第46話 ミームの脅威

   【 LOG:タイチョー 】


 ナインが茫然自失となり、まるで別人のようになってしまった。年長者であるにも関わらず、彼にかけるべき言葉すら見当たらないとは、不甲斐ない限りだ。

 ナインは結局、昨晩から戻ってきていない。

 何事もなければいいが……。


 それにしても、ユダ殿の言葉には驚かされた。


 まさか、この現実が作り物だとは……。

もしそれが本当なら、両親は無事ということになる。

 今ここにいる自分の意識が消えるのは正直怖い。だが、本当の世界が守れるならば大した問題ではない。

 現実世界を救うためにも、ナインには立ち直ってもらわなければならないのだ。


 ところで、このホテルの朝食は絶品だ。さすが、かつて『天下の台所』と呼ばれただけのことはある。

 特にこの『タコのみ焼き』は別格だ。

お好み焼きにタコが入ることで旨みが倍増している。アクムさんも朝早く出かけたので、食べていないだろう。

 ナインとアクムさんの分を取っておいてあげよう……。


「ただ、一人きりというのは寂しいものだな!」

 独り言のつもりだったが、前に座っていた宿泊客が驚いてこちらを振り返る。声が大きすぎたか。


 頭を掻きながら会釈をし、残りのタコのみ焼きに手を付けたその時だった。不意に激しい揺れが襲ってきた。


「きゃあ!地震よっ!」

 テーブルにあった食器が床に落ち、陶器が割れる音と宿泊客の悲鳴が朝食会場を満たしていく。


「皆さん、落ち着いて! 慌てると怪我をしますよ! 順序よく外に避難しましょう!」

 こういう時、自分の大声は役に立つ。瞬く間に会場内は落ち着きを取り戻した。

 とはいえ、揺れはまだ続いている。ホテルの免震装置が許容を超えるほどの揺れなのか?


 宿泊客を避難させ、自分も外に出た時には、すでに揺れは収まっていた。が、

 次の瞬間、断末魔とも取れる複数人の叫び叫び声が辺りを埋め尽くした。


 ── 何が起こっている!?

 声のする方向へ駆けつけると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。


「なんだ!このミームの大群は?!」

 幹線道路の中央、破壊された地面から無数のミームが湧き出し、人々を襲っていたのだ。

「なんて事だ!」

 武器を持っていたのは幸運だったが、中央塔が封印されているため、力が十分に出せない。それでも、見過ごすわけにはいかない!


 弱点は確か、中心だったはずだ!

と、ミームの中心をめがけて武器を突き立てると、「ブシュウゥゥ……」という呻き声と共にミームは白くなり、動きを止めた。


── よし!戦える!

