アイラとのんびりと

 「ふぁ〜〜〜〜…」


 食休みから1時間くらいが経った。


 ガッ…!!

 ガッ…!!

 ガッ…!!


 今辺りでは、木を切る音が響いている。

 そんな音をさせているのは当然俺たち…ではなく、ゴブリンたちだ。

 ゴブリンたちがせっせと汗をかきながら、各々別の木に斧を振るっている。

 

 そして俺たち…

 いや、俺とアイラの二人はぼけーと座りながら、ゴブリンたちが頑張る姿を眺めていた。

 でも進捗は良くなさそうだ。


 ゴブリン…

 あれは一号かな。

 一号が斧を大きく振りかぶる。

 右足を軸足に、片足だけで立つ。

 振りかぶると同時に浮いている左足を地面へと着地させ、右足から左足へと重心を移動させていく。

 それはまるで、小さな子供が頑張って力いっぱいにバットを振り回すよう…

 だから斧は、一号の小さな体にしては大きな半円を描くように木に向かって行き…

 ガッ…!!

 今まで斧で傷をつけたところとは別の、まだ木のきれいな部分へと新しい傷をつけた。


 「ぐぎゃ~。」


 疲れたのか、一号は腕で額の汗を拭きながら一息つく。


 もう30分くらいはこの光景が続いている。

 だから、もう暇すぎて…


 「ふぁ〜〜〜〜…」


 あー、眠…

 

 「ふぁ~…じゃないわよ!」


 アイラが話しかけてきた。

 

 「ん?」

 「ん…でもなくて。あれ、さっきから全然進んでないじゃない!!」

 「だな。」

 「だなって、アンタ…」


 そう、アイラの言う通り、木を切る作業は全くと言っていいほど進んでいない。

 だって、斧でつける傷が毎回新しいのだから…


 「というかよ?今これ、いったい何してるのよ!」

 「何って、家づくりだけど…」

 「あ~これ、家づく…へっ…?これ、今家造ってるところなの!?」

 「そうだけど…」

 「そうだけど…って、私、そんなの聞いてないんだけど…」


 あれ…?


 「んっと、言ってなかったっけ?」

 「言ってないわよ!!」

 「そうだっけ…?」

 「そうわよ!!私、暇つぶしとしか聞いてなかったわよ!!」

 「そっかー。」

 「そっかーってアンタ…」


 アイラが呆れたように言ってくる。

 でも今ちょっと眠くて、どうでもよく感じる。

 

 「ん-、でもさ…」

 「何よ。」

 「暇つぶしとしか聞いてなかったのに、よく俺たちに付き合おうとか思ったな。」

 「そりゃだって、暇…じゃなくて…!!えっと、その…、そ、そんなの私の勝手でしょ!!」

 「暇だったのね…」

 「だから、暇じゃないわよ!!」

 「あーはいはい。」

 「違うからね、ほんとに!!」

 「そうだねー。」

 「むぅ~…、アンタってほんと…」


 アイラの言葉は、少し恨めしそうだった。


 なんとなく、俺は斧を振るっているゴブリンたちを見る。

 するとそこには、さっきの一号と同じような光景が広がっていて…


 「こりゃー、まだまだかかりそうだな。」

 

 何気なく言った一言…

 その一言に、横のアイラはちょっと怒ったような表情で…


 「だから、そう言ってるじゃないッッ!!」

 「ははっ…、確かに…」

 「確かにってね~っ!!」


 アイラから鋭いツッコミが飛んできてしまった。


 「ははっ…」

 「はぁ…」


 ちょっと笑ってしまう俺。

 そんな俺とは対照的に、アイラは大声を出すのに疲れたのか、ため息をつきながら座ったまま両手を後ろについて、その手に体重を預けた。

 そしてそのまま空を見上げて…

 「はぁ…」

 もう一度ため息をついた。


 「なんかお疲れ。」

 「誰のせいよ!だ れ の!!」

 

 まぁ、これは普通に俺のせいだろう…

 でもここは、俺のせいじゃないと仮定してみる。

 すると、すぐに犯人の顔が浮かんできた。


 「あそこで寝てるやつのせい、かな。」

 

 俺は、俺たちから数メートル離れたところで寝息を立てている奴を見た。

 アイラもすぐに俺の視線に釣られて、寝ている子供の方を見る。


 「…。まぁ、間違ってはないわね。」

 「だろ?」

 「でもアンタに言われるのは腹立つのよ!」

 「ははっ…」

 「笑うなっ!!」


 また、アイラが大声を上げてきた。


 「はははっ…」

 「だ~か~ら!!」

 「はいはい。」

 「はいはいってね~…。あ~もういいわよ。」


 諦めて、またアイラは後ろについた両手に体重を預けた。

 なんとなくだが、俺もそれに習った。


 そこからはゆったりとした時間が流れた。

 そして少しして、アイラから声がかかった。


 「それにしてもアイツ、なかなか起きないわね。」


 魔王のことだろう。


 「だな。」


 魔王を見る。

 すると、「すぴー…、すぴー…」という寝息が聞こえてきた。

 どうやら熟睡しているようだった。


 あいつ、寝てからどれくらい経ったっけ…?

