第41話 油断大敵

「ナイン!!防衛システムは頼んだわよっ!」

 前を走るアクムが、俺に振り返ると弾む声で言った。


 ── そうだろう、そうだろう!アクムはこの俺、『ナイン』が好きなんだからな! 間違っても、『アルト』なんて呼ばせねーぜ?


「ちょっと、ナイン?表情がとろけてるわよ!しっかりしなさい!」


 ──とろけているのは、君の心だよ…って、いかん、いかん。まだ中央塔の中だった!


「任せておけ!パンドラまで一気にいくぞ!」

 俺が走りながら腕輪に緑の矢をストックするなか、タイチョーは「ナイン! 前みたいに不意打ちにも備えてくれよ!」と、サムズアップし、それに対して頷き答えた。

「タイチョー、大丈夫さ!いつでも防壁は張れる!」

 腕輪に最大までストックされたのを確認すると、

「さあ!いくぞ!」

 防壁システムの配置されている階層の扉を開け放った……が。


「なんだ、あれは!」

 その防衛システムは異形の姿をしていた。

外装を覆う蠢く物体。それは防衛システムを埋め尽くす無数の天魔の上半身だった。

 それらが一斉に俺たちに視線を向ける。


 驚く間も無いまま、銃火器と弓矢が放たれる。完全に動きが読まれていたのだ。

 とっさにアクムは左腕からシールドを展開し、俺たちを守った。

「ナイン!気を抜かないで!」

「すまないっ!」

 俺は即座にストックした矢を放ったが、天魔に着弾すると同時に威力を失ってしまう。


 ── 何故だ? 俺の緑の矢は触手の天魔は勿論、パンドラの外装さえ貫く。天魔が防げるとは思えない。


 絶え間なく続く防衛システムの攻撃がシールドを襲い「ナイン!シールドが!」と、アクムは悲鳴に似た声を放つ。

 ヒビ割れていくシールドをみて、「くそっ!」俺は前方に防壁を展開したと同時にアクムのシールドが砕け散った。


「見た!? あの天魔、ナインの矢が当たる瞬間に、石みたいになってたわよ。まるで、この防壁のような……」

 アクムの防壁をなぞる指が止まる。


── まさか、防壁の材質がコピーされているっていうのか?


「ええ、考えている事は同じようね。だとすれば私の攻撃は通らない。注意を引くからナインはその隙をついて頂戴!」

 アクムが防壁の端に手を掛け、刀を構えた時だった。防壁に伝わる衝撃が明らかに強く、激しくなっていった。

「何が起こっているんだ?!」


 次の瞬間、思いもよらない事態に俺の思考が止まりそうになる。

 それは衝撃音と共に崩れ去る防壁。


── 俺の防壁が……破られた?

 そう、今まで天魔に一度たりとも破壊された事がない『壁』 それが、いとも簡単に崩壊したのだ。


 アクムも予想外の出来事に目を見開く。しかし、冷静にシールドを再度展開した。


 タイチョーは防衛システムに目を向けると、「おいおい、アレはまるで……」と、言葉を詰まらせる。

 なぜなら、タイチョーの視線の先、防衛システムに張り付いている天魔が両手を突き出し、そこには『石の様な弾丸』が生成されていたからだ。


「あ、あれは…… 俺の技じゃないか!」

 背中に冷たい汗が流れる。 アクムでさえあの弾丸は弾く事は出来ない。

「させるかよッッ!」

 天魔が形成途中の塊にむけ、俺は弾丸を放つと派手な衝突音と共に、相殺された欠片が弾け飛んだ。

 

「自分も天魔の攻撃を引きつけます! アクムさん、二手に分かれましょう! ナイン、頼んだぞ!」

 タイチョーは武器を握りしめると、アクムの静止を聞かずシールドから飛び出して行った。

 やはりというべきか、天魔の矢と防衛システムの銃口はタイチョーに向けられた。


「ナイン、あなたなら倒せるよね?」と、アクムは微笑んだあと「こっちよ!」と叫び、タイチョーと反対方向へ駆け出した。


── 中層での戦いに勝利した事で、これ以上の危険は無いと勝手に慢心してしまった!


