第42話 リヴィア

「『たこのみ焼き』って、美味しいのかしら?」


「突然どうしたんだ? アクムよ」


 車内で流れる風景を見ながら、アクムは遠い目をしていた。

「どう考えても小麦粉に小麦粉よね、あのCMも意味不明だったし……」


 そんなアクムにタイチョーはハンドルを握りながら「Sセクター•オオサカの名物ですな!美味しいという噂は聞きますが!天魔が封じ込められていれば、食べれるかも知れませんな!」と、豪快に笑った。


 S•カガワから一つ橋を渡り、今は『アワジ』という島を走っていた。ここはセクター•オオサカに属した観光地となっており、その自然を売りにしている。

 しかし、車窓から眺める山々は季節柄か寂しげな印象を受けた。


 ふもとに広がる雄大な海面には等間隔に巨大な三本羽の風車が連なり、音も無くゆっくりと回り、その動きはまるで、『先に進むな』と俺に語りかけているように思えた。


 ここには、中央塔のような大型の電波塔は無いものの、小型の電波塔が数機、太陽光と風力発電によって稼働している。

セクター外で、あの『触手の天魔』を例外として天魔には遭遇していないため、少量の電波では出現しないのだろう。


「タコのみ焼きって、よくCMやってたから気になってたのよね」

 アクムがカグラに貰った『オイリ』を無造作に口に運び、視線を外に向けがら呟く。

 その先には、浜辺に立つ和風の宿泊施設らしきものが見えた。


「ねえ、あそこに取り残されている人達はいないのかしら? 様子を見に行かない?」

 アクムの提案に異議は無い。

「そうですね!少し寄ってみますか!」

 タイチョーが建物に向けハンドルを切った。


 間もなく玄関に到着すると、昔の日本建築と云うのだろうか、瓦葺きの屋根と木造の建屋が目に入る。そして、駐車場には5台の車が停まっていた。

 ── 人が居るのかも知れない。


 大きな門型の玄関をくぐり、「こんにちはぁ! どなたかいらっしゃいますか?」と、声を掛ける。

 暫くののち着物姿の女性が姿を見せ、「いらっしゃいませ。よくお越しになりました。私はこの旅館『美鶏荘』の女将、アオと申します」と、透き通る様な声で迎えてくれた。


「すいません、お客じゃないんです。今、ここに泊まっている人たちは無事なんですか?」

 そう女将に向けて訊ねると、


「はい、現在10名様がご滞在されています。各セクターより緊急信号を受け、現在は避難用施設としておりますので、皆様もどうぞお上がりください」と、両膝をつき手のひらで奥を示した。その流れる様で凛とした佇いに日本の美を感じる。


 アクムは「女将さん、私達は大丈夫です。皆さんが無事なら」と、これまでの経緯を伝えた。


「……では、トウキョウ以外でしたらお帰りになられても大丈夫と言うことですね。パンドラからの通信も無く、判断に困っておりました。宿泊者の皆様にそうお伝え致しますね」

 女将は嬉しそうに髪に添えられたかんざしに触れ、安堵の表情を浮かべると俺たちに感謝を述べてくれた。


 アクムはその仕草に見惚れていたが、思い出した様に口を開いた。

「あ、でも、セクター付近は電波が無いから、途中で車が止まってしまうかもしれません。その事も伝えてください」


 なるほど、アクムはよく気が効くな。

しかし、旅行先で情報が遮断され、困っている人も多いだろう。これからどうやって救済していくんだろう?

 そんな思慮の中、「最後の時まで、ご家族や友人と一緒に居たほうがいいもの……」と言うアクムの言葉に引っかかりを覚えた。


 最後の時って何なのか訪ねてみるも、無理矢理作った笑顔で『只の言い間違い』という。

 メゾ・シールズの時もそうだったが、たまにアクムは理解出来ない内容を話すことがある、それはまるで、この現実が、夢であるかのように……。


「アクムめっけ!」

── そうそう、まるで悪夢を見続けているかの様に……えっ?


「ふぁっ!…誰!?」

 突然後ろから話しかけられ、声の方向に目を向けると、女の子がひとり立っていた。

 スニーカーにオーバーオールといったラフな格好をしているが……。中学生くらいだろうか?

