The Black Catfish 〜最強詐欺師が異世界でも騙しまくる〜
望月シン
プロローグ
「賢者様、賢者様————」
扉の前で一人の少女がひれ伏している。
神々しくも見える見事な造形の石扉。
遺物のように年季を感じさせるものの、その石肌には風化が見られない。
壁掛けの松明の火が反射して、ところどころ光り輝いている。
まるで神が作ったかのようなその扉の前で、給仕服を身に纏った少女がただ祈りを捧げていた。
「賢者様、賢者様、どうか知恵をお与えください」
目を瞑り、手を固く胸の前で組む。
給仕服の裾が汚れることも
彼女にとって、服が汚れることも糸がほつれることもいつものことだ。
生まれた時からこの服一着しか与えられず、布を継ぎ足してはなんとか使っていた。
少女は暗闇に囚われている。
寒さに凍え、
体を縮こませてなんとか眠りについたとしても、すぐに仕事の時間になる。
奴隷として、ここに生まれついた少女の運命は、決まっているも同然だった。
だから彼女は、暗闇の中で唯一光るその扉に祈った。
扉に向かって、そしてその向こうにいると言われている
祈りを捧げていれば、いつか救われる。
扉を開け、救ってくださる。助けてくださる。
それこそ、母が少女に残した唯一の救いの言葉だ。
賢者様を信じ、賢者様を待つ。
母は死ぬまで、その言葉を少女に説き続けた。
何を信じればいいのかも分からなかった少女は、言われるがままに賢者を崇拝した。
本当にいるのかも分からない存在に、明日は、明日こそはと救いの手を伸ばすのみだった。
少女の唯一の救いは、賢者様に賢者の世界へと連れていってもらうこと。
きっと賢者様は慈悲深い心で、私を連れていってくださる。
御伽話に出てくる王子様のようなお方で、優しい手で私の手を包み、新しい世界へと
牢獄とも言えるこの場所から少女が脱する方法は、それしかなかった。
少女は石扉の方を縋るような目で見つめた後、目を閉じる。
明日も朝から仕事が待っている。
一刻も早く休養を取らねばならない。
少女は裾の汚れを叩いて立ち上がり、扉の前を離れようとした。
その時————何かが擦れるような音がかすかに鳴り響いた。
「……?」
聞き慣れない音に少女は立ち止まり、音の出どころを探す。
するともう一度、そしてはっきりと、賢者の扉の方から音が鳴り響いた。
「まさか————」
少女が生まれついてから今まで、扉は沈黙を貫いてきた。
どれだけ祈りを捧げようとも、扉は何一つ反応を示さなかった。
そんな賢者の扉が、今はっきりと音を立て、
石が地面を擦る音は決してまやかしではなく、少しずつ動く振動で部屋が揺れている。
次第に扉の両面がこちら側に迫り、中心に一筋の光が見える。
少女は再び座り込んで、その扉を凝視した。
今までずっと待ち望んでいた。
母の言葉を信じ続け、毎日礼拝し、その時を待った。
これで私は救われ————
「このクソ野郎が!!!」
一瞬にして、扉が
片方の石扉が少女のすぐ横を風を切って通り過ぎ、おもちゃのように転がっていった。
「……え?」
全く予想していなかった状況に、給仕服の少女は唖然とする。
開いた、というより
そうしていると、ザッという足音と共に、壊れた扉の奥から人影が迫る。
光の奥から現れたその人物は、なんだか
上から下まで黒い装束に黒い
尖ったような髪の毛は明らかに重力に逆らって固まっている。
口元になぜか白い棒を咥えており、煙がとめどなく吹き出す。
手元には黒光りする妙な形の道具が握られていた。
この薄暗い部屋の暗闇の中でも、その黒い男は存在感を放っていた。
空いた口が未だに塞がらない少女は、その男を見てこう思った。
(ぜ、絶対、騙された〜〜!!)
正魔歴581年。
500年の封印が解かれ、ついに賢者の扉が開かれたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます