”なんとなく”世界の果ての塔に呼ばれているらしいので旅を始めます
確蟹爽
第1話・開瞼
人生、目標があることは良い事だ。それがより明確であればあるほどなお良い。
さらに実態もあるのなら、人によってはすがりたくなるほどに、目標は良い。
「んぁ……?」
目が覚める。同時に鼻をつく酸っぱい匂いがした。――生ゴミ特有の、発酵した匂いだ。
「なんでゴミ捨て場で寝て……? ってか俺に構わずゴミを乗せやがって」
自分にのしかかるゴミを払い除けて立ち上がる。はぁ、とため息をついたのち、スンスンと自分の体を嗅ぐ。ゴミの匂いが移ってないといいのだが。
周囲を見渡すと、どこかの路地裏のようだ。左右を囲む壁は石で出来ているようでどこかといえばヨーロッパ風な建築様式だ。
「……昨日の記憶が、――いや、ここしばらくの記憶が無い。……どころじゃないぞ。俺は、誰だ?」
自分の事がとんと記憶にない。どう育ち、何を成し、どのように生きてきたか。それが分からない。自分の事が、まるで分からない。
「……」
視線を横にやる。石造りの建物群の隙間から裏路地に差し込む一筋の夕日。それがとても美しく感じた俺は、虫の様に、陽の光の方に歩みを進める。――目標は、分かりやすい方がいい。
* * *
(へぇ、露天屋台が沢山。……のわりに建築物はヨーロッパチックなんだな)
大通りに出た。黄昏時、緋色に照らされる街。石造りされた民家? アパート? が並んでいる道沿いに日本で見かけられるタイプの屋台がずらりと並ぶ。
焼きそば、焼き串。文字は読めないものだが、色合いが日本的な屋台が道に沿ってずらりと並ぶ。俺の中の地球人としての意識が違和感を訴えて止まない。どうにもお祭りのような雰囲気を感じはするが……。
(にしては人は少ないな。それに……俺の知識は何故日本に寄っているんだ?)
なんやかんやと悶々と歩きながら考えていた。夕方、お祭り、知らない文化のはずなのにノスタルジーな感覚が胸に上ってくるのを感じる。
「腹、減ったなぁ……」
ちょうど目の前にある焼きそば屋が目に入った。焼きと焦げの匂い。どうして人はこういうものに食欲を注がれるのだろう。つい手を伸ばしたくなるが、手元に財布も小銭もない。どうしようないなあと顔を上げる。
優しい夕日がそこにあり、高層棟? の上から覗いている。それを見ながら、じきに夜がくるなぁなんて思っていた。
そこに一瞬、第二の太陽光が現れた。
直後に爆ぜる背面の石壁。疑問に脊髄が答えた――狙撃だ。
「くっ――!?」
身を翻し、屋台の隙間を縫って路地裏に駆け込む。
あの光は銃が放たれる時に発せられるマズルフラッシュという現象だ。あれが見えたからと言ってほぼ音速の弾丸は回避は出来ない。今回は、相手が外したのだ。
「ったく! なんでこんなことが……」
* * *
「……」
少女は一人。夕日を背に狙撃を行った。
その少女は金属製の手すりに固定された液体金属製バイポットを解き、銃本体に収納する。
(屋台の熱気で弾が上に逸れた……。運のいい奴)
狙撃地点から颯爽と去る。ここにいた痕跡を残してはいけない。
「ブラボー。アルファの狙撃は失敗した。そちらで追撃を頼む」
「……了解。へへ、嬢ちゃんが失敗するとはなァ。手取りが減るぜ? へへ……」
「……」
無線越しのやり取り。向こうから聞こえる下衆な声に耳を貸さない。所詮は仕事をするまでの関係だ。仲良くする必要などない。
(大丈夫、問題はない。お姉ちゃんは出来るわ)
屋上からネコの様に飄々と非常階段を点々と降りていき、路地裏の方へと姿を消した。
* * *
路地裏に入ってしばらく。呼吸を整え、状況を観察していた。
(数秒遅れで銃撃音は聞こえたはず。なのに住人は微動だにしない?)
普通銃撃があったら逃げるだろう。なのに動かないのは……平和ボケ?
いやいやと首を振る。さっきの弾丸は俺を狙ったが外れたのか、何かの警告なのか。分からないがとにかくここは安全じゃない。裏手へ回って逃げよう。
(だが俺を狙ってるとして……理由はなんだ?)
それが分からない。何かしたのだろうか。それこそ――記憶の無いうちに、とか。
(それより、呑気に歩いてもいられなくなったな。どうする? やはり、叩くか?)
延々と狙撃にさらされるのは非常に気分が悪い。なので狙った張本人を叩いて、二度と出来ない様になってもらうしかない。
ひそひそ。ひそひそ。と、路地裏の物影から影へ素早く移動する。自分でもこんなに動けるとは思っていなかった。過去にこういった戦闘経験があった、のか?
(!)
