魔王 vs Sランク冒険者カイ



アルヴィンは一瞬考え込んだあと、ふと顔を上げてセレフィナに提案した。




「セレフィナ殿、ギルドに参加するからには、他の冒険者たちとの力量の把握が重要だ。君の実力が未知数すぎるからね。ここは、ひとつランク認定試験を受けてもらおうか。」




セレフィナはその言葉に興味を示し、少し笑みを浮かべる。「いいぞ。誰と戦えばいいんだ?」




アルヴィンは扉の方に向けて軽く手を挙げた。「そうだな…。ここにいるベテランの中でも最強の冒険者、Sランクのカイがいる。彼もこの場で君の力を見たいと思っているようだ。」




その言葉と同時に、扉の向こうから大柄な男性が姿を現した。長身で筋骨隆々、鋭い眼差しの持ち主で、その威圧感からは歴戦の猛者としての気配が漂っている。カイは無言でセレフィナを見つめ、次いでアルヴィンに目配せをした。




「俺が相手でいいんだな?」カイが重低音の声で言い、拳を握りしめる。




「頼む、カイ。彼女の実力を見極めてくれ。ギルドにとっても、この試験は重要な意味を持つはずだ。」アルヴィンが頷くと、カイも了承したようにゆっくりと頷き返した。




カイはその戦闘能力から推定されるレベルは70程度で、優れた戦士としての実力を誇っていた。彼の技術は洗練されており、特に剣術においては、瞬時に相手の動きを読み取る能力が際立っていた。これに加えて、彼は数々の戦闘経験を積んでおり、その冷静な判断力と俊敏な反応は、同じレベルの冒険者の中でも群を抜いていた。




「セレフィナ、お前がどれほどの力を持っているかは分からないが、俺も全力で行かせてもらう。」カイは余裕の表情を浮かべつつも、その瞳には戦士としての闘志が宿っている。




セレフィナは微かに笑みを浮かべ、軽く腕を組んだ。「いいだろう。…ただ、手加減はしないからな?」




その一言に場内の冒険者たちはざわつき始めた。カイに対してそんな余裕を見せるとは、果たしてどれほどの力を秘めているのか、と疑念と期待が入り混じる視線がセレフィナに向けられた。




カイはニヤリと笑い、「望むところだ!」と叫ぶと、二人は広間の真ん中へと歩を進めた。冒険者たちは壁際に下がり、これから繰り広げられるであろう戦いに期待の視線を向けていた。




「準備はいいか?」アルヴィンが合図を出し、戦いの幕がゆっくりと上がる。




* * *




戦いの開始を告げるアルヴィンの声が響くと、カイは即座に地面を強く蹴り、セレフィナとの距離を一気に詰めた。その動きは素早く、巨体からは想像できない俊敏さを見せつける。彼の拳が空を切り裂き、セレフィナへと迫った。




「速いじゃないか。」セレフィナは余裕の笑みを浮かべながらも、その場から一歩も動かず、迫る拳を見つめていた。




カイの拳がセレフィナに到達する寸前、彼女は身をひねり、攻撃を寸前でかわした。その動きは優雅で、まるで風に流れるようだった。カイの拳が空を切り、わずかな衝撃波が広間に響く。




カイは拳を振り抜いた瞬間、自分の攻撃が虚しく空を切る感覚を覚えた。信じがたい光景だった。通常、魔法使いは直接的な攻撃を避けられないため、障壁を張りダメージを軽減するのが一般的だ。それなのに、セレフィナは障壁も張らず、身一つでSランクの自分の攻撃を軽やかに躱してみせたのだ。




「…ありえないだろ、こんな動きが」




カイは額に汗が滲むのを感じた。これまで幾多の魔法使いと相対してきたが、近接戦を、しかも一流の戦士と渡り合う魔法使いなど見たことがない。彼女の身のこなしは、もはや魔法使いのそれではなかった。セレフィナが見せる異質な実力に、カイの中に次第に警戒と畏怖の念が生まれていく。




カイは驚愕の表情を浮かべたが、そこは歴戦のツワモノである。すぐさま次の一手に移った。今度は脚を軸に回転し、強烈な蹴りを放つ。その一撃はまるで岩を砕くほどの力を込めた渾身の一撃だ。




しかし、セレフィナはそれを見抜いたかのように、一瞬で後方に跳んで距離を取り、蹴りをかわした。その動きは軽やかで、カイの圧倒的な攻撃力に対して一切ひるむ様子がない。




「攻めるのは得意みたいだな、カイ。」セレフィナは楽しげに微笑みながら言った。「じゃあ、次はこちらからいくぞ。」




セレフィナは手をゆっくりと掲げると、彼女の周囲に魔力が渦巻き始めた。鮮やかな光が指先から漏れ出し、その一瞬にして広間の空気が緊張感に包まれる。ギルド内の冒険者たちも彼女の魔力に圧倒され、息を飲んでその光景を見守った。




「おいおい、本気かよ…」カイが汗を流しながらつぶやくも、すでにセレフィナは次の動作に入っていた。




「【雷霆の槍】。」セレフィナが静かに呪文の名を告げると、彼女の手元に雷の槍が出現した。その槍は激しい稲妻のように輝き、まるで生き物のように彼女の手で躍動している。




セレフィナは槍を構え、軽く振り下ろした。その瞬間、雷が轟音を立てて走り、カイに向かって一気に放たれる。




「うおおおっ!」カイは必死に両腕を交差して防御体勢をとったが、雷の槍が彼を直撃し、激しい電流が彼の体を貫いた。広間に雷鳴が轟き、眩い光が周囲を包み込む。




電撃が収まると、カイは跪きながらもなんとか踏ん張り、息を荒くしながら立ち上がろうとした。その身体は焦げた痕がいくつか残り、さすがの彼もかなりのダメージを受けたようだ。




セレフィナは立ち上がろうとするカイの姿を見つめ、ふと考え込むように目を細めた。




「ちょっと手加減しすぎたかな?」




人間のSランク冒険者とはどれほどの力なのか、まだ完全には掴めていない。魔界での激しい戦闘を経験してきた彼女にとって、この程度の攻撃で倒れないのは当然のことのように思えた。しかし、相手は魔物でも精霊でもなく、人間。ほんの少し加減を誤れば、相手の命を奪ってしまいかねない。




それでも、カイが立ち上がろうとするその姿には、どこか感心している自分がいることに気づいた。




ふむ…これが人間の“粘り”というものか─。




セレフィナは内心でそんな疑問を抱きつつ、微かに興味を抱いている自分を感じていた。




「ふぅ…さすがに強いな。」カイはその場で笑みを浮かべ、悔しそうに言った。「でも…俺はまだ倒れるわけにはいかない!」




カイは最後の力を振り絞り、再びセレフィナへ向かって立ち上がったが、彼女は腕を組んで彼を見下ろし、少し満足げに微笑んでいた。




「十分だ。お前の強さ、分かったよ。」セレフィナは静かに言葉を告げ、戦闘を終わらせる意志を示した。その一言で、ギルド内に漂っていた緊張感が解け、冒険者たちは突然現れた大物ルーキーに互いに驚愕と尊敬の目を向けていた─。

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