おめでとうと言わせて

小狸

短編

 *


 友人が、漫画の新人賞で佳作を取った。


 業界では一番と言っても良い有名週刊少年誌に、その名前が記載されていた。高校の同期の一人で、週刊少年誌を毎日購入して学校に持ってきている奴がいて、偶然見つけたのである。


 僕もその雑誌を購入して確認したから間違いない。


 すごいと思った。


 祝おうと思った。


 しかし、僕の口から出た言葉は、僕の想像の範疇から外れていた。









? 









 完全な祝福ムードであった、はずだった。


 どうして僕の口から、そんな言葉が出たのかは分からない。


 僕がそう言うと、皆は一瞬固まった――ような気がした。


「……いや、すげーよ」


 一人が否定した。


 すると否定は、徐々に広がっていった。


「だって勉強と両立して漫画も描いてたんだろ」


「そうだよ。成績だって悪くないし、それって相当頑張ったってことじゃん」


「佳作っつったって、何百って中から選ばれてそうなったんだから、十分すごいと思うよ」


「それに、今まで誰にも漫画を描いてたことを話さなかったってのも、格好良いよな」


「そうだよ――漫画の投稿は描ければ誰にでもできるけど、選ばれることは誰にでもできないだろ」


 と。


 僕の口から出た言葉に対して、皆は良い反応を示さなかった。どころか、僕のその言葉を掻き消さんばかりに、良い言葉をつらつらと並べていった。


 否定、否定、否定。


 僕の学校は、進学校である。


 生徒のほぼ全員が、大学に進学する。


 そんな中で、彼――今回漫画の佳作を取った彼は、別段美術選択ということもなく、大して目立たず、何か取柄があるかと言われれば成績が人より少し良いというくらいの、そんな奴だった。


 そしてもう一つ、追加で情報を、加えるとするのならば。


 僕もまた、彼と同じように漫画の新人賞を狙って、皆には秘密で投稿しているということだった。


 僕は一度も、佳作にも入ったことはない。ないのだから、編集から電話が来たことも勿論ない。中学生の頃から、漫画家になりたくてずっと努力してきた。時間を惜しんで、勉強と並行して漫画を描いてきた。誰にも褒められず、誰にも認められず、それでも頑張りたいと、夢を叶えたいと思っていたからである。


 それを。

 

 こうもあっさりと、クラスメイトに越えられてしまって。


 飛び越えられてしまって。


 自分の努力は、頑張りは、精進は。


 何の意味もなかったと思わされてしまって。


 僕は、通常の精神ではいられなかった。


「っ…………」


 その場に居づらくなって、僕は思わず、教室から外へ出た。


 足早に廊下を歩いた。


 徐々にスピードが速くなっていった。


 靴を履き替えることも忘れ、上履きのまま、昇降口から外に出た。


 学校の南側は駅があって栄えているけれど、北側は田んぼしかない。


 田んぼ道の方に走った。そう、その時点では、僕は走っていた。いつの間にか、走っていた。走らずにはいられなかった。


 走った。


 走った。


 走った。


 走った。


 走った。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 僕は、叫んでいた。


 その咆哮に、どのような意味があるのかは、僕にも分からなかった。


 空を見た。


 僕の混沌とした心持ちには似合わぬ、快晴であった。


 どうしてだ。


 なぜなんだ。


 何もかも。


 何もかもが、自分の敵のように思えた。


 ぐちゃぐちゃの理性を置き去りにして全力で走って、やがて限界が来た。


 僕も運動部という訳ではない、僕の全力に、体力が追い付かなかった。


 徐々にスピードを落として、畦道に腰かけた。


「ふぅ……ふぅ……」


 息を整えるまでに、相当の時間を要した。


 落ち着いて見渡すと、知らない景色が広がっていた。


 どうやら相当突っ走ってしまったらしい。


 もう休み時間は終わっているだろうが、そんなことは僕にとってはもうどうでも良かった。


 僕よりも、頑張っていた。


 僕よりも、努力していた。


 僕よりも、才能があった。


 それが結実したというだけの、ただそれだけの話じゃないか。


 なのに。


「あは……あははは」


 僕は小さく笑った。


 そして気が付いたら。


 僕は泣いていた。




(「おめでとうと言わせて」――了)

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