探偵は友を弔う
どんより堂
序章
我が友人にして、稀代の名探偵である成神尊は、部屋にいる五人のひりついた視線を浴びながらも、何も言わず、ただかすかに笑みを浮かべていた。
手がけている事件が彼の手によっていよいよ解決に至ろうというとき――つまり、関係者を一同に集め、彼の頭の中で考えていたことが開陳されようとするときに、よく見られる光景だった。
切れ長の瞳に上品な顔立ち、男性にしてはやや長い髪が、彼の神秘性をより際立たせている。名探偵は沈黙をもって、謎解きという祭祀の準備を整える。
成神が何を言おうとしているのか、犯人だけでなく、真実を知らない関係者からしても不安と怒りが湧いてくるのは当然のことだろう。それこそが、名探偵の狙いだった。よきにつけ悪しきにつけ、関心を自らに引き寄せようというのだ。
ただ、成神の友人であり助手であり、たまに伝記作家として小銭を稼いでいる私――浮田紘一には、いつまで経ってもまるで慣れることがない状況だった。
視線を向けられる回数は成神よりもはるかに少ないが、それでも居心地の悪さを感じる。
しかも、今回はこの冷え冷えとした沈黙が、かれこれ三十分は続いていた。
成神もよく黙って微笑んでいられるな、と感心してしまう。それは、彼につられて負の感情を増幅させつつも、言葉を口にしない関係者の方々も同じか。
私は内心でため息をついた。
ここはQ県天城市青雲町で一番の実業家、相澤一郎の邸宅。
被害者は、相澤一郎本人だった。七十七歳だが、まだまだ矍鑠としており、心臓を包丁で一突きにされなかったら、あと四半世紀は元気であっただろうという話だ。
この暖炉のある舞踏会が開けそうなほど広い居間にいるのは、成神と私、彼の子供三人に、使用人の二人のうち一人、そして依頼人である相澤家の顧問弁護士である鳥飼勲だった。警察は、今もどこかで必死に真実を探しているだろう。
暖炉の火が赤々と燃えていても、部屋の空気は寒々しい。
三十分の沈黙の間に、私は何度か成神に何か喋るよう目くばせをした。しかし、彼は涼やかな笑みをたたえたまま、ゆっくり首を横に振るだけだった。正直しんどい。
「浮田さん」
鳥飼が静かに私のそばまでやってきた。豊かな白髪と同じくらい立派な口ひげで、一見すると大人物なのだが、話してみるとその実なかなかの小心者で、依頼主ながら親しみを感じる人物だった。
「成神さんはいつ謎解きとやらをしてくれるんですか?」
まだ三十にも届いていない成神や私に文句を言うときでさえ、こうして敬語を使ってくれる。ただ、残念ながら、私は彼の期待に応える術がない。
「成神が真相を明らかにするのは、関係者が全員揃ってから。それが彼の流儀なんです」
「いないのは、曾根葉月――使用人一人だけじゃないですか」
「それでも、関係者は関係者です」
聞きとがめた何人かが、氷のごとき目を私に向けた。私も成神にならい、無理に微笑んでみせる。ただ、予想したとおりではあるが、威圧感はいささかも軽減されない。きつい。
「なあ、名探偵さん、飛行機の時間が迫っているんだ。そろそろなんとかしてくれないか」
今となっては珍しいほど油で髪を後ろに撫でつけた中年の男が、暖炉の上にも大きい時計があるにもかかわらず、ご自慢の腕時計を見せつけるように成神に食ってかかる。それに対し、成神は黙って首を横に振るだけだった。
「俺を疑っているのか」
「春夫さん、僕はまだ何も話していませんよ」
「じゃあ、誰を疑っているんですか」
春夫の弟、冬彦が爪を噛みながら、成神を睨む。冬彦は二十代半ばと、私たちと同世代のはずなのだが、目を隠すように長い前髪と、表情と声の抑揚のなさから、あまり親しさを感じられない。
「今はまだ言うべきときではない。それしかお伝えできません」
「私たちは父を殺したりしません」
長女の秋子は、私たちが捜査を始めてからずっと兄弟との不仲を見せつけていたのに、ここへきて突然博愛主義者に転向した。
春夫、秋子、冬彦。この三人の父親が、この屋敷の主、相澤一郎である。
彼が自室で刺殺体となって発見されたのが三日前。成神と私が鳥飼に依頼されてこの青雲町に到着したのは昨日のことだ。
