第17話 困ったことになるかも
たぶんそうなるだろうと思ってはいたんだけど、先生の友人は泊まっていくことになった。
まあ、日帰りするならモココを連れてこないよね。
寝室へと入っていく二人を、私は生暖かく見送った。
子供が走り回るには広い空間が必要だけど、大人が親睦を深めるには鍵のかかる部屋がひとつあれば良いものね。
「先生がドアを閉めて寝るなんてめずらいしね」
「そういう夜もあるのよ」
首をかしげさくらに、私は笑ってみせた。
「さっきの人と一緒に寝たいから? だから朝から料理を作っていたの?」
「鋭いわね。そういうことよ」
「でも先生、べつにウキウキしてなかったような?」
無表情に、淡々と料理をしていた。
より正確には、必死でそう見せないようにしているからね。
さくらももう少ししたら先生の行動の裏側にある心理に気がつくようになるだろう。ある意味、バレバレだからさ。
「ちなみに、僕のあるじも普段とまったく変わりにい風を装っていたよ。ドキドキワクワクしながらね」
にゅふふふとモココも笑った。
私たち猫は、けっこう人間のことを観察している。
独立心が強くて飼い主のことなんかおかまいなし、なんて思われることが多いけれど、かまっていないわけではない。
仲間だと思えばこそ、適度な距離感を保っているだけだ。
人間同士だって、あんまりベタベタした関係ってうざいでしょ? それとおなじよ。
でも大切だと思っているから、表情や態度の変化にはちゃんと気がつく。
つかずはなれず、いつでも助けに入れるように。
これが猫にとって心地良い距離なのだ。
「あのふたりは好きどうしなの?」
こてんとさっきとは逆方向に首をかしげるさくら。
こういう仕種を人間たちはあざと可愛いって呼ぶんだけど、いまはギャラリーもいない。
「まあそういうことね。本人たちに訊いたら、きっと全力で否定するでしょうけど」
まー、しとねをともにしておいて、友人だとか知人だとか、あったもんじゃないけどね。
結婚しちゃえば良いのに。
先生たちが寝静まっても、私たち三人は居間で井戸端会議である。
夜行性なんですよ。子猫のさくらだってまだまだ寝ない。
「キツネがでるなら、野良たちも不安でしょうね」
毛繕いしながら私が言う。
さきほどの話の続きだ。
「野良猫が食べられちゃうの?」
「違うわ。さくら。キツネは猫を襲って食べたりしない。交通事故とかにあった死体がたまたまあったら、美味しくいただいちゃうだろうけれど」
狩りというのは、自らが負うであろうダメージも考慮しないといけないものだ。獲物を捕まえたけど自分も致命傷を受けました、なんてことになったら食べるどころではないからね。
だから、北海道最強を誇るヒグマだって、あんまりエゾシカを襲ったりしないのである。あの人たちには立派な角があるからね。あんなんで思い切り突かれたら、かの山親爺だって大怪我しちゃう。
同様に、キツネが襲うのもネズミやウサギだ。
すなわち反撃で大ダメージをうけない程度の相手。汚いとか卑怯だとか言ったらだめよ? それが野生の掟なんだから。
自分より強い相手に突っかかっていくバカなんて、サバンナにいるラーテルくらいのもんだろう。
あまりの凶暴性と向こう見ずさにライオンやゾウですら避けて通るって話よ。
ともあれ、キツネは野良猫を襲わない。
生まれたばっかりの赤ちゃん猫とかならともかく、大人の猫が襲われる可能性はほぼないといって良いだろう。
「ただあいつらって、嫌がらせをするのよ。自己顕示欲が強いっていうか、オレ様気質っていうか」
やれやれと首を振った。
ヒグマのフンの上にフンをして、自分の方が強いんだよアピールとかするような連中なのである。
街に降りてきたキツネは、猫が狙っているネズミやスズメを、目の前でこれ見よがしに狩ったりするんじゃないかな。
「え? なにそれ意地悪」
「意地悪はキツネのアイデンティティだからねぇ」
憤慨するさくらと笑うモココ。
いやまあ、べつにそれがキツネのキツネたるゆえんなわけでもないけれど、彼らは猫以上に序列にこだわるから。
自分の方が上だって、見せつけないと気が済まないのだ。
それはもちろん野生では必要な考えである。弱肉強食の世界だからね。
「ただねえ。それをやられてしまうと猫社会がぐちゃぐちゃになっちゃうのよね」
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