魔術師ルビクスの襲撃②



ルビクスが冥界の眷属を呼び出し、勝利を確信したその瞬間、セレフィナは静かに片手をかざした。彼女の周囲に複雑な魔法陣が刻まれ、次第に深い闇がその場に漂い始める。




「お前だけが冥界の力を使えると思うなよ…」




その一言にルビクスが驚愕する中、セレフィナの魔法陣が完成し、その中央から冷たい闇が深々と広がり始めた。現れたのは漆黒の鎧をまとい、古代の威厳を漂わせる冥界の守護者、「ベリアス」。暗い瞳が沈黙を湛え、すべてを見透かすようにルビクスを見つめていた。






ベリアスは、現れた途端に深くため息をつき、わずかに目を伏せてつぶやく。「やれやれ…また厄介ごとか。セレフィナ、お前も懲りないな」




セレフィナは微笑を浮かべ、淡々と応じた。「ベリアス、少し手を貸してほしいんだ」






「面倒なことだな…」ベリアスは頭を掻きながら呟くと、静かにルビクスへ視線を向けた。「それで、この相手がその厄介ごとの原因か?」




セレフィナが頷くと、ベリアスは再び淡々とした声で続けた。「冥界の者が、俺に逆らえるわけがないだろうに。…まあ、手短に済ませるか」






彼の冷たく落ち着いた威圧感が一気に戦場を支配し、魔族たちは無意識にその場に膝をついた。ベリアスが持つ静かな力は、まるで深淵そのもののようで、周囲の空気をも凍らせるほどの重圧だった。






ルビクスは、必死にその威圧に抗おうとしたものの、その視線が冷徹なベリアスと交わると、恐怖で体が硬直してしまう。






「さっさと片づけるか」ベリアスは低く呟き、戦場に暗く冷たい力が響き渡る。セレフィナは彼の姿を横目に見て、一瞬の安心を感じながら、静かに微笑を浮かべた。




「やっぱり頼りになるね、ベリアス」




「俺に面倒をかけるなよ、セレフィナ…」とベリアスはぼそりとつぶやきながらも、確実に敵を制圧する準備を整えていた。






ベリアスは静かに片手を上げ、そこから暗黒の波動が放たれた。彼の周囲には、冥界から現れた巨大な魔物たちがぞろぞろと集まり、圧倒的な威圧感を放ちながら迫り来る。






「まったく…面倒だな」彼はわずかにため息をつき、冷めた眼差しを魔物の群れに向けた。彼の一指が空を切ると、その瞬間、影のような黒い霧が広がり、魔物たちをひとつまたひとつと飲み込んでいった。






ベリアスの無情な力に、魔物たちは反撃する間もなく消滅していく。しかし、数は尽きず、次々と冥界の門から新たな魔物が溢れ出ていた。




「ベリアス、そちらの制圧は任せたぞ。我は反対側を片付ける」




セレフィナがそう告げると、彼は片眉を少し上げ、やれやれと肩をすくめながら淡々と返事をした。「さっさと終わらせよう。こんな雑魚に付き合うのも飽き飽きだ」




二人は息を合わせ、セレフィナは輝く魔力を解放しながら右側の魔物の群れに向かって進撃を開始した。星のように煌めく魔法球が彼女の周囲で渦巻き、まるで夜空の流星群のように降り注ぎ、魔物たちを次々と粉砕していく。






ファルデスは荒れた戦場の中央に立ち、目の前のベリアスを睨みつけていた。右腕には、ルビクスから授けられた漆黒の闇の力が脈打っており、彼の周囲には不気味なオーラが漂っている。ルビクスへの忠誠心から、この戦いで負けることなど決して許されないという覚悟が、ファルデスの心に宿っていた。






「ベリアス、貴様なんぞに俺が負けるわけがない!」




ファルデスは気迫とともにベリアスへ突進し、鋭い拳を繰り出した。その一撃には、魔界でも名高い彼の強大な力が込められていた。しかし、ベリアスは淡々とした表情のまま、その攻撃を見極め、無駄な動きなくわずかに後退するだけでファルデスの拳を躱す。ファルデスの攻撃が虚空を切ると、ベリアスは静かに言葉を漏らした。




「随分と騒がしいな。無駄な力を振るうだけでは、何も変わらんぞ」






その冷たい声に苛立ちを覚えたファルデスは、さらに怒りを増して猛攻を仕掛ける。しかし、ベリアスは一切動じることなく、ファルデスの全力の攻撃をいとも簡単にかわしていく。その動きは、まるで目の前にいるのがただの影であるかのようだった。




「くっ…なんなんだ、この男は…!」




ファルデスの額に汗がにじみ、息が荒くなり始める。それでも彼は諦めず、最後の力を振り絞って拳を振り上げた。しかし、ベリアスはわずかに眉をひそめただけで、その拳を受け止めることなく、あくまで冷静に一言を放った。




「終わりだ、ファルデス」






瞬間、ベリアスの手から放たれた漆黒のエネルギーが、ファルデスの身体を包み込んだ。その力に圧倒され、ファルデスは膝をつき、もはや抗うこともできない状態に追い詰められる。彼の全身から闇の力が引き剥がされ、力が抜け落ちていくのを感じた。






