教師近藤とお金

 沢井義成は中学二年生。放課後のクラスの教室で、彼はこれから三者面談を行うところです。

 三年生ともなれば進路のことがあって重要ですけれども、一年や二年での三者面談は教師と生徒と親が顔を合わせて日頃の学校生活がどうだといった話をする程度のものなので、軽い気持ちでいました。

 ところが、目の前に座っている担任教師、それは近藤でしたが、瞳を閉じ、机の上に置いた両手をがっちりと組み、とても険しい表情で、なかなか口を開きません。重い病気の告知をする医者のようなたたずまいで、義成は叱られることを言われるのではと不安になりました。

「お母さん」

 目を開けた近藤は、ようやくそう言葉を発しました。

「はい」

 義成の隣に座っている、彼の母親が返事をしました。

「私はニィサを始めようと思っています」

 真剣な、そして、とてもりりしい表情で、近藤は言いました。

「はあ?」

 義成の母は、そうなってしまうのももっともですけれども、すっとんきょうな声を出しました。

「ニィサとはあの、投資のやつですか?」

 ピンときた彼女は尋ねました。

「ええ」

 近藤は変わらぬ男前な顔でうなずきました。

「なぜこの場でそんな発言を?」

「私は教師で、安定した職業と言えますが、今のご時世、何があるかわかりません。やんちゃ盛りの中学生を相手にしていて、どんなトラブルに見舞われるやもしれませんし、仕事が多くて非常に忙しく、精神疾患を患う教員も少なくありません。ですから、ニィサで貯金を増やしたいと考えたのです」

 義成の母は軽くせき払いをしました。

「答えになっておりません。この場で話すことですか? それは」

「すみません、ご質問の回答は今から行うつもりでした。それでは申しますと、私は人から積極的と思われることも少なくないのですけれども、こと金銭面に関しては慎重でして。ニィサで扱われる商品はリスクがかなり小さいものの、ゼロではなく、やはりやめようかという弱気の虫が顔を出します。そこで、お怒りのように、私と深い間柄でもない生徒の親御さんに、とりわけ場違いなところで、『やる』と宣言することで、わざわざそんな発表をしたからには、もう後には引けない、そうした状況をつくったというわけです」

「まあ、馬鹿馬鹿しい。あなたの個人的な問題のために、私たちを利用したということなんですか!」

 義成の母は声を荒らげました。

「申し訳ございません」

 近藤は礼儀正しく、そして深く、頭を下げました。

 義成の母は大きく息を吐きました。

「まあ、いいでしょう。やってしまったことは仕方ありません。ケンカしてどうなるものでもありませんからね」

「ありがとうございます」

 そのお礼もまた、えらくしっかりしたものでした。

 何じゃ、こりゃ——。

 義成は、ほったらかしにされ、ぽかんと目の前のやりとりを見ているしかなく、そう思ったのでした。


 三者面談を終え、義成と母は帰路につきました。

「あんたの担任、ずいぶんな変わり者ねえ」

 自宅のリビングで、母が義成に言いました。

「ああ」

 義成は生返事のような声を発しました。

「何よ、あんなに変なのに、薄いリアクションで。もう慣れちゃって、そんなに感じなくなってるの?」

「……うん、まあ」


 ハチャメチャな三者面談の出来事でしたが、行ったのが近藤であることを考慮すればたわいがないレベルであり、時間の経過とともに義成はすっかり忘れることも十分に考えられました。

 しかし、そうはなりませんでした。というのも面談後、徐々に近藤の様子がおかしくなっていったのです。

 いつもきっちり整えられていた髪がボサボサに乱れ、剃るのが面倒なのか無精ひげを生やし、きちんと食事を摂っていないようでほおはこけて、表情から生気が消え失せました。さらに、方々でカップ酒をあおる姿がたびたび目撃され、なかには彼が自動販売機のおつりの受け取り口に何度も手を入れているところを目にしたという人もおり、クラスの生徒たちは何があったんだと盛んに話題にしました。

