人狼くんは学園ラブコメの夢を抱く

しばぴよ君

第1話 『赤の天上姫』との出会い

 美しい満月が輝く真夜中の一幕。


 月夜に照らされたとある屋敷の一室に、浮かび上がる影が二つ。


 影の一つは女性で、まるで腰を抜かしたかのように床にへたり込みながら、もう一つの影を見上げる。


 その見上げられている影は、180cmを越えているであろう大きく筋骨隆々な体躯に、まるでシベリアンハスキーの頭部がくっついているかのようなシルエットの男性だ。


 これが物語内の出来事であれば、この後女性は大きな悲鳴を上げながら逃げ出そうとし、この男性に襲われる、なんてありきたりなシーンが頭に浮かぶことだろう。


 するとそこで、女性が両手で頭を抱えるような素振りを見せた。


 パニックになって、悲鳴を上げるか?!……なんて思っているそこのあなた。


 違うんです。


 月の明かりが強まり、より鮮明に室内が写し出されると、床にへたり込んでいる女性の顔は、どこか上気しており、瞳もやたらと潤ませながら体をプルプルと震わせている。


 とてもじゃないが、恐ろしいものを見て恐怖している表情ではなく、どちらかというと喜びにうち震えているようなさまだ。


 感極まったかのような彼女が、ついに口を開く。


「モ、モフモフですぅ~!!!」


 目の前にへたり込んでいた少女は、顔の横まで上げていた両手をワキワキと動かしながら、今にも人狼である俺に飛びかかって撫で回そうとしてきている。


 か、勘弁してくれ……!!


 反射的に逃げの一手を選択したが、その選択が実行される前に信じられないスピードを見せた彼女に捕まってしまい、ワキワキと動かしていた両手で俺の頭を撫で始める。


 な、なんて極上の撫で回しなんだ……!?


 彼女の撫で回しはあまりにも熟練された指使いで、その恐ろしいまでに極上の撫で捌きにより、俺の思考はみるみるうちに奪われていく。


 一体どうしてこんなことになってしまったのだろうか……。


 俺は抵抗する気も失せる彼女の撫で回しを享受しながら、今日起こった出来事をゆっくりと振り返り始めた。


――――――――――


 今日は土曜日だったため学校が休みだった俺は、本屋にマンガの新刊でも買いに行こうかと、昼を過ぎて夕方に差し掛かる手前頃に、鏡の前で軽く身だしなみを整えていた。


 鏡に映る自分を確認すると、銀髪のツンツンした短髪は最低限整えられているものの、相変わらずの吊り気味な鋭い目付きが気になって仕方ない。

 スラッと高い鼻は自慢だが、口元の八重歯と目付きの悪さが相まって、とても怖い顔つきに見えてしまう。


 よく女子たちにヒソヒソされているし、悲しいけどそういうことなのだろう。



 最低限の身だしなみを整えた俺は、家を出て隣駅の大きな本屋まで足を伸ばすことにした。


 ちなみに、電子コミック派ではなく紙派である。

 紙はページを戻しやすい上に見開きページも読みやすく、何よりもページを捲った際の紙の匂いがたまらなく好みなのである。


 そんなこんなで本屋にたどり着き、新刊のマンガやまだ読んだことのない作品を小一時間ほど物色した後、お目当ての商品だけを購入して店を出ると、だいぶ日が傾き始めていた。


 急いで帰ろうと駅に向かって歩き出し始めると、1人の女の子がガラの悪そうな2人組の男性に絡まれている様子が目に留まる。


 普段ならそんな面倒そうな現場からは早々に離脱して自分の時間を優先するのだが、今回は女の子が見覚えのある顔な上にバッチリ目が合ってしまった。


 その女の子は同じ学校に通う同級生で、学校内で特に有名な生徒なのだ。


 彼女の名前は、赤坂 瑠衣あかさか るい


 艶のある長い赤茶色のストレートヘアに、意思の強さを示すような切れのある目元に赤い瞳。

 真っ白でまるで絹のような肌に、筋の通った鼻は美しく、瑞々しい桜色の唇は上品さを感じさせる。

 それらのパーツが均整に配置された顔立ちは、まるで職人による精巧な作り物かのような神々しさを感じるほどだ。


 そんな学校一と称される美貌のみならず、食品メーカー最大手である赤坂食品の社長令嬢で、かつ1年生唯一の生徒会役員という肩書きも持っており、『赤の天上姫』なんて呼ばれているのを耳にしたことがある。



