第14話 梓のお願い


寒さに震えていた梓は、マンションの一室で身を縮めていた。


二枚の毛布をしっかりと体に巻き付け、エアコンを最大温度に設定しても、室温は0度にすら届かない。


冷気が容赦なく毛布の中まで入り込んでくる中、彼女の体は止めどなく震えていた。そんな時、吾郎からの写真が目に飛び込んできて、彼女の目は見開かれた。


凍えるような寒さの中、吾郎が薄手のパジャマを着てステーキを食べ、ワインを楽しんでいる様子が映っていたのだ。同じマンションに住んでいるはずなのに、まるで別世界に住むかのようなその光景に、彼女の嫉妬心が激しく揺さぶられる。


彼女はすぐににメッセージを送った。


「いいわね、私もステーキ食べたいし、ワインが飲みたいなぁ!」

これで吾郎が気づくと思っていた。


以前なら、彼はすぐに駆けつけ、ステーキとワインを持ってきてくれるはずだ。だが、今の吾郎は冷ややかに返信するだけだった。


「食べたければ、スーパーに行けば?」


返信を見た梓の表情は凍りついた。


外はマイナス25度以下の極寒で、肌を少しでも露出すれば凍傷の危険すらあるというのに。


梓は苛立ちを隠せず、さらにメッセージを送った、

「加藤さんってば、あなた男じゃないわね!こういう時に優しさを見せるチャンスなのに、全然わかってないんだから!」  


もっとも、まだ彼女にはプライドがあった。ステーキや温かい部屋には憧れるものの、吾郎のことを結局スペアとしか見ていなかった。どうせ雪も数日で止むだろうと楽観視していたため、ついには言い出せなかったのだ。


一方で、吾郎は梓からのメッセージを無視し、携帯で近隣住民のグループチャットを開いた。グループ内では、自治会会長の林内花子が


「皆さん、心配しないでください」

と、住民たちに自宅待機を促していた。


「ただの寒波ですから、せいぜい二、三日で収まります」


「物資の買い占めはやめて、政府の指示を信じてください」


「自治会も皆さんをサポートいたします。どうか指示に従ってください」


それに対し、住民の中から疑問の声が次々に上がる。



「こんな大雪、いつ止むのか見当もつかない。物資の備蓄がなければ不安です」


「明日になったら、きっと食料の値段が跳ね上がるに違いない」


住民の不安が高まる中、林内花子はさらに強い口調で言い返した、

「皆さん、そんな買い占め行動は、かえって混乱を招くだけです!」


「物資を買い占めは他人の迷惑です。自治会長として看過できません!」


そんな花子の態度に吾郎は辟易していた。今日は氷河期の始まりの日、外の寒さが尋常ではないため、実際にはスーパーの物資もまだすべてが買い尽くされているわけではなかった。


このタイミングで大雪に耐えながら外出すれば、凍傷のリスクはあるが、物資をある程度備蓄するチャンスは十分にあった。だが、林内花子の脅しが効いて、多くの住民たちも寒波もすぐに収まるだろうと安易な期待を抱き、外出して物資を買いに行くことを控えていた。  その結果がどうなるかは、容易に想像がつく。


そう考えていた時、花子が突如として矛先を吾郎に向け、名指しした、

「加藤さん、あなたは物資を大量にため込んでいると聞いています。このような状況でそんな行為は地域に不安をもたらします。これ以上の買い占めは控えてください」


「もし今後、あなたが物資を買い集めているのを見かけたら、自治会会長として容赦しませんよ!」

 

吾郎はその発言に顔を曇らせた。以前に物資を要求してきた際に断ったことを根に持っているのか、今回も機会を見つけては遠回しに嫌味を言ってきた。


だが、終末の到来で自治会などもはや空気同然だった。彼は冷笑しながら返信した、

「林内さん、今回の雪がいつ止むか、誰にも分からないでしょう?もしこの寒波が長期化して、物資が不足したら、その責任を負えるんですか?」


吾郎の問いは、多くの住民たちの心を代弁していた。彼らも花子の言葉に不満や不安を感じていたが、自治会会長である彼女に反論するのをためらっていたのだ。


吾郎の言葉に住民たちは同調し、次々と反発の声を上げ始めた、

「そうだ、物資を準備できなかったら、一体どうするつもりなんだ?」


「林内さんがその責任を取ってくれるのか?」


住民たちの反発を受け、心中で動揺しながらも吾郎への怒りをさらに募らせた。


「加藤さん、今は冷静に対応すべきです。住人の不安を煽る行為は法律に触れる恐れがありますよ」


寒さに震えながら身を縮めている花子は、怒りに震えつつ画面を睨みつけた。


「加藤め、何様だと思っているのよ。後で痛い目に合わせてやるわ」


そんな彼女の心中を見透かすかのように、吾郎は笑い声を上げた。小さな権力を振りかざして威張り散らそうとする花子の姿は、この状況下では滑稽でしかなかった。


「ご心配には及びません。外は極寒で、わざわざ出かけることなどしませんよ。どうぞご自由に!」


すでに十分な備えを持つ吾郎にとって、外出して物資を求める必要はない。しかし、花子の言葉を鵜呑みにして何も手を打たない者たちが、今後どうなるかは目に見えていた。


吾郎は心の中で冷ややかにため息をついた。氷河期の到来により、この先、多くの人々が凍死や飢餓に苦しむことになるだろう。


中には前世で自分を裏切り、命を危険にさらした住人たちも含まれている。彼らがどうなろうと、今の加藤には微塵の同情も湧かない。


吾郎は決意を新たにする。


この極寒の中、自分だけは暖かく、快適に生き延びてみせるのだ、と。







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