青雲町は、県庁所在地から電車で三十分ほど、車でも一時間くらいのところにある。山や森も存在するが、大半はなだらかな平地に住宅が立ち並んでいた。四十年前はベッドタウンとして隆盛したようだが、当時の住民が高齢化し、代謝もうまくいっているとは言いがたい。昼間なのにシャッターの閉まった店、雑草が生え放題の一軒家、白い壁がくすんだアパートといったものが散見される。徐々に衰退が始まっていることを感じた。
そして、私の故郷だった。私は大学に入学してから八年、一度も帰ったことがない。こうした少し荒廃しはじめている光景を目にしても、懐かしさなど湧かず、奥底から噴き出ようとする負の感情を抑えるのに必死だった。
ここは思い出したくないものが多すぎる。こうして依頼がなければ、来ることはなかっただろう。しかし、そういった思いとは別に、私には青雲町でやらなければいけないことがある。今回の事件とは無関係だが、いつかは決着をつけるべき時が来るはずだ。
いずれにせよ、成神尊は私が青雲町出身であることも含めて、何も知らずに殺人事件を解決に導こうとしている。
相澤一郎の子供三人が沈黙したところで、鳥飼が私を肘でつついた。
「成神さんは本当に事件を解決できるんですか? こう言ってはなんですが、あなたがた二人はまだ若い。万が一、ということもありえますよね」
私はことさら微笑んでみせる。当社比三割増しの営業仕様だ。
「ご安心ください。成神は名探偵です。鳥飼さんもそう思われたからこそ、我々に連絡をくださったのではありませんか?」
「それはそうなんですが、うむ、まあ、そうですな……」
鳥飼が力なくつぶやく。
私は「大丈夫ですよ」と付け加えた。これは、本心だった。
関係者が全員揃わなければ謎解きをしない、という成神のこだわりのせいで私が責められることはよくあった。だが、気にならない。すべてが終わったあと、犯人以外は感心と満足のまなざしでもって、私たちを送り出してくれるからだ。この成神の妙なこだわりは、演出としてそこに一役買っていると思っている。
それに、成神と私は、今回よりも面倒な事件をいくつも扱ってきた。
鹿児島の空中密室殺人、新興宗教団体による遠隔呪詛殺人、千葉の古生代の地層から死体が発見された事件、世田谷の首切り魔。成神はそのすべてを解決してきている。
だから成神の探偵能力について、今回も私に不安はなかった。でなければ、助手兼伝記作家として彼のそばにいない。
ピンポーン、と純和風の屋敷には似合わぬ機械音が響く。
屋敷から庭を挟んでひどく遠くにある門より届いた、訪問者――おそらく、まだここにいないもう一人の使用人からの福音だ。もちろん、誰かにとっては世界の終わりを告げる天使のラッパだった。
「俺が出る!」
こんなことでもなければ絶対に動かなかったであろう相澤春夫が、逃げるように玄関に向かっていった。
「帰ってきたようですね」
成神の声は、はずんでいた。もったいぶるわりに、真相を話したくてうずうずしていたにちがいない。これも、いつものことだ。腹芸や詐術も一通りつかいこなすものの、根っこの性質は腹に溜めておけない素朴で単純な男である。
彼に関して言えば、それこそが彼を名探偵たらしめているところでもあった。偏見や先入観がない分、自らが得た情報を純粋に推理の材料として使うことができるのだ。……と、本人が以前言っていたのだから、間違いないだろう。
春夫が、来客を引き連れて戻ってきた。意気揚々と行った割に、苦虫を噛み潰したような表情だった。私は、もしかしたら彼は真犯人で、彼が使用人の顔を見た途端、いきなり自白するつもりになったのではないか、とさえ想像した。
彼の表情の理由は、すぐにわかった。
使用人が一人帰ってきたにしては、足音が多い。おまけに、ずいぶんと荒々しかった。待っている使用人は若い女性。ほとんど会話をしたことはないが、おしとやかで清楚で、こういってはなんだが、好みのタイプだった。けっして足をどしどし歩くタイプではない。
春夫に続いて顔を見せたのは、この事件を担当している刑事、柳川だった。考えてみれば、彼も真相を聞くにふさわしい人物だ。
成神が私の知らないうちに呼んだのだろうか?
