第15話 見えざる敵

幻の花の力を封じ、教団の残党との戦いに終止符を打った凛だったが、調査室に戻った翌日、胸の奥にどこか落ち着かない感覚が残っていた。教団の脅威は消え去ったはずなのに、加古川の町にはまだ重苦しい雰囲気が漂っているように感じた。


そんなとき、凛のもとにある噂が届いた。「最近、町のあちこちで不審な幻影を見る者が増えている」というものだ。その幻影は夜になると突然現れ、町の人々の中に奇妙な不安感を呼び起こしているらしい。まるでかつての教団の「覚醒」の力が再び人々に影響を及ぼしているかのようだ。


凛は不安を抱きながらも、その幻影の正体を突き止めるために町を調査することに決めた。町の住民たちから話を聞くと、どの幻影も「かつめしを食べている人の影」であるという共通点があることが分かった。


「まさか…かつめしそのものに何かが?」凛は驚きつつも、さらに情報を集めるため、夜の町へと出かけた。


その夜、凛は町の中心部で待機し、幻影が現れるのを待った。やがて夜も更け、あたりがしんと静まり返る中、彼女の視界の隅にぼんやりとした影が見えた。それは、まるで人が食事をしているかのような仕草を繰り返している。影は不気味なまでに無音で、薄暗い光に浮かび上がり、まるでかつめしを食べている人の姿に見える。


凛はその影に近づき、慎重に観察を始めた。影はゆっくりと手を動かし、まるでかつめしを一口ずつ食べているかのような動作を繰り返していた。しかし、その表情にはどこか狂気じみた笑みが浮かんでおり、目は虚ろで何かに取り憑かれているようだった。


「これは…ただの幻影ではない」凛は心の中で確信した。幻影は、かつて教団が利用していた力と何か関係があるに違いない。


突然、影が消えると同時に凛の背後から低い笑い声が聞こえた。振り向くと、そこには謎の黒衣の男が立っていた。彼の目には冷たい光が宿り、不気味な笑みを浮かべている。


「君があの教団を打ち破った凛か。実に興味深い。だが、教団が去っても、彼らが残した“影”は決して消え去らないのだよ」


凛は身構え、男を睨みつけた。「あなたは一体誰?何が目的なの?」


男はゆっくりと歩み寄りながら話し始めた。「私は教団に関心を持ち、その力を研究してきた者だ。彼らが追い求めていた覚醒の力、その真の本質に興味があるのだよ。教団の残した痕跡は、まだこの町の人々の心に影響を与えている。そして私は、その影を操る術を見つけたのだ」


凛は驚きつつも怒りを感じた。「あなたは町の人々を苦しめているのね。その影を利用して何を企んでいるの?」


男は冷たい笑みを浮かべたまま答えた。「この町の人々を影で支配すること。それが私の研究の成果だ。そして、君がいくら教団を倒しても、その痕跡は私の手で新たな形を得て、再び人々に影響を及ぼしている」


「そんなことは許さない!私はこの町を守るために、あなたのような者は見過ごせない」


凛はすぐさま構えを取り、男に向かって飛びかかっていった。しかし男は素早く後ろへと飛び退き、手をかざすと凛の周りに影のような霧が立ち込め始めた。


「私の影から逃れることはできない。さあ、君もその影の中で自分の恐怖に飲み込まれるがいい」


影の霧が凛を包み込み、彼女は一瞬、周囲の景色が歪んで見えるような感覚に襲われた。影の中で彼女は自分の姿がぼんやりと見え、人々の不安や恐れが波のように押し寄せてくるのを感じた。恐怖に飲まれかけたその瞬間、凛は自分の心を静め、集中を高めた。


「私は負けない。どんな影が襲ってこようと、この町を守るために…」


彼女は心の中で自らに言い聞かせ、影に飲み込まれることなく、その場に立ち続けた。そして、彼女の決意が固まると同時に、影が徐々に薄れ始め、やがて霧は消え去っていった。


男は驚き、冷ややかな視線で凛を見つめた。「なるほど、君には影の力が通用しないのか。しかし、この町にはまだ私の影が残っている。私の目的はまだ終わらない」


凛は力強く言い放った。「あなたの影は、私が必ず消し去る。この町にはあなたのような者は必要ない」


男は一瞬凛を見つめたが、不気味な笑みを浮かべながら夜の闇へと姿を消した。


男が去った後、凛はしばらくその場で立ち尽くし、深呼吸をして心を落ち着けた。彼女は新たな敵の存在を感じつつも、再び覚悟を固めた。教団が残した力はまだ完全に消えたわけではなく、この町には新たな影が潜んでいる。


調査室に戻った凛は、教団が残した記録や幻の花に関する情報を再び確認し、新たな敵がどのようにして影の力を操っているのかを解き明かすために動き始めた。


「私は、この町のすべての影を払い、平穏を取り戻すまで戦い続ける」


夜の静寂の中、凛の決意は新たな光となり、加古川の町を照らしていた。

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