 義成は、嫌な予感といいますか、思い当たることがありました。面談で投資の話をしてからのあの感じ。運用に失敗して、多額の損失を出したのでないか——と。

 そんな状況での夜に、自宅で母がしゃべってきました。

「義成。今日、買い物の帰りに、近藤っていったっけ、あの変な担任の先生を見たんだけど、なに? あの落ちぶれた様子は。そんで、公園のベンチにだらしなく座って、現実を直視したくないって雰囲気で、カップ酒をグビグビ飲んでてさ。あれは、昨日今日なったんじゃないわよね?」

「うん。ちょっと前から、どんどんひどくなっていった」

「そう。きっと、この前の三者面談でやるって宣言した投資で大失敗したのね」

 母は腕を組んで自信ありげに言いました。

「やっぱりそうなのかな」

「他に考えられる理由、ある?」

「いや。私生活なんかはまったく知らないけど、今まで一回もあんな状態になったことはなかったし」

「ただ、ニィサでああなったはずはないわ。あのとき自ら言ってたけど、ニィサの商品は安全性が高く、貯蓄から投資へというかけ声のもと、政府がやるのを後押ししてるくらいなんだから。おそらく、ニィサをきっかけにして、もっとリターンの大きい株とかに手を出したのよ」

「ふーん」

「『ふーん』ってあんた、気の抜けた声を出して、自分とは関係ないって軽く考えてるんでしょうけど、これは一大事よ。もし推測がドンピシャだとしたら、いくらニィサではなくても、それ絡みで多額の損失を生んだことが世間に知れ渡りでもしなさい。何をしてくれるんだと、国家ににらまれる可能性だってあるんだからね」

「ええ?」

 義成はそんな馬鹿なというリアクションをしました。

「それはこの物語、つまりは私たちの存在も危うくなりかねない……」

 母は独り言のように小さめの声で言いました。

「はあ?」

「ううん。まあ、それはいいわ。だって、あんたの担任の先生、それ以前に一人の人間としても、あんな状態なのを放ってはおけないでしょう。明日、私、学校に行くから。また三人で話をするわよ」

「えー」

 義成はやめてくれよと思いました。

 しかし、彼の母、名前は敬子といいますが、何やらやる気満々といった態度で離れていってしまいました。


 次の日、学校で一日の授業が終わり、放課後に義成が教室にいると、廊下から声がしました。

「義成」

 開いているドアのほうへ視線を向けると、それは敬子でした。

「なに、本当に来たの?」

 義成は近づいて話しかけました。

「当たり前じゃない。待ってて、あの先生を呼んでくるから」

 敬子は職員室へ歩いていきました。

 放っておけないったって、どうする気なんだ? と義成は険しい表情で首をひねりました。

 そうして、敬子が近藤を連れてきて、義成以外の生徒は部活や帰宅などでいなくなり、面談のときと同じく、教室は三人のみとなりました。

 学校という場所、義成だけとはいえ生徒の前、加えて敬子に説得のような言葉をかけられて来たというのに、近藤はここでもカップ酒を手にしています。

「あんた、酒はやめなさいと言ってるでしょ!」

 まるで彼の妻の感じで敬子が止めました。

「うるせっ、バーロー。酒飲まねえでやってられるかってんだよ」

 そしてまたグビッと一杯口にしました。

 敬子はガミガミ言っても近藤をいらだたせるだけと考えたのか、落ち着いた態度になってしゃべりました。

「先生。あなたがそうなってしまったのは、以前この場所で私たちに『始める』と高らかに宣言したニィサをきっかけに、リスクの高い金融商品に手を出したからなんじゃありませんか?」

 近藤は、やっと自分のつらい気持ちをわかってくれる心優しい人に出会ったといったふうに、シュンとおとなしくなりました。

「ええ、おっしゃる通りで。お金はほんと魔物ですな。儲けられるかもしれない領域に一歩足を踏み入れたら、もっともっととなってしまうのですから」

「借金はしているのですか?」

「はい。ざっと見積もって、数百万というところでしょうか」

 敬子は腕を組み、片方の手を名探偵とでもいったようにあごに当てました。

「教師の給料で少しずつ返していけば、完済はできるでしょう。とはいえ、負債を長い期間抱えているのは精神的に良くないわ。息子を預けている親として、安心できませんことよ。それで、私、考えて、ひらめいたんですの。どうやらあなた、ギターができるそうじゃありませんか」

