教師近藤とライバル

 四十代の男性教師の大野邦彦は、幼い頃から目立つ存在でした。

 太ってはいないけれども平均をだいぶ上回る身長と体重に、どのパーツも大きくてはっきりした顔立ち、加えて、発する声や動作なども大きくダイナミックで、普通にしていても印象に残るのです。

 性格は、少々がさつと言えなくもありませんが、悪口を言ったり機嫌が悪いといったことがほとんどなく、気持ちのいい人間なので、生徒たちからの人気もまずまずでした。

 そんな彼が学校を異動になり、移った先の中学に、近藤がいました。

 邦彦はその豪快さを除けばノーマルですし、それまで出会った多くの人のなかにも、近藤ほど複雑怪奇な変わり者はいませんでした。彼は驚き、ただただ近藤への好奇心でいっぱいになりました。生徒たちは若くて慣れるのが早く、近藤を面白がる部分もあるものの、冷めた眼で見る割合が高いですが、邦彦は少年のような純粋さがあって、近藤に対する興味は衰え知らずなのでした。

「近藤先生、一緒にやりましょう」

「近藤先生、負けませんよ」

 そうして、他の教師たちは、どんな厄介なことに巻き込まれるかわからないので、なるべく近藤に関わらないようにしている一方で、彼はなにかと近藤に絡み、張り合ったりしました。

「ハハハ。こちらこそ負けませんよ」

 近藤も人間ですから、避けられるよりも、ふところに入ってくる邦彦を喜んでいる様子でした。


「大野先生、近藤先生のこと、かなりお好きみたいですよね」

「そうなんですかね」

 ある日、邦彦が廊下から職員室に入ろうとしたところ、中から近藤と若手の別の男性教師によるそんな会話が耳に入ってきました。

「そういや、大野先生と近藤先生は同い年じゃなかったでしたっけ?」

「ああ、はい」

「お二人とも存在感があって、生徒の人気もありますし、良きライバルと言えるんじゃないですか?」

 すると、それまで穏やかな感じだった近藤が、真剣な雰囲気になりました。

「いや、彼は私のライバルではありません。私のライバルは……」

 近藤はこぶしを握りしめました。

「ループタイです」

「え? ループタイ? それって、あの……」

「そうです。あの、ひもでできたネクタイです。あやつは一見するとダサいだけですが、妙に気になってクセになってしまう破壊力を持っている。くーっ、やりおる!」

 近藤はとても険しい表情になりました。

「あやつに負けないように、私は日々鍛錬しとるのです」

「はあ……そういえば、近藤先生はいつも普通のネクタイで、ループタイはしないんですね?」

「そりゃあ、ライバルを身につけはしないでしょう」

「そっか。そうですよね。ハハハ……」

 その話を隠れてではないですが聞いていた邦彦は、以降、近藤への過剰な関心はなくなりました。

 それは、自分をライバルと思ってくれなかったからなどではなく、ループタイがライバルというので、近藤が彼の理解の範疇から完全に手の届かない領域に行ってしまったためなのでした。

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