第36話・”進む力”

 塔を登る。まだ倒れる訳にはいかないと、気合いを込めながら登る。


「……」


 俺が苦しんでいるのはリンにも伝わっている。だが、彼女は何も言わない。信用されている、そう思っていいのだろう。……。

 階段を登りきる。そこはいつもの白い広間、の中心に何者かがいる。警戒はしつつ近くに行く。


「この高度までくるやつがいるとは……。中々に久しいな」


 ソイツ、は男にも女にも見える。雰囲気は若い賢者のような落ち着きを感じるが。


「だがここまでだ。ここを突破したやつらはいない。ここが旅の終わりだ」


 そう語る言葉を聞いて……。


「……では、この上がゴールなのか?」

「知ってどうする」

「確認だ。ただのな」


 そう答えたのち、敵はニヤリと笑った。


「そうか。もう失えるものがない。追い詰められた存在なわけだ」


 敵意が漏れ伝わってくる。ナイフを抜刀、構える。


「ここでは出し惜しんでも死ぬ。先を考え温存する余裕などないぞ」


 その言葉を聞いて・・・・・・。


「だ、そうだ。リン」

「なんで私に言う?」

「出し惜しみは駄目らしい。よって全力を出すが・・・・・・。後の事は頼む」

「死ぬ?」

「分からん。それくらいのつもりでやる、ってくらいだ」


 もう何度目か分からない。俺が前に立つ。・・・・・・最後の最後まで連携の取れない人間だったな。


「(あの時──)」


 思い出すのは、未来の自分と想われる存在がやってきたあの時のこと。あの時、"捨てる"選択をしていたらああなっていたのだろうと思う。

 あの時は違った。その時は今だ。


「『人権放棄』、天秤よ傾け」


 ああ──。俺を構成する全てが無になっていく。それまで与えられていた最低限のステータスもちょっと変わったスキルも、消えていく。

 最後に残るのは──。


「この階層を突破する。──執念だけ」

「・・・・・・、来い。受けて立とう」

「『熾ろ、原典』希代の殺戮者」


 自身が変貌していくのが分かる。骨が肥大化し、かろうじて人の形をした異形に成り果てる。

 ナイフも形を変え、捌くものから破壊するものへ変化する。太く、長く、刺すものの内蔵を破壊し尽くすギザギザの刃。


「ハァ──。・・・・・・行くぞ!」


 切りかかる。相手の能力は考えない。この身が人有らざれば、既に意味をなさないからだ。

 初撃、敵は攻撃を受けた。バイオリンを弾く弦のような二つの側面をもつレイピアのような剣。

 そこから細い線が伸びているのに気付き、手を引いた。が右腕に傷がついた。糸を使った攻撃か。


 普通なら少し戸惑うだろう。がこちらは距離を離さない。得意な距離で戦い続ける。

 ──もう人でないなら、傷つくことを臆さない。


「・・・・・・」


 だが敵も臆さない。淡々と切り返してくる。少々凄んだところで大したアドバンテージにはならない。

 だが距離を取らないこと。これがこちらにとって有利に働く。

 再び斬撃を放つ。少しばかり気合いを入れて。


 ──ドォン・・・・・・!


 斬撃に有るまじき大砲のような轟音。空間と時間を切った衝撃が一拍遅れて周囲に響く。


「"なにもかも"。全てを引き換えに得たワードだな」

「ああ。ロクな死に方も選べないだろうが、文字通り全てを投げ打った。その跳ねっ返りで得た力が、"なにもかもを絶つ"力」

「絶大だな。確かに、人の身に余る力だ」


 異形に成り果てた身で突破してみせる。そうして――。

 リン。彼女が踏破してみせれば……。


「だが――足りないな」

「なんだと――」

「『閃』」


 レイピアによる刺突。と判断するころには体を穿たれていた。早いという尺度ではない。前兆すら見えなかった。……いや、その”スキル”も捨てていたせいか。


「なにもかもを捨てて進む。覚悟はいいものだろう。だが、それだけで全てを乗り越えられるなら苦労というものは存在しえない」

「——」

「賭けをするには、浅慮が過ぎたな」

「……。……どうかな」

「ほう?」

「『セン』か。やっと、確信になった」


 千、垓、挨、漠、刹那、阿摩羅。塔で出会った名たち。


「”単位”だろ。塔の力に干渉する名は」

「……」

「奪われた力は全て”進数”だった。銃(十)、24(時)。文字通り、先へ”進む”力だった」


 それを数えることで次のより大きなもの動かす。そういうシステム。


「俺にその源たる力はない。だが――『厘』ならどうかな?」

「……」

「システムに近い彼女なら、塔を登り切れる。——違うか」

「……なるほど。そうか。そういう算段か」


 その敵は――無表情に笑い、無表情に怒った。


「お前の覚悟、確かに聞いた。故に、嗚呼、答えねば、な」


 その敵はこちらへ向き直る。


「——それはお前の勝手な解釈だろう?」

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