第35話 強引に問い詰めても良いことはないどころか自爆して盛大な土下座を披露することになった件
□学院のヴェルト教授の研究室にて
「で、私のところに来たと」
俺が急いで部下を研究室に派遣したところ、『ヴェルト教授は慌てたご様子でせめて午後からにしてほしい。それまでには準備を整えておくから!』と回答があった。
だから、少しだけ時間を潰した。
何をして時間を潰したのかは内緒だけど、カーシャが賑やかだった……。
そうして言われた通りの時間に研究室を訪ねた。
普段とは違って、ちょっとくたびれた白衣に疲れた顔をした教授が出迎えてくれた。
着ているものもいつもの煽情的な服じゃなくて、平凡で飾り気のない部屋着みたいな服だった。
正直こっちの方が何倍もいいな。
もともと綺麗な人だし、スタイルも良いのはわかるから、あんな下品でエロい服なんか着る必要ないのにな。
何かを隠しているかのような……。まぁいいか。今はエマ・ヴェルトについて聞くのが先決だ。
「なにが『で』なのかわからないけど、エマ・ヴェルトという女性の痕跡を追ってここに辿り着いたのは確かだ」
「えっ?」
俺は注意深く観察しながら反応を窺ったが、そんな必要ないくらい露骨に驚いた表情をした。
さあ言ってごらん? なにを隠しているのかな?
「人違いだと言ったらわかってくれるか?」
いやいや、教授がエマ・ヴェルトだなんて思っていない。そもそもあなたは俺が学院にいた時から変態研究者だったし、名前もエマじゃないし、"人物史"で国王と接点がないことはわかっている。
「知ってることがあれば教えて欲しいんだ。頼む」
「結婚してくれるなら……」
なんでだよ。どうして人探しで質問にやって来て結婚しなきゃいけないんだよ。
そういうのは人生最大の起死回生の幸運を求めるどこかの可哀そうな学生さんにでもしてあげたら喜んでくれるんじゃないか?
それに俺はもうエフィとの結婚を決めたので、別の人を狙って欲しい。
「お邪魔したな」
「ちょっとは考えて! 私は何か知ってるのかもしれないだろ!?」
「……」
「なんでそんなに胡乱な目を……くっ、ドキドキする……」
「なにを言い出すんだよ!」
って、この人は何を言ってるんだ。疲れてるのか? そうか。そうだろう。明らかに目の下に隈がある。きっと何かの研究に没頭して徹夜でもしたんだろう。
だから錯乱してるんだな。よしわかった。
「だって……」
「だってじゃない! とっとと吐け!」
「……わかったわ。結婚は諦める。だから愛人で!……愛人でいいから!!!」
「なんでだよ!? ダメに決まってんだろ!?」
意味わからんわ!
なんでそんなに俺に全力で縋りつくんだよ!?
頑張ってその変態さんなところを夜の寝室の中だけに押しとどめたらワンチャンひっかかる貴族だっているだろ?
そっちに賭けろよ!
俺はもうエフィに売れちゃったから空いてないんだよ!
俺の隣は右も左もエフィのものなの!
「でも……」
「でもじゃない。なにかを隠してるのはもうわかってるんだ。エフィを匿って優しくしてくれた恩があるから悪いようにするつもりはないけど、そんなに秘密にしようとするなら"人物史"を使えばいいのか!? あぁん!?」
普通にやったら見えなくても、条件変えてみることはできる。あなたのもとで研究したエフィーが消費魔力を減らしてくれたから、なんなら何回でもかけれるぜ?
こうなったら条件を変えながら丸裸にしてやるぜ!
覚悟しろ!
「やめてください!」
「ん?」
そこに割り込んできたのは教授の甥っ子くん。たしかアルスくんだ。いや、そんな風に俺と教授の間に飛び込まれると教授に使った"人物史"が……うん、当たっちゃったね。
「教授を虐めるのをやめてください!」
俺を睨みながら叫ぶアルスくんだったが、俺は"人物史"が見せた記録に驚きでいっぱいになった。
「君だったのか……」
「えっ?」
「クラム殿、頼む。やめてくれ。彼は関係ない!」
悲痛な表情で俺に諭すように呟くヴェルト教授。
なんでそんな悲しそうな顔をしている?
何か問題があるのか?
「なんでそんなに恐れてるんだ? 名乗り出ればいいだろう」
「そんなことはできない。そんなことをしたら……」
これは何か情報の行き違いがあるような気がする……。もしかしてエマ・ヴェルトはこの2人に事情を話していないのか?
もしかしたら誰の子なのかもわかっていない? いや、それなら怖がるのもおかしな話だ。
ただ、こんなやり取りをしていたらマズい気がしてきた。
なぜなら俺の愛しい人が近づいてきている気配がする。
俺を睨む甥っ子くんと、うつむく教授。
どう見ても女を襲った悪い男と、それから庇う健気な男の子の図だ……。
この流れはヤバい気がする。もしこんなところをエフィに見られたら……。
まずいまずいまずいまずい……。
ぎぃ~……。
あっ……。
「お兄様? なにを?」
きょとんとした顔から、驚きの顔に変わり、その後で訝しむ顔に変わったエフィが、睨むように俺を見つめながらぼそりと呟いた。
うん、これは俺の人生最大の失敗な気がするよ……。
俺は大人しくその場でどこぞの異国での最大級の謝罪方法だという土下座をしたのだった……。
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