私はすぐにそうではないことに気づいた――いや、これは直感にすぎないのだが。
足音から、来たのは柳川だけではないのはわかっていたが、彼の他に来たのは四人。その中に一人、見知った男がいた。
八年ぶりの彼の顔は、かつての温和さが完全に失われ、別人にも思えるほど険のあるものだった。かつてはなかった無精ひげも汚らしい。
私はこの事件がいつもと違うものになると感じた。彼が来ること自体はおかしくない。彼が昔と違って、今は『刑事』なのも知っている。にもかかわらず、私は出会うはずがないと高をくくっていた。考えることを避けていたのかもしれない。しかし、そんな夢想は破られた。男の顔を見た瞬間に、吐き気とともに、積み上げてきた怒りと憎しみが腹の奥底から噴き上げてくる。
「御舟傑」
私の口が、彼の名を吐き捨てた。
御舟は私を見るなり眉間にしわを寄せつつも、同僚を置き去りにして近寄ってきた。
「浮田紘一か。東京で面白おかしく生活しているはずのおまえが、なぜここにいる?」
「仕事で地元に帰ってきた。それだけだ」
「仕事?」
御舟が不審そうな目を私に向ける。こいつは昔から知識が足りない上に、血の巡りが悪い。私は手で成神を示した。
「名探偵・成神尊が、この事件の解決に乗り出した。すぐに、真犯人に出頭させるから、おとなしく警察署で待っていろ」
御舟の鋭い目つきが成神を向いた――と思ったら、すぐに私のもとに戻ってきた。
「素人のお遊戯に付き合ってやれるほど、俺たちプロは暇じゃない。悪いことは言わないから、さっさと荷物をまとめて東京に戻るんだ」
「――それは聞き捨てなりませんね」
笑みを湛えたままの成神が、いつの間にか私たちのそばに立っていた。
「確かに、僕たちは捜査のプロとは呼べないかもしれません。ですが、真実の究明においては、しばしばあなたがた警察を先んじることがあるのです」
御舟はつまらなそうに首を振った。
「高速道路で頻繁に車線変更をした場合としなかった場合で、どれくらい到着時刻に差が出るか実験した話がある。結果は、ほとんど差がなかったらしい。おまえたちのやっていることはそれと同じだ。警察が数分後に同じ結論に達するものを、わずかに先にわかったからといって素朴に喜んでいるにすぎない。はっきり言おう。おまえたち素人が事件の現場や関係者の人間関係をむやみにかき回さなければ、警察はおまえたちよりも早く真相にたどり着くんだ」
成神は御舟の悪口に同様のかけらも見せずに応じる。
「ならば、この相澤一郎氏殺害事件についても、犯人の見当がついているのですね?」
私は成神の言によって御舟の顔が悔しげに歪むと信じていた。しかし、実際は違った。呆れたようにため息をついただけだった。
「どこから話したものかと思うが……そんな事件は、正直なところどうでもいい」
成神の眉がわずかに歪む。
「人が死んだことを『どうでもいい』と表現するとは、ずいぶんとプロの感覚は世間一般からずれているんですね」
成神の皮肉にも、御舟の心は微塵も動かなかった。不機嫌そうに頭をかく。
「時間がもったいない。いつか遊んでやるが、それは今じゃない」
「負けを認めるのか、御舟」
私の言葉に、御舟はけだるそうに肩をすくめると、柳川含めて、部下にうなずいた。柳川と御舟の関係に、私は驚く。御舟がそんなに偉いとは想像していなかった。
柳川たちは、春夫、秋子、冬彦、三人の前に立った。
「なんだ、一体?」
「なにこれ、どういうこと?」
「僕は何もやっていない」
三人とも動揺している。移動しようにも、柳川たちがそれを制しているのだ。彼らは刑事たちの前で吠えるしかない。そこへ、御舟が面倒そうに言った。
「おまえら三人とも、逮捕だ。罪状は自分の胸に手を当てて考えろ」
相澤家の三人の子供たちは顔を青くして、御舟から顔をそむけた。
一方、成神は意外にも「なっ!」と興奮気味にまなじりを吊り上げている。
「正気ですか? 罪状を伝えることなく、三人をひとくくりにして逮捕してしまうなんて、まっとうな警察なら思いつきもしないことだ!」
