第34話・『原典』、解放
「右!」
右へ飛ぶ。左へはリンが向かう。音はしないがリンの刀から火花が散っているのが見えた。
「ほう」
敵も関心しているようだ。凌がれるのは織り込み済みか。
こちらの射程まであと二回は凌ぐ必要がある。
「右!」
コールを聞いて跳ぶ。あと1回か。
だが、空いての顔に焦りは無い。ただの余裕か、何かあるのか。
「っ・・・・・・、正面!」
言われたので跳ぶ。が正面以外に逃げ道がない攻撃ということだろう。リンは凌げる、のか?
だが何としても得た攻撃のチャンス。無駄にする訳にはいかない。
「貰った──!」
心臓目掛けナイフを振るう。しかし──。
「させん!」
もう一人、アイの斧剣に遮られる。
「──っ、邪魔だ──!」
高飛びの容量で身体を捻り、剣を躱す。考えうる限り最短距離で動いていた。であったのに、だ。
「っ! 駄目だ、正面!」
「──!」
正面で腕を組んで防御姿勢に。直後、腕が折れ曲がりそうな衝撃を受ける。
「く、うぉ・・・・・・!」
隙を作らずに、最短距離で。だったはずだがそれでも届かない。
再び、彼我の距離は離されてしまった。
「(腕が痺れる。回復まで時間がかかるか。しかし・・・・・・)」
そんな悠長していられる余裕はない。敵がそれを見逃さない。
振り返るとリンもダメージを負っている。やはり無理をしたようだ。見えざる何かに対処するのはかなりの消耗を要求される。
「(悔やんでも仕方ないが、さっきの一回で決めきれなかったのが痛いな)」
杖の動きに注意はするが、どうもできない。
「(決めてに欠ける。せめてフェイトブリンガーがあれば)」
無いものをねだる。状況は切迫していた。
杖が動く。無論、察知など出来ずに――。いや……?
ナイフを振るう。柔らかく、硬い、生物的な何かに触れた。
「なに?」
敵も驚くが、こちらも驚きだ。何故、ナイフを振るおうと思ったのか。
「……なるほど。こういう、こと、ですか」
少し離れたマトリクスが膝立ちでこちらに手を向けている。なにかを送るような、そんな所作にも見える。
「簡潔に伝えます。私の”原典”を貸しました。多少は使えるかと」
「こういうことか? 『原典合併』——」
自分に力が、いや、潜在能力の覚醒という感じか。視界がクリアになっていく。
「この感じ……俺も使えるのか? 『原典映放』」
構えを取り、敵”アマラ”へ向け跳躍する。
「早い、だと!?」
敵”アイ”は反応できていない。こちらの射程にアマラを捉える。
躊躇いなくナイフを振るう。
「(防がれた! 電磁障壁、いや、魔法的なシールドか!)」
特殊なシールドに阻まれ、ナイフが通らなかった。とんだインチキだが、”今ならなんとかなる”。
「(カウント。1……)」
敵のシールドをナイフが貫通する。
「む……」
それを見たアマラは後ろへ下がる。同時に魔法弾を数発と見えない何かを織り交ぜてこちらに放ってくる。
「(4……5……)」
その中心へ跳躍。わざと開けられた空間へは魔法弾が飛んでくるがそれをナイフで叩き返す。
躱した先にアイが構える。
「(っ、8……9……)」
アイを掌底の一撃で吹き飛ばす。後方へ飛ばしたがそこにアマラはいなかった。
それさえ読んでいたアマラ、頭上から質量弾を隙間なく飛ばしてくる。これは受けざるを得なかった。
「(マトリクスの力でなんとか、いや、いけるか? 13……14……)」
質量弾を斥力のようなものでせき止め、その隙を縫って包囲から脱出。
「(持て……! 16……)」
跳躍。狙うはアマラの心臓。
目の前にシールドが三枚出現する。切り裂けるが、時間がない。——突っ込む。
「馬鹿な! 自殺行為だ!」
アイが叫ぶ通りだが、今なら”不可能を可能に”出来る。
シールドを受けながらそのまま突っ込む。
「(20……! 21……!)」
体が、いやこの場合は”原典が”焼き切れる。
「届けぇぇぇ!!」
ナイフを逆手に、心臓を狙う。
最後の抵抗を懸念したが――。
「——見事」
そのナイフはアマラの心臓を貫いた。
合計”24”秒。不可能を可能にしてみせた。
* * *
「ぐ――がっは……」
帰ってくるダメージは大きかった。原典に無理をさせた、というべきか。
物語にも熱量はあるだろう。だが今やったのはその本を燃やすようなもの。即物的な熱量は得られたが・・・・・・。
「見事な覚悟だ。冒険者よ」
そこには平然と立つアマラがいた。
「・・・・・・合格した、と思いたいが」
「ああ。認めよう。自らの身を焦がした力、その信念。賞賛に値する」
「そりゃ、良かった」
五体を放り、天を仰ぐ。息は絶え絶え、体も悲鳴を上げている。
そこへ歩み寄る、黒い影。
「やりましたね」
「・・・・・・すまん。借り物ごと燃やしてしまった」
「構いません。どうであれ、私も午後までのようです」
俺の横に座る。
「いいのか? 塔を登るのは、人それぞれ理由があってのはずだ」
その男はふっと笑う。
「確かに、そんなものもあったかもしれませんが──、今となってはもう十分なものです」
「?」
「それより貴方は、先の事を考えるべきです。原典を失った。その状態でまだ、上を目指すのですか?」
「──下層のやつが言っていた。先に進むには何科を失う必要がある、と」
両者、一瞬の沈黙。
「なら──あと一つは残っている」
「・・・・・・そうですか」
・・・・・・こいつは頭がいい。俺が何をするか、何を賭けるかも察しがついているのかもしれない。
身体を起こす。休んではいられない。──そうだろう?
「──流石。ここから先へ進むに相応しい」
答えたのは獏だった。コイツの特殊能力の一つ、幕は破壊したが能力そのものが無力化出来た訳では無い。
獏の影響下であれば、寝れば能力を奪われる。
「──って。原典を喪失した状態でも寝たら奪われるのか?」
「もちろん。後に灰が残るか、それすら残らないか」
「・・・・・・なるほど」
その違いは今ひとつ分からないが、わざわざ言うくらいだ。何かあるのだろう。
「リン。寝てはいないよな。行くぞ」
「う、うん」
「なんだ、どうかしたのか?」
「・・・・・・」
何か言いたそうな顔をしている。話してくれた方が気が紛れていいんだが。
「あんた、さ」
「・・・・・・」
・・・・・・。
「いや、やっぱいいや」
「そうか」
「先に死ぬ気なんてないでしょ」
「・・・・・・ああ」
・・・・・・。
塔の戦いはまだ続く。
俺にはまだ、失えるものがあるのか?
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