お昼のあと

 「はぁ…、疲れた。なんで、ご飯食べるだけでこんな疲れないといけないのよ…」


 今はお昼を食べ終えた食休みの時間。

 そんな中、疲れ果てうんざりしたような声が、アイラから聞こえてきたところだった。


 「お疲れ。大変そうだったな。」

 「何が、大変そう、よ!!人に、あのバカを押しつけたくせに!!!」


 おっと、相当怒(おこ)らしい。

 そしてそんな大声で言ってしまった言葉は、魔王にまで届いてしまっていて…


 「んじゃ?バカ…?あっ、そこのバカな勇者の…

 「アンタのことよ!!」

 「んじゃ?あんた…?もしかして…、もしかしてなのじゃ…、もしかしてそれは、妾の…

 「アンタ以外に誰がいるのよ!!」

 「ぬわーーー!!ひどいのじゃ!!あのバカな勇者だけじゃなく、お主まで…。ひどい…、ひどいのじゃ!!」

 「どこがよ…、はぁ…」


 アイラは大きなため息を吐いて、こっちを見てきた。


 「ねぇ、あれ、どうにかしてよ…」

 

 どうにかねぇ…


 「できると思うか?」

 「はぁ…。まぁ、無理よね…」

 「だよ…

 「お主らーー!!なんじゃ、その妾の扱いは!!何が、無理…じゃ。ひどいのじゃ!!ほんとひどいのじゃ!!!」


 魔王が怒鳴ってくる。

 そんな魔王をアイラは一瞬だけ見て、またこっちを向いてきた。

 

 「で、昼から何するの?」


 お、おう。

 相手にはしない感じね…

 

 「んー…

 「妾を無視するなじゃーー!!」

 

 また魔王が大声を飛ばしてきた。

 

 アイラは魔王を一瞥(いちべつ)だけする。

 でもすぐに、またこっちへと視線を戻してきた。


 「で、昼からどうするの?」


 リピートかな…?


 「お、おう…。そ、そうだな…、じゃー…


 そんなアイラの無視が気に食わなかったらしく、魔王がアイラの服を引っ張り出した。


 「わ~らわを、無視すんなじゃ~~~!!」

 「あ~もう鬱陶しいわね。それに、服が伸びるから…

 「そんなのどうでもいいのじゃ!!そんなことよりも、妾を…


 ビリッ…


 「「あっ…」」

 

 服が破けるような音が聞こえてきた気がした。


 「わ、妾は悪くないのじゃ…。こ、これは…」

 

 魔王から悲しい言い逃れの言葉が聞こえて来る。

 それをどう思っているのか、アイラはプルプルと震えている。


 これは…

 これはまずい…


 俺はそ~と立ち上がり、物音を立てないよう、ゆっくりと二人から離れていく。

 その間に、アイラの鋭い声が聞こえてきた。


 「ねぇ、バカ。」

 「妾はバカなん…

 「あ゛ぁ!?」

 「はい、バカなのじゃ!!」


 アイラの怖さに、魔王はとうとう自分がバカだと認めてしまう。

 

 「私言ったわよね?止めてって。」

 「い、言ったのじゃ…。でもそれは…」

 「それは…、何?」

 「いや、それは…、なのじゃ…」

 「何?言いたいことがあるなら早く言ってよね!!」

 「それは、なのじゃ…」


 魔王があわあわとし始めた。

 そして何故か、こっちを向いてきた。

 

 魔王と視線が合う。

 もしかして、助けてく的なやつだろうか…

 それはひじょーにめんどくさい。

 ただ絵面的には子供が大人に怒られている絵で、少し可哀相にも見える。

 しょうがない。

 助け船でも…


 「そ、そうなのじゃ!!勇者、勇者が悪いのじゃ!!!」

 「はっ…?」


 なんで、そーなった…

 

 「へー、なんで?」

 「えっ、あ、そ、それはなのじゃ…、えっと、その…」


 アイラは魔王の言葉をじっと待っている。

 

 「あっ!!勇者がさっきのご飯をくれなかったのが悪いのじゃ!!!」

 

 「へっ…?」


 何言ってんだ、あいつ…


 アイラは魔王をじっと見つめていて何も返さない。

 だから気まずさを誤魔化すよう、魔王は苦し紛れに言葉を続ける。


 「あ、あやつが、妾に嘘なんかつかず、さっさとさっきのあれをくれてたら、妾がイライラすることも、それにお主を困らせることもなかったのじゃ!!そうじゃ、そうなのじゃ!!だ、だから、だから全部あやつが悪いのじゃ!!!」