 そして、ひときわ目を引くエメラルドグリーンの髪と瞳には知的なオーラが宿っていた。


 そんな彼女はオオサカの古い方言で話し始める。

「あんたらやな。パンドラを壊して旅してる連中は。いやー、ほんま会いたかったわ」

 彼女は俺と目が合うと、微笑をたたえ言葉を続けた。

「ウチは『リヴィア』って言うねん。これからオオサカに行くんやろ。一緒に連れってや」


 突然の出来事に言葉が詰まる。

アクムとタイチョーも何と言えばいいか解らないという様子だ。

「あなた、ご両親は? まさか、ひとりって訳ではないでしょう?」

 アクムの問いかけに対し、リヴィアと名乗った少女が返した答えは。

「ウチはこう見えても、あんたらより年上なんや。見た目で判断すんのは良くないで」


「嘘や…」

 おっと、言葉がうつってしまった。

しかし、どう見ても年下にしか見えない。

美容技術が進んだとはいえ、若すぎないか?


「ほんでもって、ウチは女神様や。一緒におると、ご利益あるかもしれへんで!」


 突然現れた活発そうなキラキラネームの不思議ちゃん。何故か俺たちの名前と行動を知っているかの様だった。


 念の為、宿泊者登録を確認してもらったが、リストに無く「お嬢さん、ここに居てもいいのよ?」という女将の提案を断るリヴィア。


 このまま放っては置けないという事で、その少女と一緒にS•オオサカを目指すこととなったのだが。


「旅は道連れ、世は情けってヤツや!よろしくな!」

 そして、この『声』。俺は聞き覚えがある様な感覚を覚える。それは、かなり昔だったような。

 一体、彼女は何者なんだろう?


 その後、女将に別れを告げリヴィアを車に乗せてオオサカに向かう事となった。


「ここらへんはな、タコが有名なんや。明石焼き食べたこと無いか?」


 後ろの席でアクムとリヴィアは各地のご当地グルメの話に花を咲かす中、アクセラレータはアワジシマから本土につながる、もう1つの橋を渡っていた。

 あと1時間もすればS•オオサカに到着するだろう。


 そんな車中で突然、アクムのPICTに通信が入る。それは、ウラギリモノからの着信だった。


『やあ、今回は大変だったね。皆無事で何よりだよ。ちょっと忙しくて通信が出来なかった、済まない』


 アクムは「ほんと大変だったんだから」と溜息をつき、「でも…」と言葉を続けた。

「色々あったけど、パンドラも残すは3つね。そういえば、オオサカで会ってもらいたい人ってどんな人なの?」


『そうそう、その人の名前は『ミヅキ』という女性だ。そして、彼女には、アクム一人で会ってほしい。内容は後でメールするよ』


 また隠し事か。と、呆れそうになる中。タイチョーの「女性同士のデリケートな話って事ですな!」という言葉に、なる程…と納得した時だった。


「あらあら、ユダさんやないの! お久しぶりやわ!」リヴィアが突然嬉しそうに口を開く。が、相手はユダさんではないはず。疑問が頭を掠める中、ウラギリモノは驚いた様に声のトーンが上がった。

『今喋ったのは誰だ!?誰かいるのか?』


── ウラギリモノが確認出来ていない?


 アクムも不思議な様子で、「一緒にオオサカに行きたいって、アワジシマで一緒になったリヴィアって娘よ。モニター出来ないの?」と、答える。


 モニターとは?と、疑問を口にする前に、ウラギリモノの声がPICTから響いた。

『そんな、まさか。『蛇』か!? 何故一緒に居る!?』

 ウラギリモノの言葉にリヴィアは八重歯を覗かせ笑顔で答える。

「そんな言い方ないわ。『お父さん』」


 ── ちょっと待て、待て!ウラギリモノはユダさんでリヴィアは娘で蛇?

 ユダさんは独身だった筈で……。さっぱり訳がわからんっ!


「ちょっと、ウラギリモノ!どういう事なの!?」アクムも困惑の表情で問う。

 ウラギリモノはそれに答えず、リヴィアに向けて質問を続けた。


『何故お前がそこに居るんだ!既に高位次元に移ったはずでは、何を企んでいる!?』

 これほど焦るという事は、相当まずい状況なのか?


