魔王、スローライフに興味をもつ



旅の合間、リリィがふとした話題として口にした「スローライフ」という言葉。初めて聞くその概念に、セレフィナの耳がぴくりと反応した。






「スローライフ?なんだ、それは?」


リリィは驚いた様子もなく、柔らかい口調で説明を続ける。「はい、王都では今、そのスローライフという生き方が人気なんです。毎日せかせかと働くのではなくて、自然とともにゆったりと過ごす生活です」






セレフィナは思わず、無意識のうちに胸がざわめくのを感じた。自然と共に、ゆったりと…。かつての戦乱と争いの日々の中では想像すらしなかった時間の使い方だ。常に力と義務に追われ、脅威に立ち向かい続けてきた自分には、馴染みのない感覚だった。






「…人間の世界には、そんな生き方もあるのか」


自らの口からこぼれた言葉に、セレフィナはふと驚いた。彼女の生きる道は強者としての責務に縛られていた。しかし「スローライフ」という概念に触れた瞬間、自らの歩んできた道が無意識に心の隅で重たく響く。力や義務だけではない「生きる意味」がそこにあるような気がした。






リリィの言葉が続く。「はい、王都では特に、自然の近くに小さな家を構えて、野菜を育てたり、手工芸品を作ったりする人も多いんですよ。人それぞれですが…」




セレフィナは、そっと目を閉じ、心の中でその景色を思い浮かべた。力に頼らず、ただ穏やかに過ぎていく時間の流れ。それは、彼女のような長命な者にとっても新鮮で、意外に心地よく感じられた。自分もまた、その静けさの中に身を委ねてみたい、と瞬間的に思った。






「…それも悪くない生き方かもしれんな」


小さく呟くセレフィナに、リリィは微笑んだ。「はい、きっとセレフィナ様もお好きだと思いますよ」






ふとした会話から生まれた感銘。その日から、セレフィナの心の中に「スローライフ」という言葉は、ひっそりと存在し続けることになった。






リリィの微笑みを見て、セレフィナは少しばかり照れ臭くなり、視線をそらした。しかし、ふと考えが浮かび、現実的な問いかけをする。






「とはいえ、冒険者として生きる以上、スローライフは難しいかもしれんな。…緊急で呼び出されることもあるだろう?特にSランクのクエストともなれば、悠長に構えているわけにもいかんだろうし」






リリィは少し頷きながら、考え込むように口を開いた。「確かに、セレフィナ様のおっしゃる通りです。私たち冒険者は、人々を守るためにいつでも動ける準備が必要ですから、完全にスローライフを送るのは難しいでしょうね」






セレフィナは微かに笑みを浮かべ、リリィの言葉に応じる。「まあ、冒険者という役割を担っている限り、仕方のないことだな。けれど、もし…もしも日々の生活がただ平穏であるならば、いつかはそういった生活も試してみたい気がする。何も戦いが絡まぬ日常を、ただ穏やかに生きてみるのも悪くない」






リリィはセレフィナの横顔をじっと見つめ、どこか親しみを感じるように頷いた。「セレフィナ様がそんなことを考えているなんて、少し意外です。でも、確かにそうですね。王都でも、スローライフに憧れつつも冒険者の使命を優先する人が多いと聞きます」






セレフィナは腕を組みながら、遠くを見つめるように話を締めくくる。「ふむ…ならば、平穏な生活の合間に力を求め、緊急の呼び出しに備える…そういった“バランス”を見つけるのが人間たちの生き方なのかもしれん」






リリィは微笑みを浮かべて頷き、二人は静かにまた歩き始めた。スローライフの話は、冒険者としての矛盾を感じつつも、その言葉が心の奥底でひっそりと響き続ける、そんな一瞬の会話となった。

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