第54話 今はまだその時じゃない
「……俺は何を……」
目が覚めたのは、ゲインのおかげだった。
ゲインが叫ばなければ、きっとアイはエリシナを殺していただろう。
アイに力を与えてから、幸はまるで世界を手に入れたような気分だった。童心に戻ったような――否、さらにたちの悪い自分の変わりように、今になって恐怖した。
「……コウくん?」
コウが呆然とたたずんでいると、エリシナが重たげに体を引き摺りながらやってくる。
同じように満身創痍のゲインが手を貸そうとするが、エリシナはそれを拒否してコウの前に立った。
「あなたの考えていることはわかるわ――」
「……すみません、俺……魔術を使ってはいけないと言われていたのに……エリシナさんを傷つけてしまいました……」
「仕方のないことよ。――それにあなたが来なければ、あの魔性を止められなかったもの」
エリシナは視線で黒い装丁の書物を示す。――その本にタイトルはない。
アイに『ソ』を吸い尽くされたレイエンは、人のカタチを保てなくなったのだろう。
ライズが『姉で作った魔術』と言っていたことが気になったが――それよりも、幸の力を観衆に晒してしまったことのほうがよほど問題だった。
王座の周辺は死体ばかりだが、外にいる人間たちは、幸を遠巻きに見ていた。
何が起こったのかわからないのだろう。混乱の元凶がアイに倒されたこともわかっていないらしく――観衆はいまだ静かに様子を窺っている。下っ端兵士たちは応戦する勇気もなく足踏みしていた。
「――そうだわ! 陛下が! 陛下がレイエンに――」
「……我ならここにいる」
エリシナの声に反応して、奥で倒れていたエゼルノワーズが起きあがる。
エゼルノワーズも怪我を負っているようだが――致命傷にはならなかったのだろう。不思議なほど軽い足取りでエリシナに歩み寄った。
「陛下……ご無事で何よりです……」
エリシナが感極まった声で訊ねると、エゼルノワーズは「ああ」と短く返す。
が、そんなエゼルノワーズからふと陰りが見えて、幸は彼の横顔に目をやるもの――エゼルノワーズからは何も読み取れなかった。
「……我は無事だが……困ったことになったな」
「どうかしたんですか?」
重い溜め息をつくエゼルノワーズに、幸は訊ねる。
レイエンを止めた以上、悪夢は終わったかに思えた。
――幸が人前で魔術を使ってしまったこと以外は。
エゼルノワーズは幸を一瞥して再び溜め息をつくと、王座の外にいる人間に向かって自分の無事を伝えた。
途端になだれ込む、兵士と魔術師たち。
彼らはエゼルノワーズの無事を歓喜すると同時に――部屋に入るなり、幸を取り囲んだ。
「動くな!」
咎めるような声をつきつけられて、幸は大きく見開いた。
身に覚えのない罪を弁明しようとすれば、大勢の兵士に槍をつきつけられた。
「お前は書院の魔術を操り、謀叛を起こした――嫌疑がある」
それを言ったのはゲインだ。
幸は瞠目し、ゲインを見あげた。その顔は口惜しそうに歪んでいた。
周囲には、最初に現れたアカルミハエイの正体が、偽物(レイエン)だとはわからなかったらしい。
あとから現れた幸がレイエンを操っているのを見て、謀叛を起こしたのは幸だと勘違いされているようだった。
状況をいち早く察知したゲインの説明を聞いて、幸は動揺する。
「どうして! ゲイン、どうして皆に説明してくれないんだ!」
「俺だってこんな面倒なことはしたくねぇ。だけどな――」
うまく説明できないゲインの言葉をエリシナが拾った。
「無駄よ。今ここでコウくんのことを説明したところで――おそらく信じてはもらえないわ。そもそもアカルミハエイを操れる人間なんて――この国の王宮魔術師の中にはいないもの。それにあなたは――『殺し合い』を生き残った者。間者と思われても仕方ないのよ」
「……そんな……オレがアカルミハエイを――レイエンを操っていたと思われてるんですか?」
「そういうことよ」
「でも、ゲインもエリシナさんも見ていたのに――どうして――」
「俺は確かにここにいたが、お前とレイエンに繋がりがないことを――証明することはできねぇんだよ。俺は王宮を守る人間である手前、一度お前を捕まえなければならない。だが、すぐに解放してやるから――今は大人しくしていろ」
「――そんな……」
幸が肩を落として脱力する中――そんな幸をかばうようにして、エリシナが前に出る。
「必要ないわ」
「エリシナ、どけ」
「いいえ。私は老師よ。それにアリシドに託された以上、この子を守らなければ――いいえ、違うわね。私はこの子を守りたいの」
「エリシナ、――正気か?」
ゲインに問われ、エリシナは潔く頷いた。
「聞きなさいあなた達! 私はアカルミハエイを操った魔術師よ! 捕まえるなら、私を捕まえなさい!」
「え、エリシナさん! なんで――?」
「大丈夫、あなたは何も心配する必要はないのよ、コウくん」
「エリシナさん!」
槍に囲まれ、人海にのまれるエリシナに、幸は手を伸ばすが――そんな幸をエリシナが睨みつける。
エリシナは幸に向かって指をさし――高らかに声をあげた。
「そこの少年に邪魔をされて失敗したけど――覚えてなさい! 次はあなたの番よ――」
「エリシナさん!」
エリシナの姿が人混みにのまれる中、エリシナの振り返る姿が見えた。
エリシナは今までに見たことがないほど、清々しい顔で笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます