第23話 見えない明日

幻の力との戦いを終えた凛は、加古川の町に真の平穏をもたらしたかに見えた。しかし、その夜、彼女は奇妙な夢を見た。夢の中で、町の人々が次々に何かを恐れるように目を伏せ、影の中に消えていく。そして、最後に凛の目の前には、ひときわ大きな影が立ちはだかり、まるで彼女に問いかけるように静かに揺れていた。


「お前が影を受け入れると言うなら、すべての影をその身に背負う覚悟はあるか?」


その言葉が耳元で囁かれた瞬間、凛ははっとして目を覚ました。夢の中で感じた影の重みと、そこに込められた「全ての影を引き受ける覚悟」が、自分の決意を試しているように思えた。凛は朝の静寂の中で深呼吸をし、改めて自身の使命を問い直す。


翌朝、凛は祠を訪ね、調和の力が真に町の全ての影を引き受ける覚悟があるか、心を落ち着けながら問いかけた。巫女の力を受け継いだ自分には、影をただ封じるだけでなく、人々の心に安らぎをもたらすことが役割であると確信していた。しかし、そのためには、自分自身が影の中でさえも揺るがない存在でなければならないと感じた。


そのとき、祠の奥から静かな声が響いた。それは彼女に寄り添っていた白い猫の声だった。


「凛、君が選んだ道は、簡単なものではない。しかし、人々の心に宿る影も、町の一部なのだ。君がそのすべてを受け入れる覚悟を持つならば、町は永遠に守られるだろう」


凛は静かにうなずき、「私がすべてを受け入れ、人々の心に平和をもたらすために、どんな影が訪れても立ち向かう」と誓った。


数日が経ったある夜、町で再び異変が起こった。人々が何もない場所で影を見たと話し、怯えた表情で凛のもとを訪ねてきた。町中に散らばるその「影」は実体がなく、薄い霧のように現れては消えるという。凛は、この影がかつての「幻の力」に関係しているのか、再び町に広がる不安が生み出したものかを見極めるため、影の跡を追い始めた。


夜の町を歩き、影の発生源を辿っていくと、やがて一軒の廃れた建物にたどり着いた。建物の中はかつて人々が集まっていた場所で、古い記録や謎めいた文字が壁に刻まれている。凛はその文字を読み解くと、「影の契約」という言葉が浮かび上がってきた。


「影の契約…?」


凛は驚きつつも慎重に文字を読み進めた。記録にはこう書かれていた。


「影は心に宿り、契約する者の願いを叶える。しかし、その力を用いるたびに影は深まり、やがて契約者の心を蝕む」


凛はその言葉に背筋が寒くなるのを感じた。かつめしや調和の力が生み出した影は、ただの幻ではなく、人々が無意識に交わした「影との契約」によって増幅されてきたものだったのだ。そして、今もなおその契約は残り、町の人々の心の奥底に潜んでいる可能性がある。


凛は調和の力を手にしていたが、「影の契約」という未知の存在に対してどのように対処するべきかを考えた。封じ込めるのではなく、共存する道を選んだが、契約そのものが人々の心に影響を与えているのならば、それに向き合う覚悟が求められる。


そのとき、再び薄暗い影が建物の中に現れ、凛に語りかけてきた。


「人間よ、お前の決意を試そう。人の心に宿る影がどれほど強く、深いものかを受け入れるつもりか?」


凛は一歩前に出て、その影に向かって静かに語りかけた。「私は影を拒絶するのではなく、共に歩む道を選びました。人々の願いや恐れが影となって現れるならば、それを受け入れることで、町に平穏をもたらすと決めたのです」


影は不気味に笑いながら、彼女に問いかけた。「ならば、私と契約を交わすか?すべての影をお前に委ねる。それを引き受けることで、町の人々から影は消え去るだろう。しかし、お前の心は次第に影に蝕まれることになるぞ」


凛はその言葉に一瞬躊躇したが、すぐに目を見開き、力強く答えた。「私が影を引き受けることで、町が平和を取り戻すならば、私は喜んでその契約を受け入れます。町と人々を守るために、どんな影でも受け入れる覚悟ができています」


影は静かに頷き、「ならば、その決意により、お前は影の守護者となろう」と告げた。凛の体に冷たい感覚が広がり、影が彼女に宿るように流れ込んでくるのを感じた。しかし、同時に彼女の心には強い意志と調和の力があり、影をただの恐怖としてではなく、心の一部として受け入れていった。


その瞬間、町の中で見えたすべての影が薄れて消え、空には穏やかな月光が差し込んでいた。町の人々も不安から解放されたように表情が明るくなり、影に怯えることはなくなった。


しかし、凛の中には影が宿り続け、彼女はその存在と共に生きていく覚悟を抱いていた。影を背負いながらも、彼女は調和の力でそれを包み込み、人々の心に平和をもたらす存在となったのだ。


その夜、白い猫が再び彼女の前に現れ、じっと彼女を見つめていた。猫は静かに頷き、凛の選んだ道に賛同するようにそっと寄り添った。


「君の覚悟は本物だ。影を受け入れることで、町には永遠の平穏が約束されるだろう。しかし、その影の力に飲まれぬよう、強い意志を保つことが大切だ」


凛は猫に微笑みかけ、「私は影も含めて、この町を守り続ける。人々の恐れも希望も、すべて受け入れることで、真の平和が訪れると信じています」と語った。


凛の心には影が宿っていたが、彼女の強い意志と調和の力によって、それは脅威ではなく、町を守るための一部となっていた。こうして、彼女は新たな「影の守護者」として町を見守り続け、影と光が共存する中で加古川の町に静かな平穏が広がっていった。


凛の物語はまだ続くが、彼女の心にはどこか安らぎと決意があった。影を抱えながらも、彼女は町の人々に寄り添い、真の平和を築き上げる存在として、新たな未来を歩み始めたのだった。

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