第9話 倉庫視察

銃の調達が順調に進んでいることに吾郎は安堵し、気が楽になっていた。世界の終わりにおいて、火器があることで、人間相手でも未知の敵相手でも圧倒的な自信を持てるのだ。


 翌日、吾郎は家の中の重要な物品を自分の空間に収納し始めた。家をセーフハウスに作り変える予定のため、一時的にホテルに滞在することにしたのだ。


 早朝、家の前に三台の黒いワゴン車が到着した。TGN社の施工者たちが次々と降り立ち、家を測量して回った。その様子を見た近隣の住人たちは、好奇の目を向けていた。


「最近の加藤さん、ちょっとおかしくなってない?なんでこんな変なことばかりやってるのかしら?」


「確かに!先日スーパーで、三台分のカートに山ほどの食糧を買い込んでたし!」


「ははは!まるで世界の終わりが来るとでも思ってるのか、あんなに買い込んで腐らせちゃうんじゃないの?」


「ま、精神的におかしくなったんじゃないか?」

住人たちは、吾郎の異常な行動に理解を示さず、噂話のタネとして楽しんでいるようだった。梓や雅香でさえ、どうかしていると考えていた。


「なるほど、あの日、三ツ星レストランに行ったのも精神的な問題だったのかもしれないわね」

と雅香は、半ば今気づいたかのように言った。


一方、梓は顔をしかめてあまり良い気分ではなかった。あの日、自分から吾郎に声をかけて買い物を手伝ってやったのに、無駄に疲れてしまったことを思い出し、腹立たしさを感じていた。


「全く、吾郎って何を考えてるのかしら?」

と彼女は苛立ちを隠せなかった。


雅香は少し心配そうに、

「でもさ、大盤振る舞いしてくれるって言ってたんだから、さすがに忘れてないよね?」

と呟いた。


彼女はずっと三ツ星レストランでの食事を楽しみにしていたのだ。梓は鼻で笑って、


「あんなおかしな奴に奢られたって嬉しくないわ。最近は特に様子がおかしいし、誘われても行かないわよ」

と言い放った。


「こんな奴と一緒に食事してるところを見られたら恥ずかしいだけだしね。私、将来はもっと上層階級の人たちと付き合うんだから」

と彼女は強く思っていた。


 雅香も同調したが、少し未練はあった。それでも梓が言うことには従い、諦めるしかなかった。


吾郎は周りがどう思おうと一切気にしていなかった。いずれ、誰が正しくて、誰が愚か者なのかが明らかになることを知っているからだ。


 家を出た吾郎は、車を走らせIEONの倉庫へ向かった。月曜日で、仕事に向かうついでに、倉庫をしっかり確認しておこうと思ったのだ。


IEONの倉庫は東京の郊外に位置している。地価が安いため、大手企業の倉庫が集まっている地域でもあった。中には医薬品を扱う企業の倉庫もあり、吾郎が特殊な薬品を手に入れるのにも都合が良い。


IEONの倉庫に到着すると、いつも通りタイムカードを打ち、仕事を始めた。吾郎はこの倉庫に長年勤務しており、倉庫の中の隅から隅まで知り尽くしていた。


どの棚に何があるか、どの扉がどこに通じるか、すべて頭の中にインプットされている。日頃なら、このルーチンは飽きるほど経験している彼だが、今日は違っていた。


広大な倉庫に積み上げられた莫大な物資の山々を見て、心の中で興奮が抑えきれないのを感じていた。間もなく、これらの物資は全て自分のものとなり、世界の終わりにおいて最も重要な生活資源となるのだから。


IEONの関東地区の中央倉庫であるここには、生活に必要な物資が山のように揃っている。広さは百万平方メートルを超え、食料、衣類、日用工具はもちろん、自動車、無人機、ディーゼル発電機、そしてドラム缶入りのガソリンまで揃っている。スーパーにあるようなものなら、この倉庫で見つからないものがない断言できる。


監視カメラの位置、そして隙をつく方法も長年勤務している吾郎なら手に取るように知っていた。倉庫は厳重に監視されているが、彼はカメラシステムの脆弱性を熟知していて、10分もすればシステムを一時的に停止させることができる。


そうすれば、自身の空間にすべての物資を一気に収納できるのだ。とはいえ、今すぐに手を出すつもりはなかった。まだ時間は十分にあり、無駄なリスクを取る必要はない。


今日は状況確認だけに留め、実行までにゆっくりと計画を練り直しておくつもりだった。


倉庫内を一通り見回した後、吾郎は隣のINNS医薬会社の倉庫に向かった。顔見知りのスタッフが働いており、特にマネージャーの相田とは何度か会話を交わしている仲だった。


相田の義兄はINNGグループの副社長で、その役職を利用して薬品を横流しすることも少なくないという噂を聞いていた。


相田に話しかけ、吾郎はさりげなく目的を伝えた。


急病に対応するための特殊な薬をいくつか手に入れたいという注文だが、相田は最初は警戒したが、市場価格の倍の額を提示されると、欲望に抗うことをやめ、五箱分の薬を1千万で手に入れるという条件で契約が成立した。


 こうして吾郎は、物資の用意をほぼ整えた。


残り1か月ほどで終わりが訪れることを知っている彼には、もはや仕事を続ける意味は薄れていた。早速、社長のオフィスに向かい、身内の不幸を理由に20日間の休暇を申請した。


普段からの誠実さもあり、あっさりと休暇が認められた。


吾郎は休暇を高級ホテルで悠々と過ごし、物資の到着を待ちながら、セーフハウスの完成を見守るつもりでいた。吾郎がオフィスを出る時、梓がコーヒーマシンの前で腰をくねらせながら、コーヒーを注いでいる姿を目にした。


彼女は知らず知らずのうちに、男を誘惑するような色気が漂わせる。その場に、すでに何人かの男性が集まり、嬉しそうに彼女に話しかけ、コーヒーを入れるように頼んでいた。


群がる男たちの中には、北山真越の姿もあった。彼はこれ見よがしにライブチケット振りかざし、梓を誘っていた。


その顔を一目見た瞬間、嫌な記憶が頭をよぎった。北山は近隣の住人でもあり、前世で「ミキ」を剥皮する冷酷な一味の一人だったことを思い出したのだ。


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