「ええ、それが何か?」

「歌で一発当てるんですよ。私も、独学でそこまで達者ではないものの、ピアノが弾けます。義成にボーカルになってもらって、スリーピースバンドでデビューするんです。今はネットでいくらでも存在を知ってもらえますし、口うるさいPにごちゃごちゃ言われないためにも、インディーズで活動するのがいいでしょう」

「ちょっと待って、俺がボーカル?」

 母親と担任教師が一緒にバンドデビューするだけでも突拍子もない話なのに、何も聞かされておらずにそのバンドのボーカルとしてさらっと名前をあげられて、義成は慌てました。

「なるほど。そいつはいい考えだ」

 近藤は一気に酔いが醒めた様子で、勇ましい雰囲気にもなりました。

「ただ、あなたの演奏、そして何よりバンドの華であるボーカルの歌唱力は、大丈夫なんでしょうな?」

 なぜだか上から目線という感じにまでなって尋ねました。

「私は問題ありません」

 敬子も近藤に負けじと堂々たる態度で答えました。

「息子は、カラオケで聴いたことがある限りでは、まあ、ギリといったところですが、他に目ぼしい人が思い当たらないので、大目に見ていただけませんか?」

「う~ん、そうですね、仕方がない。ルックスもギリのギリですけれど、歳がいっているより若いほうがいいから、許しましょう」

 こっちは無関係のあんたの借金返済のために駆りだされようとしてんのに、なんで偉そうなんだよ! と義成は憤りました。

「せっかくですので、私、シンセサイザーを使おうかと考えていますのよ」

 敬子が近藤に言いました。

「ほお」

 近藤は感心したような顔になりました。

「ところでお母さん、シンセサイザーって何ですか?」

 今、「やりおるな」みたいな表情したくせに、それに音楽に詳しい感じだったのに、知らねえのかよ! とまたも心の中だけで義成はツッコみました。

「多分ですけど、キーボードの一種でしょう」

「ほほう。いいですな。おしゃれな響きだ、シンセサイザー」

「ええ。かっこいいわ、シンセサイザー」

 アホみたいな会話すんな(義成の心の声)。

「曲は、私が作りましょう」

 近藤がそう口にしました。

「なら、私はバンドの名前を考えますわ」

 相変わらず張り合う態度で敬子が返しました。

「よっしゃ! そうと決まれば、あとは自分の持っている力を出しきるのみや。やったるでい!」

 近藤は腕まくりをして、いかにもおっさん的な張り切りポーズをきめました。

「そうや! ゴー、ゴー!」

 敬子も、満面の笑みで、ダサく右手を振り上げました。

「何なんだよ、もう。めちゃくちゃだ……」

 義成は一人頭を抱えました。

 彼が以前「あんたの担任、変わってるわね」と敬子に言われたときに生返事だったのは、敬子も負けず劣らずの変わり者ゆえ、「あんたが言えることかよ」と呆れたからだったのです。

 その最凶コンビと一緒に、しかも勝手がわからない音楽で、活動する羽目になり、義成はげんなりしたのでした。


「『すげえな、お前のギターテク』、『すげえぜ、お前のドライビングテク』、『財テクならお手のもの』……。どんだけテク好きなんだよ」

 自宅で、近藤から渡されたデモテープの楽曲のタイトルを見て、義成は言いました。

「だいたい、何が『財テクはお手のもの』だよ。思いきり借金つくっといて」

「まあ、そう言いなさんな。歌はタイトルよりも中身。詞とメロディ、それにあんたの声が人々の魂を振るわせられるかよ」

 敬子がやってきて、そばに腰を下ろしました。義成とは正反対で、現在の状況をとても楽しんでいる様子です。

「バンド名だけど、『変人と親子』でどうかしら?」

「いいんじゃない」

 異常なところが多過ぎて、もう義成はまともに相手にするのをやめたのでした。


 とんでもないことに巻き込まれてしまった義成でしたけれども、実は歌うのは好きで、敬子にはギリなどと言われましたが、歌唱力に対する自信もけっこうありました。

 また、音楽となると熱さが尋常ではなくなる近藤の妥協なき指導があり、彼の作った曲もタイトルは別にして悪くなく、収録した歌声や演奏は思いがけずかなりの出来となりました。

