第16話 うわさばなし
なんだかすごいごちそうがテーブルに並んでいる。
ていうか、こんなに誰が食べるの?
「お。ぴろ、手伝ってくれるのか」
台所の入口からぼーっと見つめていると、私に気づいた先生が近寄ってきた。
手伝わないわよ。
猫の手も借りたい、なんて言葉もある通り、猫はお手伝いをしないの。
高貴なる存在だからね。
「今日、もこっちがくるぞ」
「おら? 久しぶりね」
背中を撫でながらの先生の言葉に、にゃあと応える。
もこっちというのは、先生の知人の愛猫で、本名は「モココ」だ。
アメリカンショートヘアの純血。まあ、ありていにいってイケメン猫である。
「だれかくるの? ぴろしき」
ぴくりと耳を動かし、ソファから飛び降りたさくらが駆け寄ってきた。
ちょっと緊張した面持ちなのは仕方がない。彼女にとっては、先生以外の人間も私以外の猫も、まだまだ恐怖の対象だから。
「先生の友達とその猫よ」
「どんなひと?」
「優しい人だけど、あんまり気にしなくて良いわ。どうせすぐに酒盛りになっちゃうしね」
朝からお酒のつまみを作っていたというわけだ。
先生って、乾物とかよりごはんのおかずとかで飲むのが好きなのよね。
ステーキとか、とんかつとか、肉ばっかりだけど。
ちょっと野菜が足りないんじゃないかしら。
偏るわよ。
「私たちはその間、モココと遊んでる感じね」
「怖い?」
「びびんなくても大丈夫よ。私より弱いから」
「ぴろしきより強い猫なんてみたことないよ」
おいこら。
失礼なこと言うな。
私は麗しいレディだぞ。
「モココ。久しぶり」
「姐さんもご機嫌麗しゅう」
キャリーケースから出てきたモココが恭しく一礼する。
「やっぱり子分じゃないか……」
後ろの方でさくらがぼそぼそ言ってるけど無視だ。
彼が礼儀正しいのは、ちゃんと血統書の付いたブランド猫だからである。べつに私を怖れているからではない。
たぶん。
「こっちはさくら」
「よろしく」
紹介すると、ちょっと緊張した様子ながらも、さくらがモココに近づいていった。
「姐さんの妹分ですか。僕はモココ。よろしくね」
気さくに挨拶して彼は身体をすり寄せる。
これは親愛の挨拶。
一瞬だけびくっとしたさくらだったが、安心できたのかすぐに尻尾をからませた。
まあ、モココはイケメンだからね。
野良たちと違って清潔だし、なによりもシルバークラシックタビーの被毛が美しいもの。
白銀に黒で渦を描くような模様の入った身体は、まさにアメリカンショートヘアって感じだ。
「いやいや。姐さんに容姿を褒められたら、かえって恥ずかしいですって」
モココは苦笑しながら近寄ってきて、私とも身体をすりあわせる。
「そりゃあ私は麗しいもの」
ふふんと笑い、私はモココをソファへと誘った。
立ち話もなんだしね。
「ねえモココ。なんで首輪してないの?」
「さあ? 僕のあるじは首輪を付けたがらないね。なぜか」
うしろではさくらとモココがさっそく盛り上がってている。
一度なじんでしまうと、猫同士ならさくらはけっこう簡単に胸襟を開く。まだ子供だからね。
あとは、くま、のあーる、ちゃちゃまるの三銃士に助けられたって事情もある。
人間はまだまだ怖いみたいだけど。
「姐さんはあの噂を聞いたかい?」
「どの噂? 知ってるのもあれば知らないのもあるわよ」
三人がソファに座れば、さっそく始まるのは井戸端会議である。
これは人間だろうが猫だろうが変わらない。
噂話は大好きなのだ。
「まちなかにまでキツネが降りてきてるって話さ」
「それは初耳。珍しいわね。いま時期の森の中はエサがたっぷりあるでしょうに」
「迷い、かもしれないけどね」
「だとしたら、ちょっと厄介かも」
ふむと私は後ろ足で頭を掻く。
「まよいって? そもそもキツネってどんなの?」
さくらはきょとーんとしていた。
まずはキツネの説明からしないとダメかしらね。
私たちがキツネと呼ぶのはキタキツネのこと。ホンドギツネよりもひとまわり小さくて、尻尾がぶわっと大きい狐である。
普段は森の中にいるんだけど、エゾシカやヒグマと違って、けっこう頻繁に街中までおりてくるのだ。
ただ、だいたいはエサの減る冬ね。
実りの秋に街に来る理由なんてないもの。
迷いというのは、そんな時期なのに街に降りてくる変わり者のこと。
人間の街には容易に狩れる獲物がいくらでもいるって知っている狡猾な連中だ。
「獲物なんているの?」
さくらが首をかしげ、モココは黙って肩をすくめた。
「いるのよ。野良猫たちがね」
「え……?」
ホンドギツネよりは小さいとはいえ、それでもキツネは充分に大きい。私たち猫からみたら。
戦って勝てる相手じゃないのである。
そして、キツネの天敵である犬は、もうあんまり街にはいない。
我が物顔で歩き回れるのだ。
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