そんな成神の怒りに対して、御舟は不快そうに鼻を鳴らした。不快なのはこちらのほうだというのに。
「悪いが、素人と議論をしてやれるほど、警察は暇じゃないんだ。見ろ、三人とも観念している。法律上の手続きを踏まないのは、彼らのプライドを守るだめに決まっている」
「プライド?」
「そうだ。人前で逮捕されるだけでも屈辱的なのに、一昨日やってきたばかりのよく知らない人間に自分の悪事を知られるのは、どれほどのものか想像できるか? 俺ならごめんこうむるよ。特に『依頼人』という身勝手な大義名分さえあれば、他人の事情に喜んで首を突っ込んでくる、おまえらみたいな相手にはな」
成神が強く瞬きをした。内部の怒りをどうにかして抑えたのだろう。きっと反論を練り上げてもいたはずだ。しかし、先に私が衝動に突き動かされるがまま、口を開いていた。
「御舟、私たちを鼻であしらおうとするわりに、随分と長々と皮肉るじゃないか。昔はもっと寡黙な男だったろう?」
御舟は私を睨みつけるだけだったが、成神のほうはなぜか毒気が抜けたような顔をした。
「そういえば……怒涛の勢いで流されてしまったけれど、浮田くん、君はこの御舟さんとどういう知り合いなんだい? 君らしくない物言いじゃないか。君はいつももっとジェントルだよ」
私も御舟を見る。冷静な彼が戻ってきたのがわかり、私の頭も急速に冷えていく。
「ああ、そうだった。すまん。言葉が足りなかったようだ。でも、詳しくはあとで話すよ」
「別に、今話してもらって一向に構わないぞ」と、御舟が余計な口をはさむ。「俺たちは、ここにいる三人を連行するんでな」
いつの間にか手錠をかけられていた春夫、秋子、冬彦を、御舟は部下に命じて外に連れ出そうとした。それはさすがに、成神も見逃せなかったらしい。
「待ってください! 相澤一郎氏を殺した犯人は、この中にいません!」
なんだか聞いたことがあるようなないような、非常にわからない言葉だった。正直に言って、成神が発したとは思えないほどまぬけなセリフである。
ただ、おかげですでに出ていこうとしていた御舟の足が止まった。身体の向きは玄関に向いたまま、顔だけ振り返った。だが、苦々しい表情でじっと成神を見つめるだけで、声を発しようとはしない。
その間に、相澤家の三人と他の警官たちは、出ていってしまった。
彼らが屋敷の戸を閉める音が聞こえてから、ようやく御舟の口が動き出した。
「逆に聞くが、おまえはあの三人がなぜ逮捕されたのか、本当にわかっていないのか?」
御舟は腕を組んだ。
「僕は知らないことを知っていると言い張るつもりはありませんし、恥じるつもりもありません」
「だが、知らないと素直に言えるほど、プライドが低いわけでもない、か? 俺がここにいるのは、相澤一郎の事件とはまるで関係がない。素人には、それで十分だろう」
御舟が吐き捨てる。さすがにこの侮辱に、成神は耐えられなかった。
「僕は鳥飼弁護士の依頼で、ここにいます。少なくとも、彼に対しては責任があります。相澤一郎氏の事件を解決することなく、あなたがたに従うわけにはいきません!」
だが、御舟は名探偵の憤怒でさえも、たやすく受け止めた。そして、いつの間にか部屋の隅に移動していた鳥飼を見る。
「警察に何か異論は?」
鳥飼は汗を流しながら、大急ぎで首を横に振った。
それを見て満足げにうなずいた御舟が、再び私と成神に向き直る。
「だとさ。そもそも、探偵というわりに、三人が犯罪者であることさえわからなかったなんて、無能にもほどがあると思うんだがな」
「私たちは、相澤一郎氏殺害事件のために、ここに来た」
私も黙っていられなかった。成神を侮辱することは、私を侮辱することでもある。
「事件にからんでいれば、きっと成神は三人の罪にも手が届いただろう。しかし、関係がないのであれば、推理する材料がないのであれば、成神が知っているほうがおかしい。貴様は、人間が神様ではないからといって糾弾するようなものだ。ただの揚げ足取り以下だ」