 そして、それをネットで公開しました。

「これ、いけるんじゃないかしら」

 敬子が明るい声で言いました。

「ね。ちょっと恥ずかしいけど」

 ここにきて初めて義成も前向きになりました。

「ああ。きみたち、よくやったぞ」

 近藤はバンドのリーダー気取りで、この計画開始当時からなお一層男前な顔つきになっています。

「さてと。これでもう街を素顔では歩けなくなるだろうから、深さがある帽子と色の濃いサングラスを買わなきゃな」

 彼は完全に勝った気でいました。

「おおっと、ふところに入ってくる大金のことを考えて、よだれが」

 近藤は口もとをぬぐいました。

「やーだ、先生ったら」

 敬子は人差し指だけ立てて動かすという、ティーンエイジの少女っぽい、とても可愛らしいツッコミをしました。

「ワーハッハッハッハッ!」

 続けて二人はタイミングを合わせたように同時に大笑いしたのでした。


 しかし、いい気分になったのはほんの一瞬でした。世の中そんなに甘いものではなく、彼らが発信した曲やミュージックビデオは見向きもされなかったのです。

 すると、近藤と敬子が仲たがいを始めました。

「こりゃ、シンセが素人だったのがまずかったな」

 近藤が、敬子のほうに視線は向けず、冷静な分析といったふうにして、きつい一発をかましました。

「はあ? あんたの作った曲がクソたいしたことなかったからでしょうよ!」

 敬子は、思いきりやり返しました。

「なにー! この、おばはん!」

「言ったわねー! この、おっさん中のおっさん! おっさんの二乗!」

 み、見苦しい……と、簡単に心が折れ、相手に責任をかぶせ合う、しかもそれが自分の親と担任教師という現実に、義成は絶望的な気持ちになりました。

「やはり、中坊とおばはんとのバンドじゃ、ファンの付きようがない。これからは一人でやらせてもらう」

 近藤は言い放ちました。

「望むところよ! こんな窓際サラリーマンみたいな容姿の中年男とじゃ、人気になれるわけがないもの。こっちこそ一人でやるわ!」

「ガルルルル」

 二人はにらみ合う闘犬のようになって、そううなり声をあげました。

 そんな光景にも、どうやら今の話だと自分はここから抜けることができそうで、義成は少しほっとできたのでした。


 そうして、近藤と敬子はそれぞれ一人で制作してレコーディングした楽曲をネットで発表しました。

「ふん。今まで私がいたからド素人でもなんとかなっていたのに。誰がこんなひどい歌を相手にするものか」

 近藤は、曲も、それを奏でるパフォーマンスも、敬子の変人っぷりをよく表した動画を余裕の表情で眺めていました。

 ところがしばらくすると、その敬子の歌う姿をたまたま目にしたアイドルの女のコが「面白い」と自身のSNSに書いたことで火がつき、ブレイクしたのです。

 一方の近藤はというと、さっぱりでした。彼も素直にやれば同じ展開となった可能性がありましたが、借金返済のために売れ線を強く意識し、中途半端に音楽センスもあったので、真面目な良い曲の度合いが大きかったのでした。それだと、プロなどのもっとレベルが高いほうを皆聴きますから、成功するわけはなかったのです。