 確か…

 

 


 話は少し巻き戻って、じゃー今から木を切ろうという話になってすぐの頃…

 もう恒例なのだろうか、俺がアイテムボックスから斧を取り出したとき、魔王はすごく斧に興味津々だった。


 「お~、やっぱりそれ、変わった見た目なのじゃ。でも、そんなので本当に木が切れるのじゃ?」

 「らしいぞ…、はいよ。」


 俺はゴブリンたちに斧を手渡していく。

 

 「ぐぎゃ。」

 「へー、なのじゃ。」


 魔王は斧を受け取ったゴブリンへと歩み寄っていく。


 「じゃー、6号。ちょっとやってみるのじゃ。」

 「ぐぎゃ?」


 魔王に話しかけられたゴブリンは首を傾け、すぐに首を横に振り始めた。


 「どうしたのじゃ?妾の言うことが聞けないのじゃ?」

 「ぐぎゃぐぎゃ。」


 また、頭を横に振る。


 「もー、なんなのじゃ!!そんなのされても分からないのじゃ!!ちゃんと喋るのじゃ!!」

 「いや、ゴブリンは、言葉喋れないだろ…」

 「あっ、そうだったのじゃ…。でもこやつ、なんでやらないのじゃ?」


 魔王がそう不思議を口にした後、ゴブリンは慌てたように、親指以外の4本の指を広げた手の平をこっちに見せてきた。


 あー…

 でも、魔王にはそれで通じなかったらしく…

 

 「ぬぁー、何なのじゃ!!お主は、何が…

 「こいつ、自分は6号じゃなくて4号、だってさ…」

 「のじゃ?でも妾、さっきそう言わなかったのじゃ?」

 「いや、6号って言ってただろ。」

 「そうだったのじゃ…?」

 

 魔王はまじめな顔だった。


 「まぁ、いいのじゃ。よし、6号!!」

 「4号な…」

 「うっさいのじゃ!!6号でも4号でもどっちでもいいのじゃ!!」

 「いや、良くはないだろ…」

 「ぬぅ、あーもう64号でいいのじゃ!!64号、いいからやってみるのじゃ!!」

 「いいのか…?」

 「ぐ、ぐぎゃ…」


 4号は、困惑しながらも斧を構える。

 そして、木に向かって斧を振るった。

 ガッ…!!


 「お~、なかなかすごいのじゃ!!」

 「すごい…?」

 「見ててこう、すごいのじゃ!!」

 「お、おう…」


 何が言いたいかわからなかったけど、まぁいいか。


 「よし、じゃーもう一回行くのじゃ!!」

 「ぐぎゃ。」


 4号は、また斧を振るった。


 「もう一回!!」

 「ぐぎゃ。」


 「もう一回!!」

 「ぎゃ!?ぐぎゃ…」


 「もう…


 こんなやり取りが10回くらい続いただろうか。


 「ぐぎゃ~…、ぐぎゃ~…」


 4号は苦しそうに、肩で息をしている。

 そして魔王は…


 「ふぁ~…、なんかもう飽きたのじゃ…。あとは任せるのじゃ…」


 魔王は地面に横になった。

 そして五分後…


 「すぴ~…、すぴ~…」


 今の状況が出来上がった。

 4号が不憫だった。

 


 

 そして、時は今。

 魔王が寝始めてから、今はきっと一時間くらいな気がする。

 それにしても…

 

 「気持ちよさそうだな。」

 「そうね。」

 

 飯を食べて、食休みをして、4号が斧を振る姿を見て、その後はお昼寝。

 あいつ…


 「なんか腹立つし、叩き起こすか。」

 「鬼ね、アンタっ!!」

 「いやさー、あいつ…、飯食べて、休んで、お昼寝って、なんか腹立たね?だから…

 「いや、私たちも同じようなものだからね?」

 「はっ…、た、確かに…」

 「確かにってねー。それに寝てる方が静かでいいじゃない。」


 静か…


 思い出すのは、ご飯ご飯と騒ぐ姿…

 お腹減った、小腹減ったと騒ぐ姿。

 バカみたいな言動をしている姿。

 

 「そうだな…。確かにそうだなっ!!」

 「でしょ?だから、このままにときましょ。」

 「だな。」


 ということで、起こさないことになった。




 そして一時間後…


 「暇だな。」

 「暇ね。」


 俺たちはずっと、ゴブリンたちが気を切る姿を眺めていた。

 

 「ぐぎゃ。」

 「ぐぎゃぐぎゃ。」

 「ぐぐぎゃ。」


 ガッ…!!ガッ…!!