 彼女は割と気が強いという話だったような気がするが、今男性に絡まれている彼女は弱々しく瞳を潤ませているのが遠目にも分かる。


 さすがにこの状況で見捨てるのは人道的にどうなの?と思うし、何より寝覚めが悪くなりすぎる。


 そう思った俺は、ちょっとヒーローになった気分になりながら颯爽と彼女の元へと向かい、声をかけた


「ごめん、待たせたね」


「あん?なんだお前?」


「何?この嬢ちゃんは俺らと用があるんだけど?」


 俺の声かけにガラの悪い2人が、不機嫌そうに威嚇しながら反応する。

 近くで見ると男たちの身長は170cmを少し越える程度の僕が見上げる程度に高くて、筋肉質なガッシリとした体型をしていた。

 絡まれている彼女は、さぞ威圧感を感じて恐怖していることだろう。

 まぁ俺は、こんなヤツらにどれだけ凄まれても全く怖くはないのだが。


「その子は俺と待ち合わせしてたんだ。悪いんだけど帰ってくれる?」


「お前何言ってんの?今この子は俺らと約束したからさ、お前が帰ってくんない?」


「急に割り込んできて、お前失礼すぎない?人のことナメてんだろ?」


 男の片割れが僕の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきたので、反射的にその腕を掴んで力を入れてしまう。


「イテテテテテ!!!イテェよ!!!」


「お前何しやがる!!そいつから手を離しやがれ!!」


 情けなく喚き出したことに驚いたもう片割れも掴みかかろうとして来たので、その手も軽い力で掴み取ってあげる。


「イッテェ!!!!!離せ!!!離してくれ!!」


「あんまりさ、騒ぎ大きくしたくないからさ、聞き分けよくしてくれない?僕は『帰って』って言ったよね?」


「分かった!!分かったから離してくれ!!!」


 無事に交渉が成立したので手を離してやると、2人とも慌てたように走り去って行った。


「大丈夫だった?」


 俺は今もまだ少し震えている彼女に対して、なるべく優しげな声を心がけて話しかける。


「あ、ありがとうございます……。ほ、本当に助かりました……」


 声色からも恐怖が残っている様子が見て取れたので、彼女の側について落ち着くのをゆっくりと待つ。


 次第に彼女は落ち着きを取り戻し始めたようで、彼女の瞳に噂通りの強さが戻りつつあった。


 そこから少しばかり時間が経過した後に、ほとんど立ち直ったのであろう彼女が口を開く。


「先ほどはお見苦しい姿をお見せして、申し訳ありませんでした」


「いや、全然気にしていないから大丈夫だよ。それより、もう落ち着いた?」


「はい、おかげさまでもう問題ありません」


 返答してくれる彼女の声は、先ほどまでの弱々しい感じと異なり、凛とした芯を感じさせる声音に変わっていた。


「私の名前は赤坂 瑠衣と申します。正式にお礼を申し上げたいのですが、お名前お伺いしてもよろしいですか?」


 丁寧にお伺いをたてる彼女の所作は、まさしく『赤の天上姫』という異名が良く似合う。


 それにしても、同じ学校の同級生だがこちらは認知されていなかったようだ。


 まぁ仕方ないことではある。


 まだ入学して2か月程度だし、何より俺は彼女と違って目立つような生徒ではない。


 クラスも違うしね。


「初めまして。俺の名前は、狛 銀士狼こま ぎんじろうって言います。一応赤坂さんと同じ学校の同級生だよ」


「なんと!ご学友の方でしたか!これはすごい偶然ですね。存じ上げておらず申し訳ありません」


「いやいや!そんな大それた者じゃないから知らなくても当然だよ!そんなかしこまらないで、タメ語でいいよ。むず痒くなるから」


「わかりました。ただ、人と話すときは丁寧語が抜けない癖があるので、その点だけはご容赦ください」


 なんと難儀な癖だ。


 一応了承はするけど、同級生に敬語を使われるのってすごくむず痒く感じる。


「それでお礼をしたいのですが、狛さんはこの後ご予定ありますか?」


「いや、今日はもう予定ないから帰るだけかな」


「それはちょうど良かった。もし良ければ我が家で夕飯をご一緒しませんか?」


「……………………え?」


「では、早速家に連絡を入れますね。うちの使用人に腕を振るって貰いましょう!」


「ちょ、ちょっと待っ……!」


「さぁ、我が家に行きましょう!案内しますね!」


 彼女は戸惑う僕の腕を強引に掴み、想像以上の力で引っ張って行く。


 俺はまだ混乱が抜けきらない。


 …………え、正気?


 そんなことを思っている間に、赤坂さんはズンズンと力強く進んでいく。


 どうやら俺の休日外出は、まだまだ続きそうだ。

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2024年11月2日 06:05
2024年11月3日 06:05
2024年11月4日 06:05

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