第8話 決行

「では、よろしくお願います」


 スピーカーから響いたのは、キサラギの冷静な声だった。


 目の前には地下と地上を隔てる重厚で巨大な扉。

その、最後の一枚の前に私達はいた。

 避難口【Aー2】と記された内部の空間はサッカーコート程の面積があり、逆にその広さが焦りを増大させてしまう。

 この扉一歩出て右に曲がれば、中央塔の正面が見えるはずだった。


「アクム、表情が固いけど大丈夫か?」

 そういうナインも口元が引き攣っている。

 当たり前だ、染人の持つ武器。目に見えない攻撃なんて目隠しで戦場を歩くようなものだ。普通の神経なら、動くことすら出来ないであろう恐怖に支配されてもおかしくはない。


「しかし!壮大な眺めだな! 大部隊の隊長になった気分だ!」

 流石は年長者の余裕か、いつも通りのタイチョーの大声と、ナインの「タイチョーの大声も絶好調だなぁ」というツッコミが入ったことで場の雰囲気は幾分和らいだ。


 大部隊というのは、私とナイン、タイチョーの他にヒューマノイドが約200体がスタンバイしている状況をあらわしていた。

 ヒューマノイドは全身をコーティングされ、肌が銀色をしている事に少し安堵を覚えた。 ロボットとはいえ、人間と瓜二つのままでは破壊された時の気分は決して良いものではないだろうから。


 タイチョーの部下は、『足手まといになる』というナインの意見にキサラギが同意した為、参加はしない。

 その意見を聞いたキサラギは立場上、毅然とした態度を崩さなかったが、嬉しさを隠せない様子に、心の優しい人だと改めて思った。

 

『では、同時に扉を開きます。囮部隊が7時の方向で注意を引いている間に6時方向よりナインから攻撃をお願いします』


 中央塔により近い避難口【Aー1】には、残りのヒューマノイド約100体が囮としてスタンバイしていた。 このように部隊を分けたのには理由がある。


 まずは、正面に据えられた謎の大型兵器を破壊しなければならない。大型兵器の正面には透明なシールドが張られている事が判明し、その強度はパンドラに匹敵する可能性のあると解析された。


 つまり、ナインの能力でなければ手も脚も出ない。さらには念には念を、と云うことで、Aー1別部隊のヒューマノイドが囮になって大型兵器の標的となり、シールド方向をずらす事とした。


 そして、その隙にナインの遠距離攻撃で大型兵器を破壊するのだ。

「キサラギさんって、美人な上に頭も切れるなんて、チート人間だよな」

 ナインの呟きに、タイチョーが誇らしげな笑顔で「うんうん」と、首を縦に振っていた。


 作戦の続きだが、大型兵器の破壊後はこちらのヒューマノイドが三角形の陣形を組み、私達はその後方、底辺部分に陣取る。

 そのまま陣形を保ち、中央塔の染人をかき分けながら突撃する。その際、私達は後方の天魔と交戦しなければならない。


 中央塔に到着後はヒューマノイドが私達の盾となり、染人が持つ武器から私達を守る。

 そして、突入後は速やかにパンドラを破壊する。


 これが、キサラギが考えた作戦の全容だった。


「宜しくお願いします!」


3人の掛け声と共に目の前の扉がゆっくりと開いてゆく。


 決戦の火蓋は切られた……。


「任せてくれ!」

 ナインの両手が淡く緑色に輝き、「狙いは正面、大型兵器!」そう叫ぶと、出口の角から身を乗り出し、すぐさま緑色に輝く矢を放つ。

 甲高い発動音が響いた直後、爆発音が鳴り響いた。

 囮がうまく機能し、大型兵器を破壊出来たようだった。


「よっしゃー!」

ナインがガッツポーズした直後だった、彼の左肩辺りに血飛沫が舞った。


「ぐっ!」

「ナインッ!!」

ナインが身を翻しこちらへ戻ると、彼の左肩は半月状に切り取られ、流血による赤黒いシミが彼のコートに広がっていく。

 

「ぐぅう、痛ってぇ!! 何だ、あの染人の武器!何も見えなかった!」

 苦痛に歪むナインの表情に、私の胸は痛みを覚える。

「すぐ手当てをします!」タイチョーは、すかさず傷口に手をかざすと、みるみるうちにナインの肩に筋組織が再生され元に戻っていった。


「ナインは油断するのが悪い癖よ!! はぁ…」

 私の口から、ついつい強い口調と安堵の溜息がれる。

 そうしている間にもヒューマノイド達が陣形を組み立ててゆくが、早くも前方の個体が音もなく蜂の巣のようになっていった。


「行きましょう!」タイチョーの一声で隊列の後方に滑り込み、中央塔に向けて走り出す。

 その間、次々と穴だらけになったヒューマノイドが足元をかすめていった。


「うっ…」

 無音の武器による恐怖がこみ上げ、つい喉が鳴ってしまう。


「アクム!キサラギさんの作戦を信じよう!後ろに天魔がいる!倒すぞ!」

 ナインの声で我に帰ると、後方に目を向けた。やはりというべきか、上空に湧き出た天魔が私達を追いかけて来ていた。


 ナインは後方に防壁を次々と展開、天使タイプの弓矢を防ぎながら、上空の天魔を石の弾丸で消滅させていく。

 タイチョーも棒状の武器で脇から現れる天魔を倒す。


 私は刀を上空の天魔めがけ一閃、衝撃波で複数の天魔を一網打尽にした。

「おっ!アクム絶好調!」

「流石ですね!」

二人は天魔から目を離さず、歓喜の声を挙げた。


 そうだ、私がしっかりしないといけない。


 どれくらい走っただろうか? 不意に視界に飛び込んできたのは囮部隊がいた非常口Aー1だった。

 いや、『非常口だったもの』というべきか…

そこはまるでトンネルのような大穴が空いており、ヒューマノイドの手足や部品が散らばっていた。

 ── あの大型兵器はとんでもないものだった! キサラギさんの判断に救われた。


 それから中央塔には程なく到着した時には、ヒューマノイド達は半数近くに減っていたが、私達を守るには充分な数は残っていた。

 先頭のヒューマノイドが立ち止まったかと思うと、私たちを包む様に左右へと分かれ、目の前に中央塔の正面入り口が現れる。


 「任せろっ!」

 ナインが扉を破壊し、内部に突入すると空いた穴をヒューマノイド達が自らの体で塞いだ。

「ありがとう…」

 ヒューマノイドの一人と目が合い、自然と想いが言葉となり口からこぼれた。


「さあ!一気に行くわよ!」

目指すは最上階!パンドラの撃破!

現れる天魔を蹴散らし進む。


 防衛システムもナインの緑の矢で瞬く間に撃破し、そして、最上階……。


 S・フクオカのパンドラをナインが貫き、作戦は成功に終わったのだった。

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