 「わー。ひでぇ。」


 ただ、彼女たちと遠くにいる俺の呟きは二人までは届いていないみたいだ。

 そしてそんな魔王の返しに、アイラはというと…

 

 「あーそう。」

 「そ、そうじゃ…。そうなのじゃ!妾は全く、悪くないのじゃ!!」

 「あっそう、そうなのね。」

 「そうなのじゃ!!ふー。」


 魔王が、安堵の息らしきものを吐いた。

 

 「いやいや…」


 そして…

 

 「ねぇ、フェ、デ~?」


 アイラがこっちを見て来ながら、優しくて甘い声色で呼んできた。

 ぞわっ…

 背筋に悪寒が走った。


 「な、なんだ?」

 「どっちがいいと思う?」

 「どっちが…?な、何がだ?」

 「ん~?魔王の丸焼きか、それとも、魔王が苦しそうな人魚になるかだけど…」

 

 「苦しそうな…」


 人魚…

 いったい、どういうことだろうか…


 「待つのじゃ!!待って欲しいのじゃ!!」

 「何?」


 アイラが冷たい視線を向けた。


 「丸焼きとか、苦しそうな人魚とか、お主は何の話をしておるのじゃ!!」

 「…、ん~?」


 アイラが、ニタァと口角を上げた。


 「ひぃ…」

 「知りたい…?」

 「い、いや、いいのじゃ…」

 「そう…」


 アイラは残念そうに言葉をこぼした。

 

 丸焼きの時点で分かったけど、苦しそうな人魚…

 絶対に碌(ろく)なことじゃないな…


 「でもじゃ、そもそも妾の話で、勇者が、あやつが!全部悪いって分かってくれたのじゃないのじゃ!?」

 「えぇ、分かったわ。よ~く、分かったわよ。」

 「ならじゃ、なん…

 「アンタが、おバカってことがね。」

 「おばっ…、なんでじゃ!なんでそうなるのじゃ!!!」

 「そんなの、当り前じゃない!!!」

 「ぬぬぬ…」


 すぐに、魔王がこっちを見てくる。


 「勇者。こやつが、妾のことをバカと、おかしなことを言ってくるのじゃ!!あほなことを言ってくるのじゃ!!きっと、頭がおかしいのじゃ!!だ…「あ゛ぁっ!?」…どうにかす…」

 

 魔王は途中で言葉を止めて、そ~と、アイラの方へ視線を向けた。

 俺もアイラの顔を覗き見る。

 するとアイラは、すごい笑顔だった。


 「ひぃぃ…!!」

 

 おかしいな。

 アイラは笑顔なのに、何故魔王からあんな怯えた声が飛び出すのだろうか…

 ははは…


 「よし、決めたわ。」

 「何を、じゃ…?」

 「それはね…、これよ。」

 「んじゃ!?」


 アイラの周りに、小さな魔王の握り拳よりも小さそうな水の球がいくつも現れた。

 

 「これで、いったい何をするつもりなんじゃ?」

 「ん?それはね、これを、アンタにぶつけようと思うの。」

 「ぶつけ…?」


 魔王は、アイラの周りにある小さな水球たちを見た。


 「ははんっ、そんなの、好きにしたらいいのじゃ。こんな小さな水の球、別にどうってことないのじゃ。というかじゃ、こんな小さな水の球、しかも、汚い形の球しか作れないって、お主、もしかしてしょぼいのじゃ?」


 バカにするように魔王が言い放つ。

 それなのにアイラの顔は、笑顔が張り付いたままだ。


 確かに、水の球は小さく、あまりきれいな形ではない。

 でもあの水の球からうっすらと煙が上がっているように見えて、なんだか嫌な気配が…


 「なぁ、魔王。一回だけ言ってやるわ。」

 「ん?なんじゃ?」

 「たぶんだけど、逃げた方がいいぞ?」

 「はっ、逃げる?この妾が?しかも、こんなしょうもない水の球から?お主、バカなのじゃ?」


 ほんとあいつは…


 「俺、ちゃんと言ったからな?」

 「そんな…、そんな…、


 いつものように、言葉が出てこないみたいだ。


 「と、とにかくじゃ、こんな小さく汚い水の球、魔王である妾には、どおってことないいのじゃ!!」

 

 腰に両手を当て、魔王が自信満々に胸を張った。

 

 そんな魔王に、ぷかぷかと、水の球が一つ近づいていく。

 でも魔王は、その水の球を、ただ見下ろすだけだった。

 そしてその球が魔王に触れた瞬間…

 ジュッ…

 

