第44話 生きていた呪い


「オイ、コウ」


 手伝いも終了ということで、書棚に魔術書を並べていた幸に、ライズが声を投げた。


 どことなく慎重なライズのを不思議に思いながら、幸は振り返らずに応える。


「どうした? まだ必要な本でもあるのか?」


「いや、違う。……実は、お前に頼みがあるんだ」


「らしくないな」


「俺が一番そう思っている。だが俺は、どうしても……」


「なんだ?」


「俺は……俺の級友にお前を紹介したい。だから、ここに友人を連れてきては――いけないか?」


「はぁあ?」


 幸は思わずライズを凝視するが、冗談を言うようなタイプでもなく。ライズは至って真面目な顔で幸を見据えていた。慎重な理由はこれだったようだ。


 宮廷書院には基本、関係者以外立ち入り禁止であり。そのことをわかったうえでのライズからの頼みだった。


 いつもの幸であればすぐに断るところだが、今回はそう無下にも出来ず。


 どういった風の吹き回しかはわからないが、傲岸不遜を絵に描いたようなライズが下手したてに出るのは晴天の霹靂であり。


 なので、幸も調子が狂ってしまった。


「……そうは言っても、俺の権限ではどうにもできない」


「レイエンが潜り込んだ前例があるだろ? 挨拶すら駄目なのか?」


「潜り込んだのは前例とは言わないだろ」


 下手したてに出ているとはいえ、押しの強いライズは、幸の困惑を見逃さず一歩もさがらなかった。


 「どうしてそこまで食い下がるのか」と聞いてみれば、ライズは自嘲気味に告げた。


「実は俺……今まで、まともな友達が出来たことがないんだ」


「いつも大勢の同級生に囲まれてただろ? あれは友達じゃないのか?」


「確かに……俺に寄ってくる奴らも、表面上は友達かもしれない。だが彼らは将来有望な俺にすり寄ってきているだけで、本当の友達とは言えない……」


「レイエンは?」


「彼女も彼らと同じだ。俺は王城に来てから――こうやって勉強以外の会話をしたことがなかったんだ。だからお前は特別だ。グインハルムで出来た初めての友達なんだ――そう認めてやる」


 ライズがどこまで殊勝なことを言うかと思えば、ちゃっかり最後にはふんぞり返った。


 それでもよく頑張ったほうだろう。今まであれだけ見下していた人間に懇願するからには、それなりの葛藤もあったに違いない。


 上ばかり見てきた幼い少年が、精いっぱい幸と対等に振る舞おうとする姿は、妹よりもずっと不器用であり、幸も突っぱねることが出来ず。


「わかった。挨拶だけだぞ?」


「ああ。周囲に見られるとマズイからな。ここで内密に紹介する」


「内密とか、どういう紹介だ」


「俺にも立場があるんだ。だから信頼のおける者だけにお前を紹介するんだ」


「まあ、いい。挨拶だけしたら帰ってくれよ。そろそろ閉めたいんだ。夜は魔力が溜まりやすいとかで、魔術書には触れるなと言われてる」


「わかった」


 幸が魔術書を再び片付けるのを見て、ライズは慌てて出入り口に向かう。


 ――が、


「たっだいまー! コウくーん!」


 ライズが書院を出る寸前で、扉が弾けるように開いた。


 かと思えば――スレンダーかつ豊満な女性が、片眼鏡モノクルを光らせて現れる。


 エリシナのサプライズに慣れている幸が、やれやれと溜め息をつきながら上司を出迎える中、ライズは出口で固まっていた。


「ろ、老師エリシナ……遠征はどうしたのですか?」


「そんなの、ちゃちゃっと片付けてきたわよ。私にかかれば、地方で腐りかけた魔導書の点検なんて半日もあれば出来るもの。――それにしても、どうしてここに首席くんがいるのかしら?」


 エリシナは魔導書の屍を幸に手渡しながら、ライズに訊ねた。


 書院の長であるエリシナの前では、ライズもあまり大きく振る舞えないらしく。ライズはやや縮こまりながら助けを求めて幸を見上げる。


 幸はこっそり溜め息を吐きつつ、エリシナに説明する。


「エリシナさんが許可したんでしょう? ライズは魔術書を探していたんです」


「こんな時間に?」


「なかなか見つからなかったんです。ライズはグインハルムの古代魔術に弱いみたいで」


「そうです! そうです!」


 ライズが便乗して頷くのを見て、幸は呆れた顔をする。


 幸や同級生の前では虚勢を張っていた少年も、大人の女性には弱いらしい。


 緊張で固まっているライズを横目に、幸が説明すれば、エリシナはたおやかに微笑む。


 ライズだけでなく、エリシナもちゃっかり猫をかぶっている。


 幸が冷めた目で二人を見る中、ライズはすっかり畏まって「失礼します」と書院をあとにした。


 幸と目が会った瞬間『例の件はまた今度』と言い置いて。


 そしてライズがいなくなった途端、エリシナは存分にだらしない姿で椅子に座り、肩を片手でほぐし始めた。


「……その姿、ゲインやライズが見たら泣きますよ」


「いいの、いいの。イイトコだけ見せて付き合う男なんて、どうせ長続きしないんだから」


「あ、ライズが戻ってきた」


 幸が言った瞬間、エリシナは鉛筆の芯のようにピンと立ち上がる。


 だがライズが戻ってくる様子がないのを知って、エリシナは幸を睨みつけた。


「ちょっと、騙したわね!」


「イイトコだけ見せても駄目なんじゃないんですか?」


「書院を担う以上、時には威厳も必要なのよ」


「……ああ、そうですか」


 エリシナとの会話が不毛だと気づいた幸は、書庫の片付けに戻る。ふと外に目を向けると、月に似た球体が夜空を照らしていた。


 だが、汚れのない紺の夜空に吸い込まれるように見入っていた幸は、ふと目にとめた王樹に愕然とする。


「…………なんで?」


 それはもう、消えたはず――だった。


「どうしたの? コウくん」


 幸の隠しきれない動揺を見て、エリシナも窓に目をやる。


 そしてエリシナが確認したことで、それが夢や幻ではないことを決定づける。


「コウくん……この王樹……」


 アリシドが託したもの――その本当の意味を悟ったエリシナは、幸の目の前で青い葉をつけた大樹を燃やした。




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