 この結果によって、三人のときバズらなかったのも近藤が駄目だったせいという感じになりました。

「ぶっ」

 ある日、外を歩いていた義成は、近藤がまた以前の、いえ、もっとひどくすさんだ格好となって、公園のベンチでカップ酒をあおる姿を目撃しました。

「あちゃー」

 もう救いようがない、と義成は頭をかいたのでした。


 そんな酒浸りで、相変わらず公園のベンチで酔っ払っていた近藤のもとに、ラフな服装で、ちょっと怪しげな、中年の男が近づいてきました。

「すみません、近藤さんですか?」

 男は見た目と違い、とても礼儀正しく尋ねました。

「ああ? 誰だぁ? おめえは」

 近藤は乱暴な態度で訊き返しました。

「私、こういう者でして」

 男は名刺を取りだして、近藤に渡しました。そこには、江田島という名前と、出版社の代表であることが記されていました。

「代表ぉ? 社長さんか? あんたは」

「はい。といっても、少人数の小さな会社ですから、たいしたことはありませんけども」

「そのあんたが、おいらに何の用だぁ?」

「実は近藤さんの、失礼ですが、人生を転落したお話をうかがいまして。どうです? その件について執筆して、我が社から書籍を出版しませんか? だいたいの経過は聞かせていただいておりまして、絶対に売れると思うのです。成功者なんてのは所詮才能による部分が大きく、あまり他人の参考にはならない。それよりも失敗した人の話のほうが役に立ちます。加えて、他人の不幸は蜜の味という言葉もあるように、失敗談を人は好みますからね。お名前など近藤さんに関わるものはすべて仮名にしますのでご安心なさって、事実をお書きくださるだけでいいんです。もちろんきちんと印税を支払いますから、たくさん売れれば借金は完済できますし、そうなる可能性は大だと踏んでいます」

「ええ?」

 出版社の社長が自信を持っているのですから期待できますし、そこまで売れないとしても印税がもらえる以上、借金の負担が軽減されるのは確実です。夢のような話に、近藤は驚きました。

「……その、聞いたって、誰に?」

 興奮して、スムーズでないしゃべりで問いました。

「沢井敬子さんです。彼女から話をうかがい、近藤さんが見つからなかった場合、この公園を覗いて、酒を飲んでいる人がいたら、その人で間違いないからと言われて、今声をかけさせていただいたわけです」

「……」

 近藤は口をあんぐりと開きました。


「敬子さま~」

 沢井家にものすごい勢いでやってきた近藤は、出迎えた敬子に抱きつかんばかりに愛嬌を振りまきました。

「おー、よしよし」

 それを敬子は犬を手なずけるようにして応じました。

「キャイン、キャイン」

 近藤もその気になって、もはや完全に犬と化しました。

「わっ」

 そこへ来た義成が、眼前の恐ろしい光景に声を漏らしました。

「あ、おぼっちゃん」

 近藤は義成に気づいてそう口にし、近寄ってきました。

「おぼ……」

 担任教師におぼっちゃんなどと言われて動揺する義成に、近藤は菓子折りを差しだしました。

「バンドの際はお世話になりやした。これ、おまんじゅうでゲス。敬子さまとお食べになってくんせえ」

 それを見た敬子がしゃべりました。

「あら。私、あんこ大好きなのよ。調べたのか知らないけど、よくやったわ。おー、よしよしよし」

「キャイン、キャイン」

 またもペットを可愛がる飼い主と喜ぶ犬といった構図となり、義成はドン引きしたのでした。


「でも、あんなに険悪な関係になったのに、なんで先生のこと助けたのさ?」

 近藤が帰ってから、義成は敬子に訊きました。敬子が良さそうな出版社を探し、近藤の転落話を本にするようアプローチするのを見ていたからです。

「言ったじゃない。息子の担任なんだし、一人の人間としても、あんなズタボロの状態なのを放ってはおけないって。それに……」

「それに?」

「見たでしょ、あの、犬になった近藤先生。ああいうみっともない姿になるのを目にしたかったから。にしても、想像以上の情けなさだったわよね。今思いだしても笑っちゃう。アーハッハッハッハー!」

 敬子はこれでもかというくらいの高笑いをしました。

 その姿に義成は、「俺、何回引けばいいんだよ」と思いながら、やっぱりドン引きしたのでした。


 その後、敬子と江田島がにらんだ通り、近藤の本は売れ、借金は無事に全額返済できました。

 すると近藤は、散々義成にこびへつらっていたのが(学校では抑えていましたけれども)、完全に以前の教師面に戻りました(教師なので当然といえば当然ですが、露骨にすっぱりと)。

「やあ、沢井くん、おはよう」

 朝、顔を合わせて、近藤が義成に言いました。

「……おはようございます」

「おやー、元気がないんじゃないか? ゲームのやり過ぎで、夜更かしでもしたのかな? 駄目だぞー、コラ。アーハッハッハッハー!」

 こうして、近藤もまた高笑いすることとなりました。

「……」

 義成は、もう近藤と敬子の狂った行動に巻き込まれずに済むよう願ったのでした。


 それからしばらくして、近藤が自宅で新聞を読んでいます。

「なになに、金(きん)の価格が過去最高、そして金は安全な資産、か……」

 彼の目がキラッと光ったのでした。

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