 「あ゛っちゅ!!!」


 魔王が飛び跳ねて地面に転がった。

 少しの間のたうち回る。

 そしてぴょこっと、顔だけ起き上がってきてから…


 「何じゃっ!?何なのじゃ!!なんで、あぢゅいのじゃ?!!」

 「そりゃー熱湯、だからね。」

 「ねっとー…?」

 「熱い水よ。」

 「熱い…!!」


 魔王は、水の球が触れたあたりを見る。


 「うにゃー!!!妾のうる…、うる…、きれいな肌がーーっ!!!」


 そこは別に、赤くもなんともなってなさそうだった。


 「潤(うるお)しい、ね。」

 「そ、そんなの、ちゃんとわかってるおるのじゃ!!!うらましい肌がーーーっ!!!」

 「違うから…」

 「えっ…」


 魔王は、びっくりして目を丸くした。

 茶番かな。


 「そ、そんな小さいことはどうでもいいのじゃ!!それよりもじゃ、こんなすっごいレディである妾の肌に熱い水をかけるじゃなんて、お主、何を考えておるのじゃ!!!」

 「ん?じゃー冷やしてあげる。」

 「んじゃ?お、おう、なのじゃ…」


 アイラは、また別の水の球を近づける。

 それはまた、ぷかぷかと浮きながら魔王へと近づいていき、さっき熱湯が触れた箇所に当たった瞬間…


 「お、お主、どっかのバカな勇者と違って気が…ちゅべたっ!!!!」


 魔王は真上に飛び上がった。


 「ちゅ、ちゅべたいのじゃ。」

 「ん、だって、冷水だからね。」

 「れーすい…?」

 「冷たい水よ。」

 「冷たい…、なんでそんなのをぶつけてくるのじゃ!!!」

 「冷やしてあげるって言ったじゃない。」

 「言ったのじゃ。確かに言ったのじゃ!!でも、ちゅべた過ぎるのじゃ!!!」

 「知ってるわよ。」

 「知ってるって…」


 魔王は目をあわあわさせながら、アイラの周りに浮かんでる水の球を見つめる。


 「も、もしかしてなのじゃ、お主の周りに浮かんでる水の球…」

 「そう、全部、熱湯と冷水よ。」

 「うじゃっ!?ぜ、全部!?で、でも、いったい何のためにじゃ?」


 ニタァと、アイラは笑いながら…


 「なんでだと思う?」

 「なんでって…、分からないのじゃ…」


 ガクッ…


 あいつ…


 アイラも頭でも痛そうに、頭を押さえている。


 「はぁ…。いいわよ、教えてあげる。これはね、あんたにぶつけるためよ。」

 「ぶつ…、なんてじゃ!なんで、そんなことをするのじゃ!!」

 「だ~か~らっ、アンタが私の服を破いたからよ。しかもこれ、けっこうお気に入りだったのに…!!」

 「そんなの知らないのじゃ!!妾には関係ないのじゃ!!」

 「なんでよっ!!!アンタが破いたんじゃない!!」

 「でもじゃ、悪いのは全部、あそこにいる勇者なのじゃ!!あやつが、全部ぜ~んぶ悪いのじゃ!!!」

 「はぁ…」


 アイラはため息を吐いてから、頭でも痛そうに頭を押さえている。


 いやまぁ、押さえたくもなるよな。

 分かる。

 すごく分かる。

 だって今の光景、子供が悪いことをしたときに他の子のせいにするやつだもん。

 てか、そうとしか見えないし。


 そしてその当の魔王は、今…


 「妾は、悪くない、悪くないのじゃ!!なのに、熱いのも冷たいの嫌じゃ。嫌なのじゃ~!!」


 地面の上で暴れまわっている。

 その光景に、アイラは呆れたようにため息をついてから水の球を地面に落とした。

 

 「はぁ…、バカバカしいわ。もういいや。」

 「ん?」


 魔王は立ち上がった。


 「のじゃ?いいのじゃ?それは本当なのじゃ?」

 「えぇ、そうよ…」

 「のじゃーーっ!!!やったーなのじゃ!!良かったのじゃーーっ!!」


 魔王は起き上がって、飛び跳ねながら喜ぶ。


 ただ、このままだとさすがにアイラが可哀相だ。

 それに、このまま魔王をつけあがせるのも良くない。

 

 「ねぇアンタ…」

 「ん?」

 「顔、怖いわよ?」

 「ん?何がだ?」

 「笑顔。すごいことになってるの。」

 「いや、失礼だな。」

 「でもほんと、すごいからね。笑顔。」

 「いや、もう一回言わなくていいからな…。ただ、まぁ、後のお楽しみだから。」

 「ん?何の話…?」

 「さてな。」

 「う、うん…」


 今が昼時…

 だから3時間後、俺は魔王へとおしおきをすることにした。

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