教師近藤とアルバイト

 近藤が大学生のときです。彼はアルバイトをやることにしました。

 そこで、住んでいるアパートからも通っている大学からも近い、コンビニエンスストアに申し込みました。

 まもなく面接が行われ、特に問題はなく、五十代の男性である店長の重松征史は採用するつもりでいました。

 ところが、すでにそこでバイトをしている、真面目でしっかり者の男子学生が同じ大学であるのに気づき、近藤のことを知っているか尋ねたところ顔見知りで、「あいつはすごい変わり者で、店にどんな不利益をもたらすかわからないから、雇わないほうがいいですよ」と答えたのです。

 アルバイトに応募する者が多数いるわけではなく、面接後すぐに採用を伝えてもよいのですが、後日電話することになっていたので、「助かった」となってもおかしくはなかったのですけれども、征史は優しい男で、通常はならない不採用にしてはかわいそうだという気持ちでした。それに、面接での印象は今までのアルバイト志願者の平均より良いくらいであり、採用しないほうがいいと進言した学生が近藤を嫌っているだけで、ちゃんとした青年かもしれないのです。とはいえ、本当に経営に支障を来すほどの厄介者ならば、やはり雇うわけにはいきません。

 悩んだ征史は、合否いずれにしても電話をしなければならない近藤に、現在の状況を正直に話してみることにしました。

「ああ、近藤くんかい?」

「はい」

「実はね、きみを雇うか、迷っているんだよ」

「はあ」

「この前の面接のときは問題ないと思ったんだけれども、ちょっときみの良くない噂を耳にしたものでね。それに対して反論というか、何か言いたいことはないかい?」

「なるほど……わかりました。それでしたら、うかがいますので、二次試験のような感じで、もう一度会って話をさせていただいてよろしいでしょうか? それを踏まえて判断していただくというので、いかがでしょう?」

「そうかい。悪いねえ。こちらがどうするか決めて伝えるべきところを、そんな提案をしてくれて。わざわざまた足を運ばせてしまって、本当にいいのかな?」

「はい。私はまったく構いませんので、お気になさらないでください。それでは二回目の面接もよろしくお願いいたします」

 その対応力や電話口の話しぶりなど、どれを取っても素晴らしく、征史は再度の面接でよほどのことがなければ採用しようと決心したのでした。


「悪い噂とおっしゃっていましたけれども、それは私が常識外れという話ではございませんか?」

 訪れたコンビニ内の一室で、近藤は目の前の征史に尋ねました。

「まあ、そんなところだよ」

「やはり。私はどうも個性が強いようでして、そのように言われる機会も多く、おそらくそういうことであろうと思いまして、私が信用に値する人間だとわかっていただくために、証人に来てもらいました。部屋の外で待ってもらっているので、ここに呼んでよろしいでしょうか?」

「え? ……ああ」

 予想だにしなかった展開で戸惑いながらも、征史はうなずきました。

「では。ヘイ、リンダ! カモン!」

 振り返って近藤がそう声を発すると、当時の彼と一緒の二十歳前後とみられる、ソバージュにしたロングヘアで、片方のひざに大きい穴が開いているジーンズを着用した、整った顔立ちの活動的そうな白人女性が、二人のいる部屋に入ってきました。

 征史が呆気に取られている間に、女性は脇に置いてあった店のパイプイスを黙って抱えて近づいてきて、近藤の隣にそれを置いて腰を下ろし、脚を組みました。

 近藤が彼女について紹介を始めました。

「今、私が呼びかけた通り、彼女の名前はリンダといいます。そう、あれは高校二年生の夏休み。私はかねてから自分と同様に情熱がすさまじい印象で興味のあったスペインに、誰を伴うことなく旅に行きました。そこで同じく一人旅をしていたこのリンダと出会い、意気投合して行動をともにしたのです。恋に落ちてもおかしくはなかったのですけれども、お互いに今回の旅は世界を見て自分を高めるためのものという意識で、ロマンスはその妨げになると感じて避けまして、現在も当時のままの良き友人関係です。彼女に私の人間性を語ってもらいますが、よろしいでしょうか?」

「……ああ……」

 何が何やら訳がわからない状態の征史でしたが、とりあえずこっくりと再び首を縦に振りました。

 するとリンダは芝居のような派手なアクションをしながら言いました。

「コンドーがクレイジーなんじゃないわ。コンドーといると、こっちがクレイジーになってしまうのよ」

 それだけ口にすると、彼女は沈黙しました。

「……」

 征史が困っているのを見て取った近藤は、リンダにささやきました。

「ヘイ、リンダ。もう一言プリーズ」

「え?」といった感じで表情をゆがめたリンダは、「仕方ないわね」という様子で大きく鼻から息を吐き、また言葉を口にしました。

「だからー、コンドーがクレイジーなんじゃなくて、コンドーといると、こっちがクレイジーになってしまうんだって、何度同じことを言わせれば気が済むのよ!」

 リンダはほおを膨らませて腕組みをし、顔をプイッと近藤のいる側と反対方向の横に向けました。

「オー、リンダ。ソーリー」

 近藤は両手を合わせて茶目っ気たっぷりな表情でリンダに謝罪すると、ぼーっと彼らのことを見ていた征史にも同じようにコミカルに謝るジェスチャーをしました。


 こうして、近藤はそのコンビニのアルバイトを不採用になったのでした。

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