ゲーム内に閉じ込められたはずなのに普通にログインもログアウトもできる不思議な話
めの。
第1話
『君たちはーーーーこのゲームに閉じ込められたのだ』
魔法使いの持っていた杖は地面へと呆気なく落下し、戦士は兜を投げつけ悲鳴が上がり混乱の渦が広場を包み込んだ。
泣く者、喚く者、怒る者、嘆く者達の中で。
「ん、ん? んー…」
いつもゲームを終了する時のセーブポイントは、何の問題もなく稼働しているように見えた。
◇ ◇ ◇
何か悪い奴っぽい黒い太陽みたいなものが長々と説明をしている中、セーブポイントに近づいてみる。普通にセーブができ現実世界に戻ってこれた上、ゴーグルも無事に外せた。なんだこれは。とりあえず、もう一度ログインしてみると。
『というわけで、この世界は我々が支配しーー』
まだ話が続いていた。校長先生かな。
それはそれとして、広場に集まっている百人程度はまだ混乱の最中にいた。誰か気付けよ。
「えっと……あの、すみません」
「いやぁぁあ……ん? はい、なんですか?」
演技か何かだったのか急に正気に戻られた。
「セーブポイント開いてますよね?」
「ええ、開いてますね」
「普通にログアウトできますよね?」
「ええ、できますね」
「?」
「?」
待て待て待て、なんだこれ。俺おかしいこと言ってるか?
「泣かなくても……ログアウトすれば良くないですか?」
「?」
「?」
話が通じなかった。なにこれこわい。
そんなわけで怖くなったので、その日はログアウトして、置かれていたご飯を食べて用を足して普通に眠ることにした。
◇ ◇ ◇
そんなわけで次の日。またゲームにログインしてみたが。
「俺達……これからどうなるんだろう」
「戻りたい、戻りたいよぉ……」
「怖いー!」
まだ続いていた。いや、戻れるよな。俺がおかしいのか?
何かのイベントなのかとも思ったが、お知らせ欄にも何も出ていない。話を聞いていなかったせいで、何をすればこのゲームから出られるのか(出れるんだけど)も分からなくなっている。
とりあえず普通の状態に戻ってほしい。ログインボーナスとかどうなってるんだろう。
「あの、すみません」
「うわぁああ……はい、何でしょう」
「あれ、そんなに怖くないですよね」
「そうですね」
「なんで怖いフリなんか……」
「フリじゃないですよ」
演技かと思っていたがどうも違ったらしい。
「私達はアレが本当に怖いんです」
セーブポイントも問題なく使えるのに、それを知ってもいるのに、このプレイヤーはそんなことを言う。
「出入り自由にできますよね?」
「ええ。できますね」
「しないんですか?」
「できないんですよ」
できるのにできないとはこれ如何に。
「出入りできるのは、俺だけ? とか」
「いいえ、みんなできますよ」
俺が特別というわけでもなかった。問答みたいになってきたな。
「できるのにしないんですか?」
「できるけどできないんですよ」
「できるけどできないって?」
「そのままの意味ですよ」
戦士は優しく笑う。
「あなたもそうでしょう?」
俺は違うんだけど。
なんとなくその言葉を言うのが憚られて。その日もまたログアウトして、置かれていたご飯を食べて用を足して普通に眠ることにした。
◇ ◇ ◇
次の日。またゲームにログインしてみる。昨日と同じ。怖がっている人たちはそのまま。何をするでもなく、ただ黒い太陽を怖がっている。
「あの、すみません」
「ううぅ……はい、何でしょう?」
「アレ、そんなに怖いんですか?」
黒い太陽を指差せば、魔法使いの彼女は大袈裟に怯えた。
「どうして怖いんですか?」
「どうしてでしょうね。怖いです」
理由もわからず、ただただ怖がって何もしない。
「あなたも同じでしょう?」
その言葉に、今度は答えてみることにした。
「俺は、怖くないですよ」
その言葉に彼女は微笑む。
「本当に?」
「本当です」
「本当に?」
しつこいくらいに聞いてくるので、もう一度黒い太陽を見てみる。別にこちらを攻撃してくるわけでもない。こんなの別に怖くも何とも。
「あ」
黒い太陽は形を変えていた。
「怖くないなら、あそこまで行けますよね」
セーブポイントも。見慣れた姿に形を変えて。
「怖くないなら、そこから出れますよね?」
聞いてくる彼女の顔は、ゲームキャラのものではなくクラスメイトの真田麻央のものへと変わっていた。
戦士も僧侶も盗賊も商人も賢者も。
すべて、すべてが俺の見知った人の顔へと変わっていた。
「怖くないんでしょう?」
