第45話 彷徨うナイン

     【 LOG:ナイン 】


 俺はホテルを出ると、あてもなく歩き始めた。自分の脚ではないかの足取りで、過ぎゆく見慣れた街並みが頭の中の記憶とぐちゃぐちゃに混ざり合って、視界がぼやけていく。

 目の前に広がる風景は、灰色にくすみ、まるでこの世界が色を失ってしまったみたいだった。


 俺には、やらなきゃならないことがある。

パンドラの破壊。現実をガーディアンから守るということ。

 でも、それは同時に、アクムとタイチョーの意識が消えることを意味する。すなわち『死』。つまり、俺が二人を殺すということだ。


 俺たちは、旅の終わりには一緒に肩を並べているはずだった。それなのに、俺だけが現実に戻るのか?

 自問自答を繰り返しているけど、答えなんて出ない。俺は、ただ都合よく『これが夢であってくれ』と願っているだけだ。


 いつの間にか、見覚えのあるマンションの前に立っていた。

「俺の……家」無意識に口をついて出た言葉。

エントランスに向かうと、扉が自動で開く。生体認証が反応して、俺が住人だという証拠を見せてくれる。

「帰ってきたんだ…」とつぶやきながら、エレベーターに乗り、いつもの部屋の前に立つ。プレートには『佐々木』の文字。


 扉を開けると、奥から「どちらさま?」と、女性の声が聞こえてきた。

 奥から姿を現した女性。母さんは、俺の顔を見るなり手で口を覆って、「アルトっ! アルトなのねっ!」と、その場に崩れ落ちる。

 その声に、父さんも奥から駆けてきた。

「ア、アルト!! 無事やったんか! その髪の色……。いや、無事で良かった!」

 そう言って俺を、強く抱きしめる。


── 帰ってきたんだ、本当に。

 でも、これまでのことが夢だったのか? 小波のように感情が押し寄せてきて、しかし悲しみは、すうっと消えていく。


 そうだよな……。 魔法のような能力なんて、現実味の無い力を使えるはず無いし。証拠にほら、石弾なんて飛ばせやしない。


 俺は、ジェネシスの大会の後、誘拐されて現実逃避の為に悪夢を見ていたのかも知れない。

 そう、ズイムと対戦し、敗北したあと言葉巧みに連れ去られて。


「アルト、怪我してない?お腹は空いてない?」

 母さんが泣きながら訪ねる様子に、迷惑を掛けたんだなぁ。と、罪悪感を感じる。

「ただいま。 心配かけて…ごめん。俺は大丈夫だよ。でも、悪い夢を見ていたのかな?疲れちゃったから、今日は休んでいいかな?」


 母さんと、父さんは涙を流し、『ウンウン』と、うなずいていた。

「アルト、今日はゆっくり休め」

 そう言って父が部屋に連れ添ってくれる。

自分の部屋のベットに入ると、懐かしく安心感に包まれるなか、瞳を閉じた。


「お休みアルト。ほんとに、良かった……」

 母さんの声が心に響く。

目が覚めたら、日常に戻れるのかもしれない。

 ああ、夢だったんだなって。




 翌日。濃い霧が立ちこめる朝だった。

窓の外の様子を眺めても、街の風景が見えない程の。


「おはよう。お腹空いたよ」

そう言って向かったリビングには、父さんと、母さんがいて。

「おはよう、アルト。よく眠れた?」

 二人で笑顔を投げかけてくる。

 テーブルには既にトーストと目玉焼きが用意されていて、今日の朝がとても幸せに感じられた。


「父さん、母さん。 夢を…見てたんだ。俺が世界を救うっていう。それが、とてもリアルでさ……」

 二人は黙って聞いてくれていた。

「でさ、世界を救う為、仲間を見殺しにしないと駄目なんだ。酷い選択だろ?」


 父さんは真剣な表情で「そうやな、普通、世界を救うが正解かもしれんが、仲間を見捨てる事は自分が救われないもんな」と、コーヒーカップを皿に置く。そして、俺を見つめると言った。

「落ち着いたらでええ、今まで何があったか教えてくれないか…本当に心配してたんだ」


 訪れる沈黙を破る様に、母さんが外を指差すと「アルト!外を見て!綺麗な虹が出てるわ」と、声を弾ませる。

 いつの間にか霧は晴れ、山の麓から虹が架かっていた。


 その直後の出来事だった。低い地鳴りと共に地面が揺れ始めた。

「地震か?!アルト、外に出るぞ!」父さんが叫ぶ。

「制震装置の異常かしら!?こんなに揺れるなんて!」

 混乱する母さんの手を取る父さんを先頭に、建物から避難するが外でもなお激しい揺れは続いていた。


「なんだ? あれは!」

 そこには俺の目を疑う光景があった。

地面が轟音を上げながら、隆起していく。

そして、その亀裂から溢れ、現れたのは ──。


『うもぉぉぉぉ!!』

 無数に湧き出るミームだった。それらは日光に当たると口が巨大化し牙が生えていった。


「アルトっ!逃げろっ!!」

 父さんが叫ぶ。

「何で?私達はちゃんと管理してたはずよ!どうしてこんな事に!」

 母さんが青い顔で湧き出るミームを見つめる。


 そうだったのか。両親の仕事『夜行性動物の管理』って、『ミーム』の管理だったのか。


 噴水のように地上に溢れ出るピンク色の波が押し寄せる。

 その現実離れした光景と、辺りで飛び交う悲鳴が、絶叫が。全てを飲み込んでいく。


── 人が喰われて……いる。


「早くっ!逃げるんだ!」 

 父さんはいつの間にか見た事もない銃を手に握り、ミームに向け放った。

 着弾したミームは白くなり、動きが止まった…が。


「父さん!駄目だ!数が多すぎる!」

 父さんと母さんは、あっという間にミームに囲まれてしまった。


── やめてくれっ!


 両手で石弾をイメージする。しかし、何も起らない。


── 俺は。


 大きく口を開けたミームが両親に迫る。


── 何も、救えないのか。


「アルト!逃げてくれ!」

「ごめんなさい!アルト。愛しているわ!」


 両親の断末魔が聞こえて。二人の姿が……。目の前で消えた。


── 夢だ。

   まだ、俺は。

    悪夢を……見続けてるんだ。


 ミームの群れが俺を取り囲む。

すぐ目前には大きく開かれたミームの口と牙が。


 そして、最後に聞こえたのは『バクン』というミームの口が閉じられる音。

 それを最後に、俺の視界は暗転した。

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