに居なくても大丈夫。戻らなきゃ。なのに、
『(ここに居たい。)』
この部屋は色んな事を考えるのに、全部嫌な感覚はしなかった。
昨日言ったひがな君の能力の事。
病棟の皆に少し違和感を感じる事。
昨日の朝に起きた不自然な体調不良の事。
分かったところで何も変わらない。だったら知らない方が幸せ。なのに私は考えて色んな側面から全てを知ってしまう。
無知は罪で恥だが、幸せでもある。
「知らない方が良い」なんて言葉には心底イラつくが。矛盾してるでしょ?
『貴方がシレネになったら、私は無知になれると思う?』
「なれないよ。」
冗談で言った言葉に間髪入れずに否定の言葉が入る。
知っていた事だし、無知になろうと本気で思った事はない。それにもしもや現実であり得ない話をしたところで、フィクション止まりだ。
『知ってる。』
『彼の死体はどうしたの?』
「もう灰になってるよ。ここで死んだ者は跡形も無く消えるなんて当たり前でしょ?」
病棟で死んだ者は何も残らない。リアルな死体なんて見た事がない。患者服だけや靴だけ残るのは偶にあるらしいけど。
今回は燃えたらしい。灰だけ残ってるのは本当に少しだけ、ほんの少し嬉しかった。
「シレネが名前あげるって言ったの、2回目なの知ってる?だから嫌になって悪い言い方しちゃったや。ごめんね。」
彼がその赤い目で私を見つめる度に、酷く心がざわざわして落ち着かない。
椅子から立ち上がって、扉を開けようと移動した。今は私が後ろで、彼は私を捉えてないし捉えれない。
すると、振り返らずに喋り始めた。
「ねぇ本当にわかってる?シレネの名前はシレネの脳内を形成するのに大切な部分で取られちゃいけないんだよ?」
「患者なんかに渡して苦しむのは誰でもないシレネなんだよ。」
「逃げないでね。」
もう限界だった。
『うるさい。黙って仕事してよ。』
直接言わなかった分褒めて欲しいぐらいだ。次行ったら許さないと控えめに脅すと真顔でこっちを見ている。あの顔は返事を求めている時の顔だ。
長年の勘でそう分かってしまう。
『私がさっき、否定しなかった理由でも考えててよ。それぐらい分かるよね。』
「ふふっ。うん。」
移動を阻むものはもう居ない。
甘い飴が食べたい。患者と遊びたい。仕事が終わったら寝てしまおう。
楽しい事。やりたい事を一つずつ出して、脳内のもう1人が楽しそうに賛成するから先程の事を忘れて笑ってしまおう。
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