 ゴブリンたちは時たま話しながら、楽しそうに斧を振るっている。

 魔王が起きている間は大変そうだった4号も、今は楽しそうだ。

 

 「ねぇ、フェデ。聞いてい?」

 「ん、いいけど…」

 「これ、ずっとやるの?」


 これ…

 家を造る話だろうか…

 それとも、斧を振るう作業の話だろうか…

 家か。


 「家ができるまではやるつもりだけど…」

 「えっと、本気…?」

 「本気、だけど…」

 「そうなんだ。はぁ…」

 

 アイラが何故かため息をついてきた。


 「嫌、なのか?」

 「まぁ、少なくとも退屈ではあるわよね。」

 「まー、そうだな。」

 「でもそれよりもね、アンタ、家造るのが大変って知ってる?」


 家造るのが大、変…?


 「そりゃーそうだろ。」

 「ほんと分かってる?」


 アイラが真顔で見つめてくる。


 「えっと…」

 「私が小さい頃にね、庭に、お茶会用の小さなウッドハウスが造られたの。それ、どれくらい時間かかったと思う?」


 どれくらい…

 小さな、か。

 なら…

 

 「一か月…は短すぎるか。二か月とかか?」

 「半年よ。」

 「へ?」

 「半年よ。」


 半年…

 

 「半年…だと!?」

 「そう、半年よ。作ることになって一年。実際に作り始めてからは半年よ。」


 アイラは、何度目かの念押しをしてくる。

 そして…


 「長いな。思ったよりも…」

 「でしょ?で、アンタはそれでも家造るつもり?」

 「」


 何も言えない。


 「アンタがどれくらいの家を造るつもりかは知らないわ。でも、時間はかなりかかるわよ?」


 小さなウッドハウスで半年。

 俺が想像してたのは、日本にある普通の二階建て。

 大きさを考えると、俺の中では単純に倍以上。

 素人が造るとなると、きっとそれ以上の時間が…

 

 なんだかめんどくさくなってきた。


 「だからね、家を買うのじゃダメなの?」

 

 アイラの言葉に、気持ちがぐわんぐわんと揺れる。

 でも、せっかくなら作ってみたいという気持ちも当然ある。

 それに…

 

 「いやな…、家買うとなると名前とかがいるだろ?そうなると、親父に居場所がばれる可能性が…」

 「あーそっか。それもあるのか。」

 「そーなんだよ。それに、せっかくなら作ってみたいだんだよ。」

 「そうなのね。でもそれなら、椅子とか机とか、小さな小物とかから作っていくっていうのはどー?その方が…

 「え、嫌。」

 「はっ、え…、なんでよっ!!」

 「え、だって…

 「だって…?」

 「めんどくさい。」

 「めんどくさい!?」

 

 アイラは目を大きく見開かせてびっくりしている。


 「そう、めんどくさいんだよ。」

 「めんどくさいってなんでよっ!!!家造る方がよっぽどめんどくさいじゃない!!」

 

 アイラが大きな声でツッコんでくる。


 「いやそこは、男のロマンと言うか…。大きいもの作る方が気合入るというか…」

 「はっ!?意味わかんないんだけど!!」

 「分かんないかー。」

 「分かんないわよ、そんなのっ!!」


 むしゃくしゃした気持ちを吐き出すように、アイラが大声を上げる。


 「そんなカリカリすんなって。」

 「誰のせいよ、誰のっ!!!」

 「さぁ…?」

 「アンタよ、アンタ!!」

 「そっかー。」

 「そっかー…じゃないから!!」

 

 叫び過ぎたのか、アイラは肩で息している。

 その光景が、ちょっと面白い。


 「アンタ、何笑ってるの!!」

 

 おっと…


 「いや別に…」

 「別にじゃないでしょ、別にじゃ!!はぁ…」


 アイラは大きくため息をついてくる。

 そしてすぐに…


 「あー、もう!じゃーこういうのはどう?」

 「ん?」

 「えっとね…」




 「…っていうのは?」


 アイラからされた提案…

 それは、けっこうアリよりだった。


 「アリ、で。」

 「そ。じゃー帰りか、もしくは明日ね、行きましょ。」

 「だな。」


 ということで、近日中の予定が生まれた。

 

 

 そしてそこから少しして、魔王がもぞもぞと動き出した。


 「ふわ~、よく寝たのじゃ…。ふぁ~。んじゃ、あと、お腹空いたのじゃ…。勇者、何か食べるもん、欲しいのじゃ…」


 いつも通りの我が儘を言ってきた。

 そう、いつも通りの…


 だけど今回は、ちょっとしたお仕置きをしようと思う。

 アイラの服を破いた分と、それを俺のせいにしようとした分の、な。

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