憎悪を愛する少女

透乃 ずい

第1話

 それはある冬の終わりのことだった。


 この場所に来てどれくらいたったかは分からない。とてもとても暗く、とてもとても長い時を過ごしてきたから。



 でもその時だけは世界が明るくなった。



「……」



 布団から抜け出し、光が射しこむ障子窓を開ける。



「ちよ、どうした?」



 背中から大きな腕に包まれ、窓から遠ざかる。


 でもその手を伸ばして拒んだ。



蝶華ちよか


「……うめ」


「梅を見たいのか?」



 こくりと一つうなずけば、リトは私の体を抱きかかえてくれた。


 リトというのはこの家の偉い人。



「今日は新しい奴が来るからそれまでの間な」



 リトに抱えられたまま、部屋を出て縁側から庭に出た。


 カランコロンと下駄の音が響く。


 寒空の下、雪がまだ残る庭に綺麗な一凛の梅の花が咲いていた。



 手を伸ばし、花に触れようとした指をリトの手が止める。



「触るのは許可してねぇよ」


「……」


「お茶に出すから我慢しろ」



 リトは優しい。


 でも、一凛の花に触れることすら許さない彼の愛はとても重い。



美琴みこと様、これより先は──」



 みこと?


 そんな声が遠くから聞こえた瞬間、リトの手に力が入る。


 それは同時に暗く狭い世界に引き戻される合図だった。



 衣擦れの音に、障子を通して入る少ない光。


 リトの汗が頬に落ちてくる。



「ちよ」


「……」


「ちよ、愛してるよ。蝶華ちよか、俺だけの胡蝶こちょう


「……」



 体中に残される跡は消えたことがない。

 消えかけてもまた、毎日のように付けられる。



「失礼します。朝食をお持ちいたしました」



 梅のお茶。


 淡く色づく綺麗なお茶。



「立ち去れ」



「ぁ……」


「あとで俺が作ってやる」



 手を伸ばしても、もう届かない。


 光すら遮断するように、リトは私の目を絹の布で覆った。

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