「ま…待て…まだ…終わっていない…」




ファルデスの震える声に対して、ベリアスは冷ややかに微笑んだ。そして、静かに一歩を踏み出し、ファルデスの闇を断ち切る最後の一撃を加えた。






ファルデスはその場に崩れ落ち、戦場に再び静寂が訪れる。その静けさの中、ベリアスはゆっくりと彼の倒れた姿を見下ろし、淡々と呟いた。




「忠義もいいが、力の差は埋められん。愚かだったな、ファルデスよ」






ベリアスの前に崩れ落ちたファルデス。彼の推定レベルはおよそ120に達し、人間界でも上位に位置する実力を持つと噂されていた。鍛え抜かれた力と、ルビクスから授かった闇の加護により、数多くの敵を圧倒してきた彼だが、ベリアスの前ではまるで力が通用しなかった。その差は、ただの数値では測れない深淵のようなものであり、ファルデス自身もそれを戦いの中で痛感していた。






その様子を見たルビクスは、焦りと恐怖に囚われながらも、最後の望みをかけて結界を強化しようと試みるが、セレフィナとベリアスの連携の前では、その防御は無意味に思えた。




「ここで終わりだ」ベリアスが冷静に宣言し、ルビクスへと歩を進める。彼の闇がさらに濃くなり、冥界の魔物たちさえも怯むように見えた。「貴様ごときが、我々の邪魔をするなど百年早い」




ベリアスの冷たい威圧にルビクスは完全に凍りつき、動くことさえできずに怯えるばかりだった。セレフィナもまた静かに微笑みを浮かべ、低く問いかける。「ここまで来て、まだ足掻くつもり?」




絶望的な状況に、ルビクスの心は次第に追い詰められていった。






* * *






ルビクスは徐々に追い詰められ、恐怖と絶望が顔に滲んでいた。そして、セレフィナとベリアスの無慈悲な視線を感じながら、ついに覚悟を決めたように笑みを浮かべた。




「ふん、ここまでだ。どうやら、我が命を引き換えにすべてを灰にするしかないようだな…!」




そう言うや否や、ルビクスの体から黒いオーラが渦巻き始めた。それは彼の全魔力を凝縮させるような凶暴なエネルギーで、周囲の空気すら歪ませるほどの強大な力を秘めていた。自爆の準備が整い、彼は笑みを浮かべながら最後の言葉を叫ぶ。




「貴様らも道連れだ!冥府で苦しむがいい!」




だが、その瞬間、ベリアスがわずかにため息をついた。「やれやれ、また面倒なことを…」そう呟くと、彼は鋭い一瞥をルビクスに向け、片手を無造作に振った。




その瞬間、ルビクスの周囲に張り巡らされた黒いオーラが霧散し、圧縮されていた魔力が一気に解放されることなく霧のように消えていった。ルビクスは自分の体から魔力が抜けていくのを感じ、唖然とした表情を浮かべる。




「な、何を…?」




ベリアスは冷たい瞳でルビクスを見下ろし、静かに言い放った。「自爆なんてくだらない手段、我には通じない。貴様の命を終わらせるのは、この俺の手によってだ」




彼の手が再び動き、ルビクスの体が徐々に闇に包まれていく。その強大な力の前に、ルビクスは完全に動きを封じられ、恐怖に震えながらも最後の抵抗を試みたが、無駄だった。






セレフィナはベリアスの冷徹な手腕に感嘆しながらも、軽く頷いて言った。「さすがね、ベリアス。彼をここで止めるのが正解だったわ」




ルビクスの最後の叫びが静かに消え去り、彼の姿は完全に闇に飲み込まれていった。






ベリアスは、静かにルビクスの姿が闇に消えていくのを見届け、ほとんど感情のない声で言った。「これでルビクスは、未来永劫、冥界で彷徨うこととなるだろう。自らの欲望と野望のために、自らを破滅に追い込んだのだからな。」






セレフィナは、その言葉に頷きながらも、どこか冷たく響く言葉に少しの哀れみを感じた。「そうね…彼もただ、力を求めていただけだったのかもしれない。だが、結局は自分の選んだ道だった。」




ベリアスは、まるで何も感じていないかのように、視線を遥か遠くに向けた。「自らの力に溺れ、制御を失った者の末路は常にこうだ。彼のような者が、この世に再び現れることはないだろう。」






セレフィナは、彼の冷淡な語り口に心をざわめかせながらも、冷静さを保つよう努めた。「あなたは本当に冷静ね、ベリアス。それだけの力を持ちながら、そんなに淡々としていられるなんて…」






ベリアスは微かに口元を歪め、冷たい笑みを浮かべた。「感情に流されるのは愚かだ。力を持つ者は、冷静さを保つことが何よりも大切だと知っているからな。感情は、時に足枷となることがある。」






セレフィナはその言葉を心に留めながら、今後のことを考えた。ルビクスのような者を生み出さないためにも、彼女たちには何かしらの責任があると感じていた。彼女は、これからの道を一歩一歩進んでいく決意を新たにした。






「あなたの言う通りね。我々は、力を持つ者としての責任を果たさなければならない。」セレフィナは、静かに力強く答えた。

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