「別に何も企んでへんよ。ただ、『お父さん』の計画通りには行かへんから、助けたろうと思ってな。そっちは、S•トウキョウからの刺客お客さんで手一杯やろ? 出来た娘で鼻高々やな!」

 それに…と、リヴィアは続ける。

「この状況を『上書き』する訳にはいかんからな、消去するんやろ…この『世界』を」


 一瞬で背筋が凍る。意味は解らないが、俺が知りたい核心の部分だと直感が走る。

「ウラギリモノ!一体どういう事なんだ?」

 俺の声に、しばしの静寂が訪れる。 そして、ウラギリモノは静かに語りだした。


『皆、黙っていたが、僕はナガノの、セクター長。ユダなんだ』

 しかし、ユダさんの所で訓練している時にウラギリモノからの通信が入った事もあった。

 ── 辻褄が合わない。


「セクター長のユダ殿でしたか!失礼しました!」 タイチョーが目を見開いて驚くが、アクムは…知っていたのだろう、表情は変わらなかった。


 リヴィアは八重歯を覗かせた笑顔で、なんでも無い事のように話しを続けた。

「別に隠す必要ないやろ。隠して良い『真実』なんて、あらへんからな。お父さんが言い難いんやったら、うちが喋ったろうか?」


『いいや、僕が話そう…』そう言い、ウラギリモノは核心を語りだした。


── 今居る場所の真実は。

 データ上の世界なのだと。


 自分は現実世界側の『湯田』であり、目的は、『この世界』を消去する事だと。


 そして…。

目的達成後、俺だけを現実世界に戻すのだと。


 ── そうだ、そうだったんだ。


 俺は…現実世界をカイセ達から守ろうとした。

 この仮想世界を現実世界に上書きしようとした、ガーディアンというメンバーから。


 だから、この世界のパンドラを全て破壊し、上書き出来ないようにしないといけない。そして、ガーディアンを倒し。


……………この世界を…………


  消さなければならない


『そこに居るリヴィアという個体は、原始プログラムの一種で、発生起源は僕も解らない。現実世界にある、『ADMアダム』つまり、そちらの世界で言うユーピテルに侵入する為に、エレクトロスフィアに漂っていた所を利用したんだ。見返りとして、『体』を作ってやったのが、君達に見える姿って訳だ。リヴィア、邪魔はしないという認識でいいのだな?』


「なぜ邪魔する必要があるん? むしろ、協力したいと思っとるんやで。それに、並列世界の中で、あんたらの世界は観測された以上、放っておけんからな」


 ウラギリモノ達の話は続いているが。


 ──この世界を消す?


 その後、俺の意識だけを現実世界に戻す?


 今一緒に居る、アクムは?タイチョーは?

 

 どうなる!?

「何言ってんだ…絶対に嫌だっ!!」

俺の怒号に車中が一瞬で静まり返る。


「ナイン……」

 アクムが俺の思いを読み取ってか、言葉をかけてくれる。

「わかったのでしょう? 自分の成すべき事が。この世界は元に戻らない。お願い、現実を生きる私達を救って頂戴」


── 何言ってんだ! なんで、そんなに辛い未来を一人で抱え込んでんだ!

「アクムの!タイチョーの!今ある意識は、無くなってもいいのかよ!今、こうやって存在してるじゃないか!ふざけるなっ!」


 今まで運転して黙っていたタイチョーが口を開く。

「にわかに信じがたい話ですな!しかし、その話が本当としたら、自分はこの世界を消して欲しいです! 旅は続けますよ!」

 タイチョーの視線がバックミラー越しに合う。

 そして優しげな眼差しで言葉を続けた。

「ナイン……。忘れてないだろう。『大事な人は守る』と約束したじゃないか!」と。


 頭に過去の記憶か、声が響く。

『もし私を、いいえ、あなたの大切な人達を見捨てないと世界が救えないとしたら、あなたはどうする?』


 俺は…どうすればいいんだ。

無力感と共に、思考が鈍ってゆく。

 それはまるで脳が鉛になったかのように重くなり、身体を支える事すら困難で。ぼんやりと映る景色は現実味が失われた様だった。


 前方に大きなタワーが見えてきた。

──ああ、セクター•オオサカか。


 オオサカに到着した時、俺は能力が使えなくなっていた。



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── やっと逢えましたね。

 ここまで物語を追ってくれた観測者様に感謝を。


              リヴィア


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