ダウナー系先輩におっぱい見せてくださいと言ったら、なんだかヤバいことになっていた。

イコ

第1話

「先輩、おっぱい見せてください!」


 その言葉が教室に響き渡った瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。


 夏の暑さで頭がぼんやりしていたのか、それとも最近の先輩の元気のなさが俺の気を急かせたのか。どちらにしても、冗談のつもりだった。だけど、言った瞬間にそれが取り返しのつかない失言だったと気づく。


 昼下がりの教室には、ダウナー系の美人である黒曜美咲コクヨウミサキ先輩との二人だけ。


 教室の外からは蝉の鳴き声が絶え間なく聞こえてくる。


 夏休み前の大学は人もまばらで、廊下を歩く足音すら聞こえない。


 窓から差し込む強い日差しが教室の床にまばゆい光と影を作り出し、そのコントラストが異様に目に痛かった。


 教室の中はうだるような暑さで、エアコンは壊れているのか、ただの飾りに過ぎない。


 俺はその暑さに耐えかね、だらしなくシャツの襟を引っ張って汗を拭った。


 冗談を言ったのも、何か気まずさを紛らわせようとした結果だ。けれど、次の瞬間、美咲先輩が静かに振り向いた。


 彼女は窓際に座り、黙って外を見ていた。


 長い黒髪が風に揺れ、白いブラウスが彼女の細い肩にかかっている。その姿はどこか儚げで、まるでガラス細工のように繊細だった。


 最近、彼女はいつも元気がなく、少し話しかけると笑顔を見せることも減っていた。


 そんな彼女に少しでも笑顔を取り戻してほしくて、軽い冗談を飛ばしたのだが、今はその言葉を取り消したくてたまらない。


 美咲先輩はゆっくりと俺を見つめ、その目は驚きというより、何かを考え込むような、遠くを見つめるような色をしていた。


 冷静だが、どこか不安定な感情がそこに垣間見える。


 俺はその視線に一瞬だけ怯んだ。まるで深い湖の底を覗き込むような、底知れぬ冷たさがそこにあった。


「…何て言ったの?」


 彼女の声は低く、抑えたトーンで響いた。


 普段のクールな彼女のままだったが、その声には何か異様なものが混じっている気がした。


 やばい。本気でやばいことを言ってしまった。焦りが胸を締めつける。


「い、いや、冗談ですって! ほんと、ただの冗談で…! すみません!」


 俺は必死に言い訳をするが、声が裏返り、教室に謝罪の声が響きを残す。誰も聞いていないのではないかと錯覚させらるような、発した言葉は虚空に消えていく。


 しかし、美咲先輩は微動だにせず、こちらをじっと見つめたままだった。


 そしてゆっくりと立ち上がると、こちらに向かって一歩、また一歩と歩み寄ってくる。


 床と靴が擦れる音がやけに大きく響く。


「本気なの?」


 美咲先輩は、今度は冷たい口調でそう言った。


 その瞬間、俺の中で冗談を言うために振り絞った勇気が、ひび割れるような感覚がした。


 先輩の目はいつもとは違う。何かに取り憑かれたかのような表情をしていた。


 彼女が俺の目の前に立ち止まり、ゆっくりと右手を持ち上げる。


 そして、その手が彼女のブラウスのボタンに触れた。


「えっ…いやいや、本当に冗談ですって!」


 俺は慌てて手を振り、なんとか彼女を止めようとしたが、その時すでに彼女の手は第一ボタンを外していた。


 教室に漂う妙な緊張感が、ますます俺の焦りを増幅させる。


 汗が額を伝い、心臓がバクバクと音を立てる。


「いいよ、見せてあげる。でも、見たらどうするの?」


 美咲先輩は、冷静さを保ったまま、言葉を続ける。


 その声には抑えきれない感情がこもっていたが、それが何なのか俺には分からなかった。


「それで、私の何が変わるの? 君の何かが変わるの?」


 彼女の声が淡々としているのが、逆に怖かった。何かを試しているかのように、彼女は俺をじっと見つめていた。


 俺の視線は彼女の指先に釘付けになり、第二ボタン、そして第三ボタンがゆっくりと外されていくのを見つめることしかできなかった。


 唾を飲み込む音が耳に届いて我に返る。


「先輩、やめてください!」


 俺は叫びそうになりながらも、どうにか声を抑えた。


 教室の外で誰かが通りかかったらどうする? 他の学生に見られたら、先輩がどう思われる? それとも、俺がどう思われるか? そんな思いが一瞬頭をよぎるが、それ以上に恐ろしかったのは、美咲先輩のこの異様な行動そのものだった。


 美咲先輩の手がふと止まる。


 彼女は俺を見つめ、ふっと笑った。


 その笑顔はどこか狂気じみていて、いつもの彼女とはかけ離れていた。壊れた人形のような、その微笑みは恐ろしいのに美しかった。


「ねえ、どうして私をそんな目で見るの? あなたが望んだことでしょ?」


 彼女は再び一歩近づき、その言葉が俺の耳元でささやかれた。甘く、けれど冷たい声。全身が一瞬で凍りついたような感覚に襲われた。


 その瞬間、俺は一歩後ずさり、彼女から距離を取ろうとした。だけど、足がすくんで動かない。何かがこの教室に俺の足を縛りつける空気を支配している。


 その場から逃げ出すことができないまま、ただ美咲先輩の行動を見つめるしかなかった。


 彼女の言葉が耳に残る。


「見せてあげるよ」


 その言葉には何か絶望的な響きがあった。


 そして、彼女は再びボタンに手をかけ――。

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