第2話 部屋A→部屋B

地図

https://kakuyomu.jp/users/yurayurahituji/news/16818093088468309458


 桐生は、注意深く懐中電灯で部屋を照らした。

 地図にある形、だいたい正方形の部屋だ。



 イメージは一般家庭の家?

 玄関から外へ通じる扉が、隣の部屋Bへ続く作りのように見える。

 ソファ、長テーブル。何の変哲も……あった。

 ソファには血が飛び散っていて、長テーブルには爪でひっかいたような跡。

 そして床には、部屋Bへ向かって、血まみれのなにかが引きずられた跡。



「うあああああ」



 桐生にしがみついている朝霧が、部屋の様子だけで情けない悲鳴をあげている。

 桐生は苦笑し、後ろに左手を伸ばして朝霧をぽんぽんした。



「あの子どもはいないね。どこへ行ったんだろう。

 うーん……。

 誰かがこの部屋で襲われて、抵抗してテーブルにしがみついて、爪痕が残って。

 引きはがされて、このあたりでやられて倒れて。

 死体を引きずってこっちの部屋へ、というストーリーかな」


「解説するな! いらん! 聞きたくない!」


「そんなこと言わないでよ~。

 暗くてよく見えないけどね、ほとんどのお化け屋敷には、きちんとオブジェやギミックに意味があったりするんだよ。

 小さな空間に作られた、壮大なホラー作品なんだ。

 読み取らなきゃ損だよ」


「オレは損する! 損したい!!」



 朝霧の心からの叫びに、桐生は吹き出してしまった。

 お化け屋敷を一人で何週もできる桐生は、筋金入りのお化け屋敷好きだ。

 ただ人を怖がらせるだけではなく、細やかな仕様が好きな桐生としては細部を見逃せない。

 江戸屋敷モチーフであれば、道順に沿って、逃げ惑う人々や呪い殺された過程、お化けがお化けになった原因が示されていたり。

 遺跡発掘モチーフであれば、来場者にボタンを押させ、それが盗掘の合図となって怪奇現象が起こる、などなど。

 自分がホラー映画の中に入った気分になれる。しかも絶対安全。楽しい。

 それを朝霧にまで押しつけるつもりはないので、桐生は、ストーリー読解はひとりでやることにした。



「とりあえず、地図に状況をメモしておこう。ペンと地図がもらえるの便利だな」


「メモする意味はあるのか……?」


「迷って同じところをぐるぐるしたい?」


「詳細にメモしてくれ」



 教師の職業病、配置などをメモするのには慣れている。

 他に何か変わったことはないかと壁を照らしてみると、絵があった。



 幼い子供が描いたようなタッチ。家族絵だった。

 「おとうさん おかあさん ぼく」と拙い文字が添えられている。

 少年とその両親と思われる。全員笑顔だ。



「この『ぼく』が、逃げて行った子どもかなあ」



 もう少し詳しく見ようと、桐生が絵に近づいたその瞬間。



 ばりっ!!



 白い手が絵を突き破った。

 小さくて、子どものように見える腕。

 伸ばされた指は苦しそうに空をつかんで、ずるり……と引っ込んだ。



 声が聞こえる。

 少年の声……?



『ぼくを たすけて……。 だいじな うでわを……』



 …………しーん。



「び、びっくりしたあ! 今のはすごい!」


「………………」



 後ろの朝霧はノーリアクションだった。いや、リアクションはあった。

 桐生の体が揺すられるくらいぶるぶる震え、声も出ないようだ。

 背中越しにばっちり見てしまったらしい。



「僕を助けて。大事な腕輪……。

 腕輪?

 この部屋にはないよね、腕輪(きょろきょろ)」


「きりゅう、たちなおり、はやすぎる」


「今のはすごくよかったよ!

 タイミングといい、客との距離感といい、見事だった!

 手がお客様に当たらないギリギリ狙ってくるの、かなり高度だよ!」


「おまえきらい」



 もう一度部屋を照らしてみる。これ以上は何もなさそうだ。

 桐生はストーリーを重視して、部屋Bに行ってみることにした。

 この部屋から引きずられたご遺体があったりするのかな。

 朝霧に選択権はないので、ひたすら桐生にしがみつくだけだ。桐生のシャツはしわくちゃ&手汗でべたべたである。

 扉は、手を離すと勝手に閉まる作りのようだ。素直に閉めておこう。



「お邪魔します……あれ?」



 部屋Bは、部屋Aの様相と繋がっていなかった。

 本棚が並ぶ絵が壁一面に描かれている。図書館にあるような机と長椅子。

 雑誌ラックのようなものが壁際にある。壁に接着されているオブジェだ。





つづく

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