「皆さん!急いでここから離れてください!」

 パニック状態の人々に向かって精一杯叫ぶと、辺りに蠢くミームの注意も引けた。

 だが……。


「なんて数だ……。100体はいるか!?」

 次々とミームの中心を狙って攻撃を繰り返すが、

「くそっ!数が多すぎるぞ!」

 数体は倒せたものの、あっという間に囲まれてしまった。


「まいったな。これは万事休すってやつか?」

 ミームの群れが四方からジワジワ迫るなか、武器を握る手に汗が滲む。

 もうダメかと思ったその瞬間、目の前のミームが青い炎と共に蒸発した。


「タイチョー!大丈夫っ!?」

 そこには、刀に青い炎をまとわせ、次々とミームを灰にしていく女性剣士の姿があった。

「アクムさん!助かりました!」


 尋常ではない速度と火力でミームを圧倒するアクム。以前とは比べ物にならないその強さに目が奪われてしまった。


「どうしてミームがこんなに……。タイチョー、みんなを避難させてあげて!」

 アクムが振り抜いた刀から青い炎を纏う衝撃波が放たれ、退路を切り拓く。


「皆さん!こっちです!」

 残っている人に避難を呼びかけて誘導を始めた時だった。信じられない光景が目に飛び込んできた……。


「ナインっ!!危ないっ!!」

 自分の声にアクムも反応して目を向ける。

そこで目にしたものは。


── ナインが。ミームに飲み込まれた瞬間だった。


「ナインっ!!」

 アクムがナインを飲み込んだミームに拳をねじ込む。そして、ミームの核を握りつぶすと白く変色し活動は停止した。


「ナイン!どこにいるのっ!」

アクムがミームを慎重に切り刻むが。

「ナインが……いない……そんな……」

 そんな呆然とするアクムを、残ったミームが取り囲み襲い掛かる。


「アクムさん!危ない!」

 無数のミームが彼女を覆い尽くしたが、次の瞬間、すべてのミームが消し飛んでいた。

 そのアクムの太刀筋は、自分にはまったく見えなかった。


 ミームはすべて殲滅されたが、ナインの姿が見当たらない。目の前が真っ暗になるような絶望感が押し寄せてくる。


「ナインが……いないの……」

 アクムの表情は凍った様に硬く、粘液まみれになりながら探し続けるなか、不意に聞き慣れた声が背後から響いた。


「心配せんでええ!ナインは生きとる」

 いつの間にか、アクムの隣にリヴィアが立っていたのだ。

「どういうことなのっ!?ナインはどこに!?」

 アクムがリヴィアの肩を掴み、問い詰める。

「アクムちゃん、そんな怖い顔せんといて。せっかくの美人が台無しや。ナインは……」


 しかし、不意にリヴィアの言葉が途切れる。話の途中だったが、彼女は空を見上げると独り言のように呟いた。

「よくここがわかったやないの……」


 そしてアクムに向き直り、「ちょっと知り合いから連絡や。説明はあとでちゃんとするから、先にホテルに帰っとって」と告げると、リヴィアの姿は霧のように消え去った。


「ちょっと!リヴィア!どこ行ったのよっ!ナインは無事なの!?」

 アクムは叫ぶが、その声は空に吸い込まれ、返答はなかった。



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       Access

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   ── 通信を開始します ──


 お久しぶりやね。よく、うちの座標がわかったやん。元気にしてるん?


「俺はアルトを追っていたんだ、そしたら、あんたがいるじゃないか! それより蛇。アルトに何をしたんだ?」


 その呼び方……可愛くないわぁ。うちはリヴィアって名前あるんやから。

 お父さんの居場所も見つけられへんし、色々作戦が失敗して気が立ってるんやな、雷神さん。


「茶化すな。アルトがいれば、まだ計画の続行は可能だ!何処に転送したんだ!」


 死んでまう所やったから、無理矢理『現実世界』に送ったんや。

 でも、両親が目の前で死んでもて、本人の意識が不安定に、自分がどっちの存在か解らん様になっとる。

 せやから、『狭間』に引っかかってもた。


「蛇…お前が、無理矢理に干渉するからだ。本来であれば、ガーディアン達の計画通りに出身地で記憶が自然にアップロードされる筈だったんだ」


 いいや、他の世界線でもお父さんの思った通りにはならんかったんや。

 1番酷かったんは、あんたらにお父さんの居場所がバレて、イヴがぜーんぶ壊した物語やったなぁ。

 せやから、うちが干渉したんや。


「はぁ!? 物語って、どういうことだ?ところで、アルトは救えるのか?」


 もちろんや。うちに出来ない事はあらへん。

でも…うちだけじゃあ無理やわ。

それと、本人の意思が重要やな。


「具体的にはどうするんだ?」


 せやなぁ。アクムに狭間へ侵入してもろて、アルトを連れ戻すってシンプルな方法や。

 うちがエスコートするさかい、心配いらへん。


「そのアクムって、何者なんだ? 最近よくログに現れるが。この異常な反応は…… そいつも現実世界からの侵入者なのか?」


 あれ?知らんの? あんなにしてたのに。


「冗談にも程があるぞ。ともかく、蛇……。リヴィアさんよ。もう一度俺たちに協力してくれないか? お前の望む世界は用意してやると、『イヴ様』も仰っているんだ」


 あのプログラムを信じたらあかん。選ばれた人間だけでやり直すって言っても、先に待ってるんは、あんたら人類の滅亡や。


「クズを排除する事に何の間違いがある?選ばれた人間でやり直せば、きっとこの世界はより良いものになる!」


 不確定要素は必要なんやで。

人類の進化は変わりもんが切り開いて来たんやから。それに、真面目くんばっかりの世界なんて、何が面白いん?


「所詮、『データ』だな…。解らないだろう、弱者はどう足掻いても這い上がれない、その苦しみを。権力者の描いたシナリオ通りにしかならない、理不尽を」


 雷神さんはネガティブやな。弱者が強者を倒す物語が一番おもろいのに。だから、歴史上『英雄』と呼ばれるモンは、元民間人やろ。

 あんたも、自分で立ち向かったらええのに。


「もういい、俺は俺の理想がある。イヴ様の理想を実現させるという…その為にアルトは必要だ。何としてでも助けてくれよ」


 でも、このままやと、うちを敵に回す事になるんやで、うちは怖いで〜?


「イヴ様の望む世界でなければ、生きる価値もない。お前たちが現状を守るのなら、すべてをかけて、俺はあがなう」


 ええ覚悟や、惚れてまいそうやわ。

安心しい、うちは直接手を下さんから。

とは言っても、干渉せな『物語』が終わってまうから、しゃーなしや。

 本来、『人』の歴史に介入するほど、野暮やないからな。


「全く、前からあんたの話はよく分からねーな…俺はアルトと話がしたいんだ。戦うことになるなら、正々堂々戦う、救出したら伝えてくれ、セクター•トウキョウで待っていると」


 ええよ。うちが、あんたらを引き合わせたる。お互いの覚悟をぶつけたらええ。


 おもろい展開になりそうやわ。



   ── 通信を終了します ──

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