「ナイン! 今のうちだ!」

 叫ぶタイチョーは弾丸を武器で弾き、致命傷を受けてはいないものの、身体の端々に傷が刻まれていく。


「その程度の攻撃、止まって見えるわよ!」

 アクムも防衛システムの側面に回り込むと、斬撃を繰り出す。だが、石化した天魔は切ることが出来ず、刃が弾かれてしまった。


 タイチョーとアクムを狙う敵の攻撃が二分化されたため、俺の正面は天魔の隙間から防衛システムの表面が露わになっていた。


「あの一点を……。貫く!」

 俺は、イメージが完成した緑の矢を、その僅かな隙間に狙い放った。

 その閃光は光る緑の尾を引き、防衛システムを貫く。 すると、張り付いていた天魔も消滅した。

 

「さすがナイン! やってくれると信じてたぞ」

 タイチョーが笑顔を俺にむけるが、その姿は傷だらけだった。


「済まない、油断していた」

 反省の念が口から溢れる。 アクムは「そうね、でも……」と、目を細めると言った。

「まさか、天魔がナインの技を使うなんて。これからは苦労しそうね」


 その後、たどり着いた最上階。何とかパンドラの破壊が完了するが……。

 アクムの言った、これからの中央塔で待ち構える天魔の事を考えると、寒気を覚えた。



「皆さん、ありがとうございます! 中央塔の中層が爆発したときはヒヤッとしましたが、ご無事で何よりです!」


 パンドラを破壊し終え、中央塔を出た直後、カグラが塔の前で出迎えてくれた。


「疲れた時は、甘いものが一番です!この地方に伝わる『オイリ』というお菓子をどうぞ」 

 そういって、袋に入ったカラフルな、ビー玉くらいの丸いお菓子を手渡してくれた。


「気がきくじゃない!カグラさん!」

 すぐさまアクムが口に運び、俺も続けて口に放り込むと。

 何だ!この軽い食感とほのかな甘み。ほろほろと口の中で崩れゆく感覚はまるで。

「煌めき舞い降りる……味覚の粉雪やぁ!」

 完璧とも思える食レポの反応を確かめるべく、二人に目を向けると、あまりの素晴らしさに言葉を失っている……いや。

「ナイン、知覚が粉々になったの?」

 ジト目をするアクムの反応からしてお気に召さなかったらしい。


「どうした!? ナイン!天魔の精神攻撃を受けたのか?」

 タイチョー。 その真顔が俺に精神ダメージを与えているよ。


 不穏な空気を読み取ってか、カグラは話題を変えてくれた。

「ところで、装備の方は如何でしたか?」

── カグラに貰った装備が無ければ負けていただろう。

 その感謝の言葉と共に、性能の報告を受けるカグラは本当に嬉しそうだった。


 その後、アクムがすぐにセクター•オオサカに向かう旨を伝えると、カグラは寂しげな様子で「もう、発たれるのですか。オオサカは大丈夫だと思いますが、これからの旅もお気をつけてください」と語った。

 カグラは俺たちに謝罪したあの日、天魔が残っていたSセクター•オオサカと、トウキョウへ、シールド技術を提供してくれていたらしい。今ではオオサカの地上では、人が暮らせる状態になっているとのことだった。

 しかし、S•トウキョウからは返答がなく、状況はわからないという。

 

 残る中央塔は、これから向かうオオサカとトウキョウ……。そして、アクムに聞いていたが、謎の球体と化しているナゴヤの3つだ。


 3人でカグラにお礼を述べ、アクセラレータに乗り込むと「カグラ殿は、いい人でしたね!」

 タイチョーがバックミラーに映るカグラの姿を見ながら呟いた。


 ── 初めから悪い奴なんていない。

何かのキッカケで人は変わってしまうのだろう。

 車窓から見える空に浮かんだ雲の様に、白く柔らかそうな心も環境の変化によって真っ黒な荒々しい雷雲に変貌するように。


 ウラギリモノは俺の記憶がオオサカで戻ると言った。

 その環境の変化が俺の心にどんな変化をもたらすのか。

 一抹の不安がよぎるが、『俺は俺のままでいる』そう固く心に誓った。

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