御舟は私を見て、薄く笑う。やばいくらいむかつく顔だ。
「わかった。教えてやるよ。春夫は元妻をストーカーし、あげく殺して山に遺棄した。秋子はひき逃げ死亡事故を起こしている。冬彦は麻薬の販売と詐欺グループの主犯だ」
「三人そろって、犯罪者……?」
成神の気持ちに同意する。子供のできが悪いにもほどがある。つい、部屋を見回してしまう。その口の中に炎を抱く暖炉、時の流れとニスによって渋い色に変化した木製の床、まぶしいほどの日の光を大量に室内へと招き入れる巨大な窓、漆喰の白さが美しい天井に、大きさは控えめでも豪奢さはかけらも妥協していないシャンデリア。
豪華で西欧の貴族趣味が繁栄されたこの部屋のどこにも、身勝手な殺人や下卑た詐欺の要素は見受けられない。もったいない。場違いな気がするが、そんなふうに思った。
御舟はつまらなそうに軽く頭を振った。
「おまえらが信じようと信じまいと、三人とも逮捕状が出ている犯罪者だ。どいつもこいつも所轄の警察が居場所をつかむのに難儀していたが、ちょうどよく彼らの父親が死に、彼らが集まる機会が生まれたので一網打尽にさせてもらった。これがプロというやつだ。もういいか? 俺たちは忙しいんだ」
「話は終わっていない」
今度こそ立ち去ろうとする御舟の背中に投げかける。
「俺の話は終わっているんだよ、紘一」
もはや御舟は振り返りもしない。だが、続いて成神も声をあげた。
「相澤一郎氏の件はどうするつもりです? 警察が何もしないのなら、僕がこの事件を引き取ります」
ため息と同時に、御舟が首だけをこちらに向ける。
「ああ……それはもういい」
「どういうことです?」
無意識だろうが、成神が一歩前に出た。
「相澤一郎を殺した犯人はわかっているんだよな、名探偵さん?」
成神は逡巡した。ここでどう返答しようとも、真相の開示としては非常に中途半端なものになる。それは、彼の信条に抵触する。しかし、結局は話すことにしたようだ。
「まだ帰ってきていない使用人の曾根葉月さんです。動機は復讐。彼女は相澤一郎氏の隠し子で、母ともども存在を黙殺され、不幸な人生を強いられてきました。最初から一郎氏を殺害するつもりで、正体を隠して使用人として働いていたんです」
興味が戻ってきたのか、御舟は再びこちらに身体を向けた。
「ほう。それはわかっていたんだな」
成神は眉をひそめた。
「まるで警察もわかっていたように聞こえますが?」
「そのとおり」
「では、すでに逮捕していると?」
「いいや」
成神は表情を緩め、息を吐いた。
「ずいぶんと悠長じゃないですか」
「あー……そのあたりは、お得意の推理とやらでわからないのか?」
成神は口角をあげた。
「挑発には乗りませんよ」
私にはわかる。成神は今も内心憤慨している。だが、私はそれ以上に、御舟の態度が不可解に思えた。そして、答えはすぐにわかった。
「曾根葉月は殺されたよ。小学校のそばで刺殺体となって発見された。相澤一郎とは無関係な事件の犠牲者になったというわけだ」
成神は面食らったらしく、完全に沈黙してしまった。私にも理解ができない。犯人が真相を暴かれる前に死んでしまうことなど、私たちには経験がないことだった。そんなふうに私たちが混乱している中、御舟は私の目を見て告げた。
「遺体のそばには、『泣いた顔』の落書きが描かれた紙が落ちていた。それだけじゃない。一緒に凶器の刃物も落ちていた。正式には鑑識の報告を待つ必要があるが、俺にはわかる。あれは八年前の連続殺人事件――『泣いた顔』事件で使われたもののひとつだ」
「え――」
自然と、私の口から漏れていた。自分でもわかる。これは驚きではない――歓喜。
「そうだ。あの殺人鬼が、ようやく活動を再開したんだ」
言葉とは裏腹に、御舟は眉間のしわをより深くした。
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