路地裏を進行する足を止める。おもてを歩いていた住人とは毛色の違う、マフィアかぶれのようなものが進路を塞いでいた。
「……」
「どうしたのオニイチャン? 怖い顔して睨んで、人と会ってるのにその目はよくないと思うなァ?」
「……何者だ?」
相手は、明らかに纏っている空気感が違う。なんというか、先ほどまで見えていた一般人とは違う。明らかな特別感を感じる。
「ああ、その目。何考えてるか分かるわ。自分と同じ特別なもんやと思っとるな?」
「自分と……?」
そこまでは思っていない。……なんだ。この世界には特別な人間とやらが存在しているのか?
「とりあえずオニイチャン……」
懐に手を入れる動作。あれは、映画とかでよく見るやつだ――!
「――死んでな?」
取り出されたのは拳銃。そしてそれがこちらに向けられている!
だが発砲には間に合う。予備動作で感づけて良かった。なんとか遮蔽物になりそうな大型ゴミ箱の裏へ回れた。
――パァン! 一発、ゴミ箱へ当たる。性質はプラスチックだろうが、中にゴミが入っているため銃弾を受けるのは問題無かった。とはいえギリギリだった。
「っ! 目的は何だ! 俺を殺してどうしたい!」
「いやぁ答えられんなぁ。仕事の話っていうたら分かってくれるやろ?」
やはりマフィア的なものか。過去の俺は何をしたんだろうか。だが今は、コイツをどうにかする必要があるな……!
手元を確認する。武器になりそうなもの。
上半身には、ない。シャツ一枚だけ。
下半身には、腰にナイフが一本、それもサバイバルで使われるような多用途用大型ナイフ。なんで? あとは革性のベルト。長さがありそうだ、鞭のようになるかもしれないな。あとは……少し頑丈そうな靴くらいか。
「さあ、どうするオニイチャン? それとも何か、逆転の『名』を持ってるとか、か」
話の内容は分からないが状況打破する術は考える必要がある。だが銃を相手には距離を詰めなければ話にならない。
「こいつでっ……!」
ゴミ箱を押しながら前進する。銃弾を躱しつつ距離を詰めていく。敵が常に距離を取るような慎重なタチなら苦しい戦いになるが……!
「おうおうニイチャン、やる気もあるんけ。手間が省けて楽でいい!」
敵は逃げない。ここで殺すつもりなんだろう。だったらこっちも腹を括るまで。
だがゴミ箱が動かなくなった。車輪が地面を噛んだらしい。こうなれば突撃しかない。彼我の距離は十メートル程度か。一息で畳みかけるしかない!
「――ふっ」
遮蔽から飛び出す。迎え来るは一発の弾丸。
「――」
正確だ。体の正面、中心を捉えている。――故に助かった。
パァン!
「!?」
銃弾は音速に近い。それは凄まじいエネルギーを持つ。ならばこちらも音速をぶつければいい。ベルトを振り抜いた一閃、その先端は音速に迫れる。その一点で鉛の塊をはたき落とす。
(まだだ……! 照準は外れてない。次弾が来る!)
振り下ろしのベルトは初速が出た。だが返しの腕では亜音速には至らない。
躱すのは厳しい。ならば受けるのが限界か。
「――ッ!」
返しのベルトを振るう。弾丸は同じく直線に重なる。初速が足りず、弾道は逸らしきれない。
「っ――」
弾丸はベルトを振るった右腕を掠めていった。直撃は避けた。二発を避けた彼我の距離は詰まる。なれば光るのは刃物の場。
左手で腰のナイフを抜刀。三発目を放つ前に腕を斬り下ろす。
「こっ、こいつぁ……近接戦闘スキル持ちか……!」
「――!」
相手の腕の肉しか削げなかった斬り下ろし。だが相手から銃を奪う事には成功した。その返しの刃で下段から心臓へ向けて突き上げる。
その閃撃は惜しくの敵の顎下を掠めるだけに終わった。
「く、くそ……!」
銃が手から離れた敵は闘争を図ろうと逃げる。その背を見ながら、落ちた銃を拾い上げ構える。即死には至らない様に腹部を目掛けて発砲、命中。被弾した敵はそこで崩れ落ちた。
「ハァハァ……」
「さて、吐けるもの全部吐いてもらおうか。誰が俺を狙ってる? それで何を得る?」
「ハァ……、仕事だよ。金! それ以外になにがある」
「裏がある。誰に言われてしかけてきた」
敵は腹部、銃弾が貫いた箇所を抑えながら、額に脂汗を浮かべて歯を食いしばる。自白するかは時間の問題か。
「さあ、誰の指示だ。何の利益が出る」
「くっ……」
その時、発砲音が聞こえた。しまったと思ったのは遅かった。狙撃は既に済んでいる。それはこちらの脳天を貫いて……俺は終わる。そう覚悟した。
だが、その弾丸は金属同士がぶつかる甲高い音と共に弾かれた。
「――いや~。もう少し見てるつもりだったんだけど、お姉さん我慢できなくなっちゃった」
そこにいたのは黒のドレスのような衣服を纏った女性。そしてなにより似合わぬ刀を持っているというところ。刀で弾丸を弾き飛ばした……?
「ほら! ぼーっとしない! すぐ移動する!」
女性に急かされるまま狙撃されない位置へ移動する。
こうして俺の、異世界? での戦いは幕を開けた。
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