第9話 義妹が神妙な顔つきで悩んでいるから話を聞いたら余裕で解決できた件
□学院の研究室にて (エフィ)
……もう夕方……いや、夜ね。
ちょっと集中しすぎてしまった。
私はモノクルのメガネを外し、深呼吸をしてから一息つく。
なにか飲み物を飲もうと思ってコップを覗いたが、空になっている。
そう言えば今日の最後の作業をする前に飲んだんだった。
あれから……うん、だいぶ時間が経っているわね。
魔石を扱う作業は緊張を伴う。
砕くのに失敗すれば込められていた魔力が暴発する危険があるし、加工に失敗すれば無価値な石に変わってしまう。
他にも使い方を誤れば魔法陣に魔力が投入されないし、使用量が多すぎたら魔道具や魔法陣を傷つけてしまう。
繊細なのだ。
そして研究では大量に魔石を使ってしまう。
なにせ未知の魔法陣だ。
少し動かすのにも魔力がいる。
もちろん自分の魔力でやってもいいのだが、可能な限り汎用性がある魔石を使うのが一般的だ。
そうしないと、仮に魔法陣が発動したとしても個人の特性の影響が排除できないことになってしまう。
つまり、例えば今研究している魔法陣にうまく魔力を流して起動できたとする。
でもその時に使った魔力が私のものだった場合、起動した理由が適切な手順と理解の上でだったのか、単に私の魔力が相性が良かったのかが判別できない。
魔法というのはやっかいなもので、相性の良い魔力が流された場合、量がおかしかったりしても発動したりするのだ。
だからこそそういったことが起こらない魔石を使うのだが……いかせんせん使う量が多い。
もう年度末だから大きな問題にはならないとは思うが、研究室の予算はかつかつだ。
なんで学院生の私がそんなことを知っているのかというと、研究室の長であるヴェルト教授がその辺りのことを適当にしてしまっているからだ。
まさか四則演算を習った程度の甥っ子に任せっきりだとは思わなかった。というのが研究室に入ったばかりの頃の私の感想だった。
当然予算管理は適当。にもかかわらず教授は面白いものを見つけたら湯水のように金を使ってしまう。
もちろん個人資産だから文句は言わないけど、それと研究室運営がごちゃごちゃになっているのはおかしい。
だから手伝った。今では優秀だった甥っ子くんはちゃんと運営してくれていて助かっているが、ちゃんと運営しているからこそ予算が尽きていることもわかるというわけだ。
ただ、今日はもう帰ろう。
あまり遅くなるとお兄様は心配するだろうし。
そう思って研究室を後にして学院の門を出ると、エルダーウィズ公爵家の馬車が待ってくれていた。
「すみません、お待たせしました」
普段よりも遅い時間になってしまったから、ずっとここで待ってくれていたんだろう。
問題ないですと微笑んでくれる侍従さんだが、気を付けないと。
まぁ、いつも気を付けないとと思うものの、魔法にのめり込むと時間を忘れてしまうんだけどね……。
それにしても魔石の調達をなんとかしないといけない。
このままだと研究が途中なまま卒業することになってしまう。
もちろん優良な判定は貰えると思うけど、自分自身が納得できない。
あの美しい魔法陣を解き明かしたい。
それで依頼主の方が望む省力化まで実現したい。
でもそのためにはあと魔石が数百個はいるだろう……。
どうしたものか……。
「何を悩んでいるんだい?」
「クラム兄さま……」
帰宅してからも悩んでいる私にお兄様が声をかけてくれた。
いけない……。ちゃんと食事を採らないとまた叱られてしまう。
それで学院に行かせられないなんて言われてしまったら、研究なんかじゃなくなってしまう。
私は慌てて食事を終えてからお兄様に事情を話そうと思った。
「まだ婚約破棄を引きずっているかい?」
お兄さまは優しくなでながら話してくれますが。すみません、もう忘れていた……。
けど、そもそもまだお父様たちには説明もできていない。
もうそろそろ帰っていらっしゃると思うだけども。
「お兄様。本当に私は好きにしていてよろしいのでしょうか?お父様に弁明は……」
「いらないから。大丈夫だよ、可愛いエフィ」
「あっ……お兄様ったら」
優しく抱き寄せられ、額にキスされた。もう、お兄様。
彼は優しい。私にはなぜかわからないけど、とても優しい。
優しくて、頼りがいがあって、面白いお兄様。
なのになぜか結婚しないお兄様。
いつもつい優しさに甘えてしまう。
話すだけで落ち着くの。だから困ったことはいつも相談してきたし、いつも聞いてくれた。叶えてくれるかはまた別だけど、どうしたらいいかを一緒に考えてくれることもあった。優しいお兄様。
「実は魔石が足りないんです」
だから私は今日も相談してしまった。ただでさえお父様が旅行中でお兄様が家と領地の全てを取り仕切られていて忙しいのに……また甘えてしまったの。
「あぁ、なるほど。ヴェルト教授とエフィの二人で使うから消費が多いのかな?」
「はい……」
「では家から融通しておこう。あとで家のものに届けさせるよ」
「よろしいのですか?」
ビックリするほど簡単に片が付いてしまいそうだった。
「問題ないよ。魔石の採掘量は安定しているからね。そもそも王家との契約にある量の供給は毎年余裕で超えてるから、多少減っても問題ない」
「そうなのですね……でもよろしいのですか? 研究室では予算が……」
「なに。問題ないさ。君の魔法研究を応援すると決めている。なんなら屋敷にあるものは全部いいよ。ヴェルト教授の研究室に送っておこう」
申し訳なさも当然あったけど、私はお兄様の言葉に甘えることにした。
この恩は必ず返すわ。魔法研究を発展させることで。
優しいお兄様。たまに目が笑っていない時があって、少し怖がっていたこともあったけど、やっぱり優しいお兄様。
それにしても、どうして結婚されないのかしら?
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