黒い太陽は学校へ。
「いつでも出入りできるんでしょう?」
セーブポイントは俺の部屋のドアへ。
形を変えて、俺に問う。
「できるけどできない。それだけですよね」
ある日、学校へ行かなくなった。
いじめられたわけでも、死ぬほど嫌いな奴がいたわけでもない。
ただ、遅刻しそうで。今日はもういいかって。
そう思って、次の日も同じで。そうしているうちに一週間が経って。行きづらくなって。生きづらくなって。
親ともなんとなく話せなくなって。ダラダラとゲームだけは惰性でやって。離せなくなった。
「なんでかできなくなってるだけです。できるのに」
できるのに、できない。
「きっかけがあれば、とは思っているんですよ。みんなそうなんです」
きっかけなんて、ない。
仲の良いクラスメイトや先生が来てくれても母親が話しかけてくれても手紙が届いても、それはきっかけにはならなかった。
「何がきっかけか決めるのはあなた自身だから」
だから、きっかけなんてない。
「私はそうして生きてしまった。そのまま生きてしまった。そのまま生きて、死んでしまった」
生きていても、死んでいるようなもの。死んでいるように生きて、そのまま死んでしまった。
「後悔しても取り戻せない。どうしようもない私が望むのは、同じ人を作らないことだけです」
いつのまにか、真田の顔ではなくなった彼女は告げる。
「私と同じにならないでください。何でもいい。楽しいことをするだけでもいい。ゲームでもテレビでも何だっていいんです。何かひとつ今日はやったなと思えるだけでいい。楽しかったことがひとつでもあればいいんです。クソみたいな過ごし方をした一日でも、あの時バカだったなと笑える一日であってください」
惰性だけだった私は、今思えば何もなかった。何も残らずにここまで来てしまったから。
悲しげに言う彼女に、かける言葉は見つからない。
「若いことはそれだけで取り返しがつくんです。今はまだ実感できなくても、歳をとって何もできなくなった時に痛感します。でも、そうなったら、本当に取り返しがつかない」
次第に、その姿はぼやけていく。ゲームの世界全体がぼやけて消えていく。
「ゲームは元は戻ります。楽しめるなら続けてください。ただ、もし惰性なだけなら、少しでも私の言葉がきっかけと思えるのなら」
彼女は笑う。
「できることを、ひとつでいいからやってみてください」
人にとって、何でもないことでも。
あなたが勇気を出して何かできたなら、それだけで。
そう言って、彼女が消えてしまった世界で目を閉じた。目を開けて、ゴーグルを外せばいつもの部屋がそのままある。惰性で過ごした、いつもと変わりない、きっとこれからも何かない限り変わりなく存在するこの部屋。
気配がないことを確認して、また置かれていた食事を取る。昨日何を食べたのか思い出せない。ただ食べるだけだった食事。
ハンバーグにウインナー、甘い卵焼きに豚汁にりっちゃんサラダ。
子供の頃、俺が好きだったものばかりだった。
◇ ◇ ◇
結局、俺は馬鹿だからまたいつも通りゲームにログインして。
前ほど楽しめなくて。すぐにログアウトした。
そもそも、楽しかったのも一年前くらいのような気がする。それからは、ただダラダラと続けて、つまらなくはないけれど楽しいまではいかなくて。
深呼吸をして、部屋のドアを開ける。
いつも食事の時には開けている。なんてことはない。あとは、踏み出すだけだ。
一歩一歩、別に長くもない廊下を歩いて、階段を降りる。
「え……? 裕翔?」
驚いた母さんの声に心臓が掴まれたような気分になる。
大丈夫、大丈夫だ。
「あ、の……」
大丈夫。声だって出せる。大丈夫。
「明日、寒くなるん、だって」
本当は、ご飯のことを言いたかったのに。
なんでこんなことが出てきてしまったんだろう。
「そっかぁ……。じゃあ、そろそろこたつ出さないとね」
別に、母さんは久しぶりなのに。いつもと変わらなかった。
「まだ早いよ……」
少し笑えて、涙が溢れた。
何もできていない。何もできていないかもしれないけれど。
できることをできただろうか?
クズみたいな日々を過ごしたとしても。
そんな時もあったなと笑えるように。
くだらない一歩を、ようやく踏み出した。
ゲーム内に閉じ込められたはずなのに普通にログインもログアウトもできる不思議な話 めの。 @menoshimane
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます